密会
貴族学校の三階には女子生徒専用のサロンがある。
制服と同じ臙脂色の絨毯が一面に敷かれたそこには、同じ色の高級ソファと丸いテーブル。
王室御用達の紅茶やお菓子が、雇われた給仕達によって常に供給されていた。
三十名程がくつろげる広さを持つこのサロンは、暗黙のルールがある。
それは、入口から遠い奥に行くほど家柄が高い者が座るというものだった。
この学校で最も家柄が高い者は誰か。
それはいわずもがな、公爵令嬢のエルメスである。
よってその日の昼休みも、サロンの一番奥のソファにはエルメスが優雅に腰掛けていた。
普段なら自分の取り巻きだけを周囲に集めて、歓談をしているエルメスだったが、いつもと違い彼女の対面には、この場には場違いの男爵令嬢プリシラが座っている。
そんなプリシラに胡散臭そうな視線を向けながら、エルメスはフンと鼻を鳴らして言った。
「それで、お前が握っているあの女の弱みってなにかしら。話してごらんなさい」
「くだらない話だったら叩き出すわよ!」
「本来ならここはアンタみたいな身分の低い貴族は入れない場所なんだからね!」
エルメスに追従するように取り巻きの二人が声を荒げる。
しかし完全に孤立したその状況で、プリシラはまるで動じた様子もなかった。
プリシラは余裕の表情で紅茶を口に含み、ティーカップをテーブルに置く。
そして「ふぅ」と一息ついてから口を開いた。
「話すのはアンタだけよ。このやかましい馬鹿二人は下がらせて。口軽そうだし」
「なっ!?」
「調子乗ってんじゃないわよ! エルメス様、この平民を追い出す許可をください!」
プリシラの不遜な態度に、エルメスは形の良い眉をしかめる。
典型的な家柄至上主義であるエルメスは、身分の低い者が口答えするのを何よりも嫌っていた。
普段の彼女であればこの時点で、問答無用にプリシラを追い出していただろう。
だがエルメスは少し考える素振りをした後、おもむろに口を開いた。
「……貴女達、下がりなさい」
「えっ!?」
「で、でもエルメス様! こんな平民の言う通りにするなんて!」
「下がれ、と私は言ったのよ。同じことを二度言わせないで」
再度強い口調で言われれば、取り巻き達が口答えなどできるはずもない。
席から立ちあがった二人は、恨めしい顔をしながらすごすごと離れて行った。
その様を見て空気を読んだのか、近くのテーブルに座っていた女子生徒達も離れていく。
やがてサロンにはエルメスとプリシラの二人だけが残された。
エルメスは深々とソファに腰掛けながら、気だるそうに口を開く。
「お望み通り、有象無象の目は消してあげましたわよ。これで満足?」
「意外だわ。自分から言っておいてなんだけど、まさかあの夜会の女王があたしの言うことを聞いてくれるなんてね。一体どういった風の吹き回しですか?」
プリシラが目を細めてそう言うと、エルメスは扇を取り出した。
そして閉じた扇の先端でテーブルをコツコツと叩きながら言う。
「無駄なおしゃべりをするつもりはありません。お前はただ、あの女の弱みを話せば良いのです。知っているのでしょう?」
プリシラはまだ弱みを握っているなどとは一言も言っていなかった。
教室でアムネジアを貶める作戦があるから協力しろと言っただけである。
にも関わらず、核心的な部分を突いてくるエルメスの勘の良さにプリシラは内心で舌を巻いた。
「聞かないんですね、あたしがどうやって牢から抜け出してここに戻ってこれたのか。貴女のことだから知ってるんでしょ? 夜会であたしが陛下と王妃様の前で――」
「とんだ恥を晒したようですわね。浅はかで頭の悪いお前らしい結末です。別に何も驚くようなことはありませんわ」
「っ!」
顔をゆがめてギリ、とプリシラが歯を噛み締める。
そんな彼女の表情を見て、エルメスは扇を開くと馬鹿にするように口端を釣り上げた。
「どうせどこぞの貴族の子息に泣きついて助けてもらったのでしょう? ああ、でも普通の貴族では無理ね。フィレンツィオ様……には捨てられたのだったかしら。ならばライエル様? まあ、そんな些細なことはどうでも良いですわ。興味もありませんし」
パタパタと扇を仰ぎながら、エルメスは目を細める。
そしてプリシラを値踏みするように、テーブルに頬杖を突きながら言った。
「今まで敵対していた私にわざわざ力を貸して欲しいと声をかけてきた、ということは。夜会で恥をかかされたあの女に復讐するために情報こそ掴んだものの、自分の手には余ると考えているのでしょう? 今となってはあの女に手出しすることはどんな貴族であってもできませんしねえ? どこかのおバカさんがやらかしたおかげで、いじめ禁止令などという前代未聞のおふれまで出てしまったわけですし」
明らかに見下したエルメスの口調に、プリシラはテーブルの下で拳を握りしめる。
悔しがっているプリシラを見てエルメスは勝ち誇った表情を浮かべた。
「本来なら私から玩具を奪ったお前は万死に値するのだけれど……その情報がこの私を満足させるものであるならば、特別に許して差し上げます。さあ、言って御覧なさい――プリシラ」
プリシラは大きく深呼吸する。
怒りと悔しさで煮えくり返っていた心を落ち着かせるためだ。
「すぅ……はぁ」
息を吐いたプリシラは、改めてエルメスと視線を合わせる。
そして、真剣な表情で信じられないような言葉を口にした。
「あの女は……アムネジアは、吸血鬼なのよ」




