欺瞞の教室
プリシラの姿を見た男子生徒十人ばかりが一斉に立ち上がる。
彼らは笑顔を浮かべてプリシラに駆け寄った。
アムネジアのことなど最早どうでもいいと言わんばかりに。
「プリシラ! 牢に入れられたと聞いて心配していたのだぞ!?」
「もう二度と会えないかと思っていたぞ……」
「今ここにいるということは夜会での一件……あれはなにかの間違いなのだろう? そうだよな? そうだと言ってくれ!」
必死な様子で我先にと話しかける男達に、プリシラは眼を閉じて言った。
「ご心配をおかけいたしました。あたしはこの通り無事です。そしてみんなが心配していた夜会での一件についてですけど――」
男達はが固唾をのんで見守る中。
プリシラは眼を開いて笑顔で言った。
「……全部誤解だったんです。それを説明したら陛下と王妃様はちゃんとあたしが無実だと分かってくれました。だからもう何も心配はいりません。フィレンツィオ様ともこれからは大切な一友人として付き合っていくことになりました」
その言葉を聞いて男達はみんなほっとした顔で胸を撫でおろす。
「良かった……僕は信じていたよ、プリシラ」
「私は最初から何も疑っていなかったぞ。貴女は身も心もまさしく天使のような女性なのだから」
「フィレンツィオ様とのことも残念だったな。泣きたくなったらいつでも俺が胸を貸そう」
安堵し慰めの言葉をかける男達。
一見プリシラを思いやっているように見える彼らだったが、実際は彼女とフィレンツィオとの破局を知ってむしろ活き活きとしていた。
プリシラはそんな彼らを上目使いで見上げながら、胸の前で両手を組み瞳を潤ませる。
「みんなありがとう。本当はね、フィレンツィオ様のこと、ちょっと怖かったの。でもみんなにそう言ってもらえてあたし嬉しい……これからもみんなのこと、頼りにしていい、かな……?」
そのあざとい仕草と声に、男達は顔を紅潮させてさけんだ。
「もちろんだとも!」
「言っただろう? 私は君の騎士ナイトだと。いくらでも頼ってくれ!」
「誰にも傷つけさせやしない! プリシラ、お前は俺が守る!」
プリシラの手を握りながら口々に熱烈な愛の言葉を連ねる男達。
目尻に溜まった涙をぬぐいながら、プリシラはありがとうと感謝の言葉を口にした。
そんな男達をエルメスやその取り巻きは冷めた目で見ている。
エルメス達は気づいていたのだ。プリシラのそれが演技だということが。
「目障りな平民が牢に入れられたと聞いて、ようやくこの教室の秩序もあるべき形になったと安心していましたのに! なんで出てきてしまったのかしら。ねえ、プリシラさん?」
エルメスが高らかにそう告げると、騒いでいた男達が静まり返る。
プリシラは真面目な表情になると、男達の包囲から足を踏み出した。
3メートル程の距離を挟んで対峙する二人は視線を合わせて黙り込む。
そこへ空気を読まずアムネジアがプリシラに歩み寄った。
「ああ、プリシラ様。ご無事だったのですね」
プリシラの手を取って、アムネジアは笑顔で言う。
「夜会でのことは申し訳ございません。まさか私の一言が原因で、あのようなことになるとは思ってもいませんでした。お元気そうな姿を拝見できて安心しましたわ」
プリシラは無表情でアムネジアを見つめ返した。
アムネジアはそんなプリシラの反応をまるで気にも留めずに続ける。
「いろいろとすれ違いもありましたが、また今まで通り仲良くしていただけると嬉しいです。私達、“お友達”ですものね?」
お友達。その言葉にピクリと反応したプリシラは、アムネジアを見たまま笑った。
その笑顔にアムネジアも頬を緩めたが、次の瞬間――
「――触らないでくれる? 糸目女」
プリシラはアムネジアの手をおもむろに叩き落とす。
「……プリシラ様?」
困惑するアムネジアを無視してプリシラは男達に振り返った。
プリシラはよそ行きの花開くような可憐な笑顔を浮かべると、パンと手をたたく。
「さあみんな! そろそろ先生が来るわ! 積もる話は後にして、そろそろ席に着きましょう!」
男達が慌てて席に戻った。
エルメスの取り巻きや、動向が気になって席を立っていた女子生徒達も着席する。
呆然と立ち尽くしているアムネジアを無視してプリシラは歩いていくと、奥の席に座った。
「……どういう風の吹き回し? もう良い子ちゃんを続けてお金をたかるのはやめたのかしら?」
プリシラの隣の席に腰掛けたエルメスがささやきかける。
その顔にはわずかな困惑が浮かんでいた。
プリシラはちらりとエルメスを一瞥すると、周囲に聞こえないような小声でささやく。
「……無視なんて生ぬるいことをしてもあの女にはなんの意味もないわよ。今までアンタのいじめに加えて散々馬鹿王子に虐待されてたのに、むしろその状況を楽しんでたんだから」
「なんですって……?」
表情をゆがめるエルメスにプリシラはシーっと指を立てた。
そしてエルメスの耳元に顔を寄せてささやく。
「……手を組まない? 他の誰にもとがめられずに、あの女を死にたいと思わせるまで貶めるいい方法があるんだけど」
そう言って笑うプリシラの耳元には、白い骨のような材質のイヤリングが突き刺さっていた。




