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揺らぐ心

(狩猟者……厄介な奴らに嗅ぎつかれたわね)



 アムネジアは内心で舌打ちをする。

 かつて吸血鬼を滅ぼそうとした者達の中で、最も直接的な脅威となったのが人外の天敵である狩猟者(ハンター)である。

 どこから現れたのか、その黒衣を纏う者達は、人外を滅ぼす術を熟知していた。

 そして捕らえて、殺した人外の首を人間達に差し出して金をもらう。


 アムネジアからしてみれば仇敵であり、殺してやりたい程に憎い相手だった。

 だが、全盛期だった吸血鬼ですら真正面から戦うのは分が悪かった相手。

 今の能力が劣化した吸血鬼であるアムネジアに勝てるはずがない。

 ゆえにアムネジアはなりゆきに身を任せて、抵抗しないことを選んだ。

 そうすればライエルが身を呈して守ってくれると計算して。



「私も多少剣に覚えはあるが、狩猟者として常に戦いの場に身を置いているヴェインとは比べるべくもない。あの時は君が傷つけられると思って、いてもたってもいられずについ剣を抜いてしまったが……正直今でも身体が震えているよ。情けないことにね」



 ライエルの言葉が示す通り、案の定、彼はアムネジアの思い通りに動いた。

 その結果としてアムネジアは辛くも事なきを得たのである。

 もしアムネジアがウーを止めずにヴェインがやる気になっていたなら。

 その時は問答無用でアムネジアもウーも殺されていただろう。

 それほどまでに、ヴェインという男は冷徹で恐ろしい使い手だった。



「本来ならなんの証拠もなく、ただ魔の匂いがするなどという理由で、君に剣を向けた彼は処罰に値するのだけれど……ヴェインは元々父上に仕えている“王の剣(キングスソード)”。父上の許可なく処罰することはできないんだ。すまない」



 “王の剣”とは、王によって選出された王家直属の護衛兵である。

 王の剣に選ばれる者は腕もさることながら、王家に絶対の忠誠を誓っていた。

 ヴェインがアムネジア達を人外であると疑いながらも、殺すのをやめたのはそのためである。


 もし出会ったのがライエルがいないどことも知れない森の中だったとしたなら。

 やはりアムネジア達は殺されていただろう。

 たとえ人外だという確信がなかったとしても。

 疑わしきは殺す。それが狩猟者が人外を狩る際に掲げている鉄則だった。



「謝られる必要はありませんわ。あのお方はご自分の職務をまっとうしただけ。雰囲気に流されて、私が誤解されるような振る舞いをしたのが悪いのですから」


「誤解されるようなって……うっ」



 自分がしていたことを思い出したのか、ライエルが顔を赤くして口ごもる。



「わ、私は一体なぜあのようなことを……弟の婚約者である女性の傷口に口づけをするなど、なんと恥知らずな……」



 ライエルが頭を抱えてぶつぶつとつぶやいた。

 アムネジアは首を傾げてそんなライエルの顔を覗き込む。



「どうしました? 顔が赤いですわ、ライエル様」


「い、いや! な、なんでもない! 急に剣を振るったから少し身体が熱くなっただけさ!」



 慌てふためくライエルを見て、アムネジアはフッと口元を緩めた。

 そんなアムネジアの様子に気づくこともなく、ライエルは頭を振って気を取り直すと、打って変わって真剣な表情になる。



「そんなことより! 君の傷の方が心配だ。血の誓約と言っていたが……先程、かなり深く手首を切っていただろう? ほら、見せてご覧」



 そう言ってアムネジアの手を取ったライエルは、思わず目を見開いた。



「傷が……ふさがっている?」


「……っ!」



 アムネジアがとっさにライエルの手を振り払う。



「す、すまない!」



 とっさに謝りつつもライエルの頭には、血が止まって傷口に固まっているアムネジアの手首の映像がこびりついていた。

 しかしアムネジアが無言でうつむいているのを見たライエルは、そのことを一旦忘れて穏やかな口調で言う。



「すまない。心配だったから……でも、思ったより傷は浅かったみたいだね。安心したよ。さあ手当てを――」



 その時、ギィと音を立てて客間のドア開いた。

 すると、そこから紫色の髪をした、顔色の悪い執事姿の男が現れる。

 男はその場で会釈をすると、口元をニヤつかせながら口を開いた。



「おやおや、これはこれは。どれだけ経ってもお嬢様が一向に出てこないので馬車の馬が居眠りを始めた旨を伝えにきたのですが……お邪魔でしたかなぁ?」



 気がつけばアムネジアと恋人のように寄り添っていたライエルは、慌てて身を離す。



「いや、これはその、誤解だ。アムネジアが手首をナイフで切って、それで――」



 ライエルの言葉をさえぎるように、執事はわざとらしく両手を挙げて驚くポーズを取った。



「やや! お嬢様ぁ!? これはこれは! どうしたことでしょう! お怪我をなされているではありませんか!」



 さけびながら執事がアムネジアに駆け寄る。

 その勢いに気圧されてライエルは横に退いた。



「おお、おいたわしやお嬢様! 美しいお肌に痛々しい傷が! それに見るからに顔色も悪い!」



 ぐるんと顔を回して、執事はライエルに振り返る。

 ビクッとのけぞるライエルに、執事は再びにやつきながら言った。



「申し訳ございません、ライエル様。お嬢様はどうやら、体調が優れないようですので今日のところはお引取り願えますかぁ?」




■■■■■■




 ライエルが館から立ち去った後。

 アムネジアは座ったまま客間で顔色の悪い執事と向かい合っていた。

 執事はうつむいているアムネジアに顔を寄せる。



「いやはや危ないところでしたねぇ。勘の良いライエル様のこと、いくらお嬢様に心奪われているとはいえ、あの怪我の治りの速さは不審に思われたのではぁ?」


「――黙りなさい、ダリアン」



 アムネジアが冷たい声で言い放つ。

 ダリアンと呼ばれた執事は右へ左へとアムネジアの側面に回り込みながら、おどけた口調で言った。



「それに血の誓約! 耐性があるライエル様にいくら血を注いでも、確か眷属にできなかったのではぁ? それなのになぜ無意味に血を分け与えたのですぅ? おっかしいですねえ?」



 血の誓約――吸血鬼が人間に血を与えることで、自らに忠実な眷属を作り出す儀式である。これには単純に吸血鬼が手下を増やすこと以外にももう一つの意味があった。

 そのことを知っているダリアンは、したり顔で口を開く。



「あれれぇ? もしかして、お嬢様。人間の、しかもよりによって我ら影に生きる者を迫害してきた王族の末裔にぃ……恋をしてしまったのでは――」



 アムネジアがダリアンの顔に向かって腕を振るった。

 パンッ! と音を立てて顔色の悪い首が飛ぶ。



「黙れと言ったのが聞こえなかったの? 首なし(デュラハン)風情が」



 冷たい声音で告げたアムネジアの眼は、ライエルに向けていたものとは違い。

 ただただ深い闇と、暗い負の感情に満ちていた。



「もし次に一言でも喋ったら、二度とふざけた口をたたけないように口を縫い合わせます。いいですね?」


「ははははははッ! 安心しましたよぉ! それでこそ吸血鬼の姫ぇ! 我ら人ならざる者を統べる女王! 誰よりも残酷で美しく! 優雅で容赦のない貴女だからこそ! 我らは忠誠を誓ったのです! くれぐれも失望させないでくださいねぇ! アムネジア様ぁ! ぎひぃっ!?」



 アムネジアによって蹴り飛ばされたダリアンの首が、廊下に転がっていく。

 そんなダリアンを見向きもせずに、アムネジアは自分の首元に指で触れた。

 ヴェインの銀の剣が触れたそこは、火傷痕のようにただれている。

 一向に治る気配を見せないその傷痕を撫でながら、アムネジアは忌々しそうに言った。



「狩猟者ヴェイン……この借りは高くつきますよ」

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