狩猟者
「やめろ!」
ライエルの叫び声と同時に、断頭台のように振り下ろされた剣が、アムネジアの首元でピタリと止まった。
目を細めてアムネジアが背後を見やる。
そこにはいつの間にか、黒一色の外套を羽織り眼帯をつけた黒髪の男が、剣を握って立っていた。
「ヴェイン! なにをしているんだ君は! 剣を引け!」
ライエルが怒りも露わにさけぶ。
ヴェインと呼ばれた隻眼の男は、アムネジアから視線をそらさずに言った。
「ライエル様、離れてくれ。それは人間じゃない。俺の狩猟者としての“直感”がそう言っている」
首筋で止まっていた剣がアムネジアの肌に押し当てられる。
アムネジアが「うっ」とうめき声を漏らすと、ライエルが立ち上がって言った。
「……やめろと言ったのが聞こえなかったのか? もし薄皮一枚でも彼女を傷つけてみろ。君は貴族への殺害未遂で即処刑台行きだ。それでも良いのだな?」
ライエルが低い声で恫喝する。
それでもヴェインは剣を引かず、アムネジアの様子を観察していたが――
「これが最後だ。剣を引け」
ライエルの再びの警告に渋々と剣を引いた。
同時にアムネジアが膝からガクンと床に崩れ落ちる。
「アムネジア!」
しかし、その前にすぐさま駆け寄ったライエルがその身体を支えた。
「すまない……私の護衛がこんなことを。怪我はないかい?」
「……はい、なんともありませんわ」
首元を押さえてうずくまるアムネジアを、ヴェインは灰色の隻眼でにらみつける。
その瞳には隠す気がまるでない憎悪と殺意が滲み出ていた。
ヴェインは鞘に剣を収めると、口元を押さえてボソリとつぶやく。
「臭いな……ここは魔の臭いが濃すぎる。女、一体どれだけの化物をこの館で飼っている?」
「ヴェイン! いくら“王の剣”とは言え、彼女へのそれ以上の無礼は許さな――」
ライエルがヴェインを叱りつけようと振り返り、驚きに目を見開いた。
「ウーッ! ウーッ!」
ヴェインの後ろに唸り声をあげるウーが立っている。
身体はブルブルと震え、真っ赤になった顔には血管が浮き上がっていた。
庭師の服は上着が破けて、はきちきれんばかりの筋肉が剥き出しになっている。
「ここにも一匹いたか……化物め」
ヴェインが振り返り、ウーに剣を向けた。
「ウウウーッ!」
向けられた剣に反応してウーが吠えた。
ウーは丸太のような腕を振り回し、ヴェインを殴りつけようとする。
そんな一触即発の空気の中、ライエルの腕の中でアムネジアが言った。
「……やめなさい、ウー」
ウーの動きが機械仕掛けの人形のようにピタリと止まる。
それを見てヴェインは好機とばかりにウーに剣を突きだそうとした。
だが、次の瞬間。
鉄がぶつかり合うような甲高い音を立てて、ヴェインの剣は弾かれた。
「――それ以上無礼を働くのであれば、私が相手になるぞ」
いつの間にか腰に下げたレイピアを抜き放っていたライエルが、ヴェインに向けて剣を向けている。
鋭い眼光でヴェインを睨むライエルの表情は、それが冗談ではなく本気であることを示していた。
そんなライエルを見ると、ヴェインはフン、と鼻を鳴らして剣を収める。
「……俺は王の剣。王となる者に向けるべき剣は持っていない。命拾いをしたな、化物共。だが次はない。覚悟しておけ」
「今すぐにここから出て行け! 命令だ!」
ライエルの怒鳴り声に、ヴェインは肩をすくめて部屋を出ていった。
ウーもその後を追うように部屋から出ていき、居間にはライエルとアムネジアだけが残される。
ライエルはため息をつくと、申し訳なさそうな顔でアムネジアに言った。
「すまなかった。君だけでなく、君の従者にまで無礼を働いてしまったね……どうお詫びをすれば良いか。いや、本当にすまない」
「……ライエル様、彼は一体何者ですか?」
アムネジアの問いに、ライエルは少し考える素振りをしてから口を開く。
「本来は機密事項なのだがこのようなことがあった手前、話さないわけにはいかないか。彼の名前はヴェイン。何百年も前から魔を身に宿す人外を狩ることを生業としてきた狩猟者の末裔さ」




