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夜会の女王

 威圧的なその声音に、アムネジアは微笑みながら答えた。



「今宵は婚約者であるフィレンツィオ様に呼び出されていまして。他のお方の言葉ならいざ知らず、我が国の第二王子であるフィレンツィオ様の言葉に逆らうことなどこの私にはできません。エルメス様には申し訳ありませんがそういった理由で――」



 その瞬間、硬い物が人をたたく鈍い音が鳴り響く。

 アムネジアが言葉を言い終える前に、その頬をエルメスの閉じた扇が打ち据えていた。



「誰が口答えをしていいと言いましたか?」



 頬を張られたアムネジアの口元からは、一滴の赤い血がポタリと零れ落ちる。

 その白く美しい頬は、扇の打撲痕によって赤く腫れあがっていた。



「貴女がしていいのはただひたすらこの私に頭を垂れて己の過ちを謝罪することだけです。分かりましたか?」


「……はい、エルメス様。申し訳ございません」



 それでもなお微笑みを崩さず淡々と答えるアムネジアの頬に、エルメスはぐりぐりと扇の先を押し付ける。

 先ほど打ち据えた部分と寸分たがわぬ場所をえぐり込むように。

 鉄を仕込んだ扇の先で、一切の容赦なく。



「ねえ、貴女に今の私の気持ちがわかるかしら。自分のお気に入りの庭に、気持ちが悪い真っ白の害虫が我が物顔で飛び回っているのを見た今の私の気持ちが」



 エルメスがアムネジアを嫌う理由、それはこの発言にすべて集約されていた。

 エルメスにとって夜会とは、自分の華やかさをひけらかす舞台そのものである。

 自分以外のすべての人間は観客であり、ただ一人の女優であるエルメスを称え、賛美するためだけに存在しているのだ。


 そんな観客の中にアムネジアのように、自分より美しくきらびやかな存在がいることは、エルメスにとって到底許容できることではない。


 だから排除するのだ。

 自分よりも目立とうとする存在を、徹底的に。容赦なく。

 体をいたぶり、心を折って、死んでくれればなお良い。

 そうしてエルメスは君臨していた。


 “夜会の女王”として。



「ああ、気持ち悪い。この場で無礼討ちにしてしまおうかしら。罪状はこの私を不快にさせたことよ。そんな理由で処刑できないと思う? 簡単よ。なぜなら私の家は我が国で最も権力を持つネーロ公爵家だから。私にかかれば伯爵家ごときの令嬢である貴女の生き死になんて、それこそ気分一つでどうとでもなるわ。試してみる?」



 本来ならそんなことは一令嬢の思い付きで決められることではない。

 いくら家格が下とはいえ、伯爵家の令嬢であるアムネジアを不当な理由で処刑するなど、当主でもないエルメスにはできないだろう。


 だが、彼女の言葉にはそれを本気と思わせる説得力があった。

 それは彼女が他の誰でもなくネーロ家の娘だったからである。


 ネーロ家の人間は突出した才能を持った家柄ではない。

 武芸に長けているわけでも、才知に優れているわけでもなかった。

 彼の家が優れているのはただ一点のみ。

 宮廷内での謀略を張り巡らせることである。


 この能力だけをもって、ネーロ家は役職の最高位である宰相の座についていた。

 ゆえにこの国の貴族ならば誰しもが知っている。

 ネーロ家に敵対した者は、この国では生きてはいけないことを。

 それはそっくりそのままネーロ家の娘であるエルメスへの畏怖にもつながっていた。


 子息や令嬢達は陰で口々に噂する。

 エルメスを怒らせれば、一人娘を溺愛するネーロ公爵に潰されるぞ、と。



「ご愁傷様ねえ、アムネジア。貴女処刑ですって。良かったわね、これでもう二度と私達にいじめられなくてすむわよ」


「ねえエルメス様、殺す前にこの女の髪を全部そっていい? 前々から気に入らなかったのよね、この目障りな銀髪」


「死ぬんだったらもう身に着けてる物は全部いらないわよね? この女のネックレスとか指輪とか、みんなで分け合いましょうよ。あの成り上がりの伯爵が与えた物だったら、きっと高く売れるわ」



 エルメスの取り巻きが嘲笑を浮かべながら好き放題に罵倒の言葉を吐き捨てる。

 物騒なことを口走ってはいるが、取り巻きの者達とてエルメスが本気で家の力を使って、アムネジアを処刑するとは思っていない。


 彼女達取り巻きはこう解釈している。

 エルメスが言う処刑とは、いわゆる私刑(リンチ)のことであると。


 ゆえに、追い詰める口調をより厳しく、より口汚くしたのである。

 精神的に叩きのめして、アムネジアが自ら死を選びたくなるように。



「ヘラヘラ笑ってないでなんとか言ってみなさいよ、この不感症女!」

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