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日記

 アムネジアがフィレンツィオの背中にしなだれかかる。

 まるで恋人に甘えるかのように。



「貴方達は言っていましたね。アムネジアはなにをされても糸のように目を細めてヘラヘラと笑っている馬鹿だと。あれはね、嘲笑だったんですよ。私を無害で無抵抗な人形だと思って、思うがままに暴力や暴言を振るう貴方達の馬鹿面があんまりにもおかしかったから、嘲笑っていたんです」



 そう言って、アムネジアは車内の陰から一冊の使い込まれた本を取り出した。

 アムネジアはフィレンツィオの背中から手を回して、目の前でその本を開く。

 なにが書かれているか想像もしたくないフィレンツィオだったが、有無を言わせないアムネジアの様子に、恐る恐るその内容を目で追った。



(シャルティエの月、13日。ベスタド伯爵家の令嬢クドラ・ディダ・ベスタドに登校中、私より前を歩くなと背中を蹴られる。キュクレスタの月、26日。ジュマ侯爵家の子息オレガノ・サン・ジュマに魔術の授業中、誤射を装って火弾をぶつけられる。カストーラの月、4日。バスティン家の令嬢ティアナ・フィル・バスティンに寮の部屋の入り口に板を打ち付けられて閉じ込められる……な、なんだこれは?)



 延々と日々の記録が綴られたその本を見て、フィレンツィオは寒気を覚える。

 そこにはアムネジアが今まで受けてきた虐待やいじめの数々が余すことなく記述されていた。



「私、こう見えても忘れっぽいので、ちゃんと誰になにをされたかいつでも確認できるように、こうして日記をつけているんです。いつか復讐する時のために」



 そう言うと、アムネジアの指が日記帳の一部を指差した。



「この日は私の誕生日だったんですけどね、ご学友の方々に誕生日会をすると言われて行ってみたら、頭上から大量のスライムを降らされたんですよ。お気に入りのドレスも、丁寧に整えた髪もベッタベタ。それを見てみなさんは私を指差してゲラゲラと下品に笑っていましたっけ。そうそう、この日もとっても大変で――」



 まるで楽しい思い出を話すかのような口調でアムネジアが語り続ける。

 狂気染みたその様子に、フィレンツィオは完全に引きながらも、恐る恐る口を開いた。



「な、なぜそんな回りくどいことをする……? 貴様の力があればその場ですぐにやり返すことなど容易にできるではないか」



 その言葉を聞いて、アムネジアは大仰にため息をつく。

 本を座席に放り投げたアムネジアは、できの悪い生徒に根気よく教える教師のように指を立て「いいですか」と前置きをしてから言った。



「すぐにやり返したらつまらないじゃないですか。こういうのはストレスをためてためて、それが限界に達した時に一気に開放するのが一番気持ちいいのです。その時に得られるカタルシスを思えば、この身に受けるどんな痛みや苦しみも、より美味しく獲物を食べるために必要なスパイスのようなもの。いくらでも甘んじて受けようではありませんか」



 そう言ってアムネジアは、フィレンツィオの顎を背後から鷲掴みにする。

 殺さないと言われたことで、直接痛めつけるような真似はしないのではないかと楽観視していたフィレンツィオは、突然乱暴に扱われたことでパニックになった。



「や、やめっ、やめてくれ! なにをする気だ!? 先程は殺さないと言っていたではないかぁ! ひぃっ!」


「ふふ、その声……とても良いですわ。きっと貴方は今、人の誇りも尊厳もなくしたこの世で一番惨めな顔をしているのでしょうね」



 頭以外の身体が麻痺して抵抗できないフィレンツィオの耳元で、アムネジアはうっとりとした声でささやき続ける。



「フィレンツィオ様、私はね、調子に乗ったクズが絶望に打ちひしがれ、許しを請うその顔を、素足でグリグリと足蹴にして地獄に叩き落とすその瞬間が、何よりも大好きなのですよ。ああ、楽しみだわ。今まで耐えてきた分、これからはたっぷり復讐させていただきましょう。日記帳一冊分のクズの悲鳴はさぞ聴き応えがあるでしょうね。あはっ」



(こ、この女狂ってる……!)



 フィレンツィオは知っていた。

 アムネジアの日記帳に書かれている名前は、そのほとんどがこの国の上位層を占める上級貴族の子息や令嬢達である。

 将来国を支えるであろう彼らが全員殺されれば、この国の未来はない。

 普段は暴君のように振る舞っているフィレンツィオだったが、さすがにこの時ばかりは自国が滅ぶかもしれないという危機感が上回った。


 なんとかしてアムネジアを諌めなければと。



「こ、心穏やかに暮らしたいと貴様は言っていたではないか! 復讐は何も産まぬぞ! 憎しみが憎しみを呼び合うだけだ! それは貴様が望む穏やかな日常とは真逆のものではないのか!?」


「はい。ですからひとしきり復讐を終えた後は、この国を吸血鬼の国にしようと思っています。私達の一族が滅ぼされることなく、心穏やかに暮らすために。貴方と婚約をしたのはそのためですよ、フィレンツィオ様」

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