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泥棒猫

 真摯な声音で放たれたフィレンツィオの言葉に、会場中が静まり返る。

 国王夫妻も、プリシラも、周囲の者達も皆。

 驚きの表情のまま声を出すことすら忘れていた。

 そんな中で、誰よりもこの言葉に驚いていたのは他の誰でもなく、フィレンツィオ本人だった。


 フィレンツィオの心の底のどこをひっくり返して探したところで。

 アムネジアを愛しているなどといった感情は、一欠けらすら隠されていない。 

 だというのに、彼の口は紫紺の瞳にいざなわれるように、とろけるような愛の言葉をただひたすらに紡ぎ続けた。



「アムネジアの髪を愛している。透き通るような銀髪に顔をうずめ、甘い匂いをいつまでも嗅いでいたいほどに。アムネジアの顔を愛している。一流の職人が作り上げた精巧な人形のように整ったその美しい頬に、額に、唇に。溺れるほどのキスの雨を降らせてやりたい。アムネジアの身体を愛している。触れれば壊れてしまいそうなほどに繊細で華奢な真白の肌のいたるところに指を這わせて、一日中抱きしめてやりたい。アムネジアの心を愛している。慈悲深く、気高く、穢れないその心を、俺のことしか考えられなくなるくらいの至上の愛で満たしてやりたい」



 恥ずかし気もなく語られるフィレンツィオの愛の睦言に、周囲にいる令嬢達の頬が朱に染まる。

 アムネジアは足を一歩前に踏み出すと、おびえるように目を泳がせるフィレンツィオを見つめて言った。



「ではなぜ、私と婚約破棄したいなどと言ったのですか?」



 ゆっくりとした穏やかな口調でアムネジアがたずねると、フィレンツィオの口は再び意思とは無関係に動き出す。



「愛するお前にどう愛を伝えていいか、そのやり方が分からなかった。本当は愛の言葉をささやきたいのに、気が付けば口から出るのは罵倒の言葉だった。優しく抱きしめ撫でてやりたかったのに、気が付けば手が出ていた。他の女には思うように振舞えるのに、お前を前にするとどうしても冷たい行動をとってしまった」



 次から次へと口から飛び出す、心にも思っていない言葉の羅列に、フィレンツィオは恥辱と混乱で頭がおかしくなりそうだった。

 伝説によれば真実の瞳はどんなに心の奥に秘めた隠し事であっても暴き出し、白日の下にさらすという。

 だが今フィレンツィオが口にしているのは隠し事でもなんでもない。ただのねつ造された虚構の言葉だった。



「このまま一緒にいても俺は愛するがゆえに、お前を傷つけてしまう。だから遠ざけようと思ったのだ。婚約を破棄することによって。それがお前にとって一番幸せだと思ったから」



 ではこの言葉は一体誰が作り出したまやかしなのか。

 それは当然魔眼の持ち主に他ならない。そう、アムネジアだ。

 ではなぜアムネジアが、こんなことをフィレンツィオに言わせているのか。

 それはフィレンツィオとアムネジアが、本当は互いに思いあっているのだということをこの場にいる全員に知らしめるためだ。


 そこまで思い至ったフィレンツィオはさらに困惑を深める。

 そんなことをして一体アムネジアになんのメリットがあるのかと。



「それではフィレンツィオ様がプリシラ様を愛しているというのは嘘、なのですね?」


「ああ。俺が愛しているのはアムネジア、お前だけだ。むしろプリシラは――」



 そこでようやくフィレンツィオはアムネジアの真意に気が付いた。

 アムネジアは言った。女神の顔も三度までだと。

 女神はとても慈悲深く、至上の愛を持って人間を慈しむ存在だと言われていた。

 その女神ですら、三度も顔に泥を塗られれば怒りを顕にする。


 アムネジアはなにをされてもただ笑っていた。

 フィレンツィオが無礼にも二回も婚約破棄を宣言してもだ。

 だが、それが三回目となればどうなるのか。


 ただの当てつけかと思って気にも留めていなかったフィレンツィオだったが、アムネジアが口にしたその言葉は、今思い返せばどう考えても――



「――金と地位のことしか頭にない、汚らわしいカスだ。婚約破棄をするために都合が良かったから利用しただけで、本当は名を呼ばれることすらおぞましい」



 ――今まで我慢して受けてきた屈辱を、すべてお前たちにやり返してやるという。

 アムネジアからの宣戦布告以外の何物でもないではないか、と。



「は? フィレンツィオ様、一体何を言って――」


「まあ、そうですの? でもプリシラ様はとても良い人よ。だって、お金や金品を差し出すかわりに、いじめる方々から私を守って下さるのですから」



 プリシラの声をさえぎりながらアムネジアが楽しげにそう言った。

 それを聞いた国王夫妻は、初めてプリシラに視線を向ける。

 まるで盗人を見るような、蔑みに満ちた目で。



「ち、違うんです! 国王陛下、王妃様! あたしはそんなこと――」



 必死に弁解しようとするプリシラに、王妃は冷めた顔で言った。



「貴女、その首飾りは一体どこで手に入れたの?」



 王妃が指摘したのはプリシラが先程アムネジアから奪い取った首飾りだった。

 バカ正直に本当のことを言えば余計に立場が悪くなると思ったプリシラは、とっさに口から出まかせを言う。



「こ、これはその……王都の商業区で買った物で……」


「それはおかしいわね。その首飾りに使われているのは王族かそれに連なるものしか身に着けることを許されない、オリハルコンの宝石です。王家の許可なく売買はおろか加工することすら禁止された禁制品で、絶対に市場に出回ることがない物のはずですが。一体どこの商人がそれを売っていたというのですか?」



 しまった、と顔をゆがめるプリシラ。

 普段は頭が回るプリシラにしては、それは致命的なミスだった。

 狼狽するプリシラに歩み寄った王妃は、首飾りを手にとって言う。



「この首飾りはね、六年前に婚約記念として私がアムネジアに贈った物なのです。その証拠にほら」



 王妃が手をかざすと、首飾りの中央に位置する宝石に文字が浮かび上がる。

 そこには王国の共通語で親愛なるアムネジアへと書かれていた。



「魔力を込めるとこのように、持ち主の名前が浮かび上がる仕組みになっているのです。つくならもう少しマシな嘘をつくべきでしたね。さて、これでもお前はこれを商業区で買ったなどとうそぶきますか?」


「ち、違うんです! これはなにかの間違いで――」


「お黙りなさい! この泥棒猫が!」


「ひっ!?」



 王妃の一喝に、プリシラはその場に尻もちをつく。

 アムネジアは「まあ」と口元に手を当てて歩み寄った。



「大丈夫ですかプリシラ様」



 アムネジアがプリシラを心配するように屈み込む。

 そして王妃に見えないように背を向けると、プリシラの耳元に顔を寄せてささやいた。



「……貴女は言いましたね。ちゃんと物の価値が分かる人間にこそこの首飾りはふさわしいと」


「……?」



 何を言い出すのかとプリシラはアムネジアを見上げる。

 アムネジアは二人にしか聞こえないような小さな声で言った。



「確かにそのとおりですわ。オリハルコンをただの高価な宝石としか見れなかった貴女のような愚かな人間に、これはふさわしくない。まあ、仕方ありませんか。なにしろ貴女は――」



 にたぁ、と。アムネジアの口端が吊り上がる。

 それは、およそ人が浮かべるものとは思えないほどにおぞましい、悪意に満ちた嘲笑だった。



「卑しい平民出で学もなければ頭も悪い、下賤でド低脳な淫売のゴミクズ。物の価値など分かるはずもありませんものね。ふふっ」

週間異世界恋愛ランキング一位に入っていました!

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