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じだんだ!  作者: ゆきだるま
1/2

異様に印象のいい女

 みんなは好きなものはあるかい?



  つってもそんじゃそこらの好きじゃなくってさ、なんつーかこう、すげー好きっていうか、天にも登る気持ちレベルっていうかさ?



 ……なんかこいつ意味わかんないこと言い出した気持ち悪いと思ったそこのあなた、それは大体あっている。俺だってよくわかってはいないんだ。



 じゃあなんでそんなこと言い出したんだ? って言われると難しいけど、俺今人生に迷ってるんだよね。


 ーー俺の名前は江坂健二、先月入学したばっかの高校一年生。勉強は得意だけどスポーツはイマイチ、顔は自分ではかっこいいと思ってるけどみんなにはサルに似てるって言われる、そんなパッとしない男なんだ。


 いや、そんなことはどうだっていい。俺が今悩んでいるのはそんなことじゃない。どうやって、何を糧にしてこれから生きていくか、そんなデッカイ悩みなんだよ。


 みんなはさ、今まで生きてて一番楽しいのってどんな時だった? 俺はさ、恋をしている時なんだ。


 メッチャ素敵な女の子を見つけて、この子ともしも仲良くなれたらどんだけ嬉しいんだろう、毎日楽しいんだろうって、この子がもしも俺のこと好きんなってくれたら俺はどれだけ頑張れるんだろうって思ったりしてね。


 彼女なんかできたことないけど、そーいうの考えてるだけでもすげー楽しいんだ。


 それに、何も恋をするってのは異性相手の恋愛感情だけじゃない。自分のバイクが欲しいな、買ったらどんだけ楽しいんだろ? とか、ツレとアホみたいな話ししてる時にふと感じる、『こんな時間がずっと続いたらロマンチックだよな』とか、そういう気持ちも立派な恋なんだと俺は思う。


 時間とか物に、はたまた立場とか職業に憧れては夢想する、その気持を抱きしめていたい衝動に駆られる、それって結局恋なんじゃないかな。


 中学ん頃はさ、それだけで精一杯だったんだ。


 そんな、俺だけの恋。


 それを俺は大事にしたいんだけど、傍から見りゃそれってさ?


 バカバカしいしキモいじゃん? 


 だからそ俺はそれを壊されたりしないように、時には戦い、時には逃げ、時には迎合しながらなんとかかわしてきた。


 けれど贅沢な俺はだんだんそれだけじゃ満足できなくなってきた。


 人生レベルで主張できる何かを、抱きしめていられる何かが欲しくてしょうがないんだ。



 俺は好きだ! 文句あっか!



 みたいなことを、声を大にして言って生きられる、そんな男でありたいみたいなね。


 けれど出ないんだ、でっかい声が。


 だって、俺にはその主張したい具体的なもんがまだ全くわかんないからね。


 いや、実際自分の心ん中のどっかに多分あるんだろう。


 けれど、それがなんなのか、それがどんな形をしてるのか、もやっとして言葉にできないんだよね。


 キモいかもしんないけど、俺は今、あえてこれを言葉にして宣言しておきたい。


 だってそうしないとさ? 流されていっちゃうんだ、日々を生き抜くのに精一杯で。



 周りの評判とか、反射的に起こる侮蔑の恐怖なんかに紛れ込んで見えなくなる。


 


 期待に答えること、


 敵を作らないこと、


 生き抜くすべを身につけること、


 確かに大切だし、それをあんまし疎かにしちゃうと、大切にしたい気持ちだって壊される。


 だからさ?


 自分は何が得意で何が苦手かを理解して楽な生き方を探る。

 

 そんなことをある程度やるってのは決して悪いこっちゃない。



 けれどそれだけじゃなくてさ、たまには心がぐっと動いてくれないとって思ってしまう。

 

 そんでいつかそれを、心が自分でもびっくりするくらいぐぐぐっと動いた時にさ? でっかい声でそいつを叫んでみたいんだ。


 せっかく生きてるんだしね。


 1


 ホームルームが終わり、他愛ない雑談に興じる生徒たちがたむろするのを横目に下駄箱に向かって歩く。


「じゃあねーゆきちゃん、また明日―!」


「ばいばーいまーくんまた明日ね~、あ、…江坂くんもばいばい!」


「…おう」

 


 クラスメイトの"林 由紀"ちゃん(結構かわいい)は俺のとなりを歩く”野間 雅人”と元気に挨拶を交わす。ついででバイバイを言われた俺は素っ気なく返す。


 ……そこには露骨に差が生まれていた。


 いや、あえてはっきり言おう、俺はモテない、そう、まるっきりだ! 自分では結構かっこいいと思ってたんだけどもしかして気のせいなのか? 俺ってイケメンじゃないの?


 ……考えたら落ち込みそうだからこの辺にしておこう。


”野間雅人” は俺のガキの頃からの友達で、チビだけど度胸はあってスケベで図太い男だ。今どき髪をまっキンキンに染めていて態度も粗暴、しかし喧嘩はめっちゃ弱い。中学の時はそれでよくいろんな奴から殴られたり、シンナー遊びに誘われたりと苦難の生活を送っていた。


 しかし今はどうだ? 彼は中性的であどけない顔立ちをしていて漫画とかによく出てくる”男の娘”みたいな感じ? プラス高校では猫を被って純粋な少年のような態度をとっているため、よく学校で女子に囲まれ抱きしめられたり頭を撫でられたりと、ペットのような扱いを受けている。


 はたから見りゃすごく羨ましい。


 乳とか押し当てられまくってる時あるし。


 けれど人一倍女好きな彼はこの境遇を手放しに喜んでるわけじゃない。


 いや完全に喜んでるけどさ。絶対家帰ってオナニーライフに役立ててるだろうけどさ。


 俺だってキャーキャー言われたいよ? …あとおっぱいもね。



 求めすぎて照れくさくて俺爽やかな態度女子にとれないし、すげームカつくよ。


 




 俺の名前は”江坂 健二”

 県立 逆瀬谷高等学校に通う一年生だ。逆高は市内で一番の進学高で、偏差値は60後半くらい。家からは結構遠い学校で、バスにのって通っている。別に偏差値高い進学高に行きたかったわけじゃないけど、中学ん時にちょっとやらかしたから同じ中学のやつがほとんど来ない高校に行きたくてここを選んだ。私学は学費高いからかーちゃんにダメだって言われたしね。




 ゆさゆさと身体を引きずりながら横を歩くのは、小学校からの友人"野間 雅人"。


 彼は中性的であどけない感じの、いわゆる"男の娘"みたいな顔をしていて学校で女子に大人気。

 

 また、基本的に学校ではねこをかぶっており、教師に逆らわず他の生徒に笑顔を振りまいている。


 人というものは往々にして、見た目から来るイメージを割りと人に押し付ける。

 

 つまり雅人はそのあどけなくも中性的な外見から、純真無垢な少年のイメージを抱かれ、そして期待されているってこと。

 イメージの押し付けってめっちゃ迷惑だよね?



 本来1000人に一人レベルのドスケベで気が短くて態度もふてぶてしい、そんな雅人の本性を見せればたくさんの女子は困惑・幻滅・心配をするであろうことは彼自身にも容易に想像出来る。というかそれで中学時代はたくさんの女子に泣かれた経験を持つ。


 なので、彼は現在、同じ学校の女子がいる前では基本イメージ通りの”純真無垢な良い子”を演じている。つまり学校では良い子のキャラを押し通さなければならず、とても大変そうだ。その分学校外では治外法権ってことで素の状態で振る舞ってはいるものの彼の気苦労は想像を絶する。


 彼もまた中学では俺以上にやらかしており、同じ中学の奴らからなるべく離れるためにこの高校を選んでいる。ちなみに勉強は全く得意ではなく入試をカンニングで突破(カンニングの腕前はすごくて全てのテストをカンニングしているが一度もバレたことがない)した。



 


「なあ、健二よー」



 肩をゆすりながらだらしなく歩く雅人が俺に呼びかける。俺は声を出さず視線だけを向けさきを促す。



「昨日買ったAV買ったんだけどよ? なんつーかこう、画質が良すぎるのもよし悪しだなって思ってよー」


「は? 画質はいいに越したことなくないか?」


 この男がする話の8割はエロ関係だ。俺だってそういうのは大好きだけど、ほんとよくそんなエロいことばかり考えていられるもんだと感心させられる。その性欲と妄想力は絶大で、中1の時なんか、数学の授業で垂直二等分を作図している女子を見て『おい、ヤベぇよ、女子が全員でコー○ン書いてるよ!」と言いながらトイレに走り、3時間帰って来なかった。



「いやよ、俺もそう思って大手の最新作のHD版をブルーレイで買ってみたんだけどよ? なんかこう現実感? みてーのがあんまないわけよ。もし俺らがセックスすることになってもよ? 多分あそこまで女の肌って綺麗じゃねーだろっつーか、そんな照明あたってる太もも見ることなんてねーだろ的な?」



 


 片方の眉を釣り上げながら語る雅人。


 そんな彼はバイト代をほぼエロ関係に使い、日々理想のオナニーを求め邁進しているだけあってAVへのこだわりは強い。

 ま、その現実感がないって話は俺もちょっとは分かるけどね。

「確かになー、それはそうかも知んないけどさ、それも含め理想を叶えてくれるのがAVのいいとこなんじゃないの? それに俺らどうせヤッたことないんだからあんまわかんないじゃんか」


「そーなんだけどよ? ショックだったんだ! 究極に興奮できると思って勇気を出してポチった4860円がよ? 結局中の上くらいの興奮度だったなんてよ?」


 声のトーンを落としながらポツリと漏らす。まるで好きな女の子に勇気を出して告白したらひどい振られ方をしたみたいな態度。彼にとってはそれと並ぶくらいの大惨事なのだろうが、内容を考えるといささか滑稽だ。



「いいじゃんお前バイトの時給高いんだからさ、っていうかそのブルーレイ今度貸せよ」 


「は? オメーただで見る気か? 言っとくけどな、結構いいのはいいんだ

ぜ? 城崎 悠里ちゃんはいい女優だ、あの小悪魔な笑みは今回の コンビニバイトの冴えない新入りを遊び半分で誘惑するってーシチュエーションにもうまくマッチしちゃあいるんだ。なめんなよ!」


 言いながら俺の胸ぐらを掴みガクガクと揺さぶる。


「……わーったよ、別に貸さなくていーからさ?」

「は? オメー見てーんだろ? 金払え! 3000円払え!」

「……半分以上かよ」

 俺に見えていなくてこいつに見えているもの。自分が人生を賭してまで欲する何か。こいつにはそれがある、それはもちろん”エロス”だ。


 精通を経験する前から射精に憧れ、6歳のときには既にエロ本が捨てられている率の高いゴミ捨て場や空き地を数か所キープしていた彼は、16歳を迎えようとしている今、人は、自分はどこまで性的興奮を得られるのかを探求することを考え日々生きている。


 ハイエンドなPCとVRゴーグルを買うために中2の夏からレンタルビデオ屋でバイトし、興奮度の高い自慰法や思考法を書籍を読み漁り日々研究したりもしている。



 傍から見れば只の気持ちの悪い変態だが、俺から見ればある意味羨ましい。



 こいつはエロを求めることに一切の迷いがない。これが俺の生きる意味だと胸を張って言えてしまう。そんなものをこいつは持っている。キモいけど羨ましい。







 高校に入学して一ヶ月ちょっと。入学したての頃は周りを警戒して大なり小なり猫かぶり的なことをしていた生徒達も少しずつ本性を見せ始める。



 いつだってギャグを言っていたい自分だとか、



 みんなとはちょっと違うものが好きな自分を見て欲しい自分だとか、



 イケてるグループと仲良くしたくてたまらない自分だとか、



 声を張り上げて応援してる球技大会がホントはめんどくさくて帰りたい自分だとかね。



 なんにせよ、油断が生まれて意図せずともそういう部分が顔を出す。こう見られたい理想の自分を表現したい欲と、そのままの自分を受け入れて欲しい欲が交差する。



 それは言葉にすればとても気疲れしそうなことだけど、実際はそう悪いことでもない。


 そんな頑張りから芽生える友情だってあるし、そうやって心を守るテクニックを身に着けていくことは、自分だけの時間や気持ちを守る力をつけるってことだしね。

 その点、俺なんかは別にホントの自分なんか見せたくないし、勘違いされることの便利さを知っているからもう割と楽だ。



 しかし、そうやって自分を律することに慣れた人間は、強い意志と脆い心が入り交じった臭いを放つ。



 まあそれは、そう簡単には気づかれるものじゃない。バレないように、高性能なハリボテの態度でキャラを濃くして隠蔽しているからね。こう見られたい像と本来の自分の性格を7:3でミックスしたキャラクターを作り上げるのがコツだ。



 けれどみんなそうやって演じ続けたキャラクターで受け入れられてもなんだか寂しいから、学校を素でいられる素敵な環境にしようとして、時にはおどけて、時には争って、自分をその場所に認めさせようとしてるのかもね。



 大体においてこの世界ってやつは権力が物をいい過ぎるのだ。


 考えてみてほしい。

 

 実はさ、恥ずかしい発言とかカッコイイ発言に大した違いはないと思わないか?



 カッコイイやつが言うと名言で、かっこ悪い奴が言うと戯言、そんな場面見たことあるだろ? 人は学校におけるそれをスクールカーストという。



 悲しいね。



 昼休み、昼食を終えた俺は、自席でぼーっとしている、フリをしている。というのもいつもつるんでいる雅人は今、複数の女子たちに『か~わ~い~い~」などと言われおもちゃにされている。頭を撫でられ、抱きしめられ、困ったような表情(作り物)を浮かべながらなすがままにされている、…ように見せかけて喉頭部を胸に押し付けたり手の甲を太ももに当てたりして楽しんでいる。



 ちょっと…、いやものすごく羨ましい。俺もあんな顔に生まれたかった。


 その容姿からペット扱いされている雅人、それに本当はキラキラした文化祭だとか青春じみたものに人一倍憧れているくせに気怠げで全てのものに興味がないみたいな態度をとってる俺、そんな二人はそのスクールカーストからは完全に外れている。いや、外れることに成功している。


 それはとっても楽なんだけどちょっと寂しかったりもする。



 だってそうだろ? 漫画とかドラマでロマンチックな恋をしたり熱いバトルを繰り広げたりしてる奴らってカースト上位系の奴らじゃん? 俺の今のポジションじゃそんなこととは一切無縁なまま高校卒業しちゃいそうだし。

 

 いや、そういうテンプレートに従うみたいな論理を展開するから俺も小物なんだな。それを跳ねのけて栄光? 的なものを掴むのがいい男ってもんだ。



 そんなことを考えなが視線を向けるその先に見えるのは、我が1年C組でカーストの頂点に君臨する女子で、名を”車塚 晶”という。



 肌は白く綺麗でちょっとだけつり目。ゆったりとした微笑を浮かべていることもあり、その顔からは温和な印象を受ける。


 


 性格は明るいけど穏やかで、中堅で戦い続ける女子のようなピリピリ感を出していないこともあり、おとなしいのから派手なのまでどのゾーンの生徒からも好印象だ。無害っぽいから敵が少ないという点では屁理屈ばっかりこねてるけど、人を殴ったり蹴落としたりはしないから誰にも警戒されない俺と同じだ。持ち上げられるかほっとかれるかの多少の違いはあれど、ある意味同系統だ。そう思いたい。



「ねーねー、アキちゃん、今日帰り美羽と由佳とでカラオケ行かない?」


「ごめーん、すごく行きたいんだけど…、私今日帰って弟に御飯作ってあげなきゃ。お父さんもお母さんも帰り遅いから」


「えー、残念ー。でもアキちゃんいっつも偉いね。私だったらそんなのマクドでも食べときなさいとか言っちゃいそう。弟いないからわかんないけどねー。弟ってやっぱ可愛い?」



 家庭的+弟想いの超絶テクニックで角を全く立たせずに誘いを断る車塚。……うまいね、俺も今度使ってみよう弟いないけど。



 自然にやってんだったら楽なんだろうけど。テクだとか角が立たないとだとか俺の着眼点と発想はどれだけ捻くれているのだろうか……、悲しくなってくる。



 


 酔っ払ったサラリーマンや酔っ払った大学生、酔っ払った怖そうなおっさんとかの基本酔っぱらいをメインに賑わう夜8時の駅前。



 俺と雅人はとあるレンタルビデオ店のアダルトコーナーに来ていた。とはいっても別にエロDVDを借りに来ているわけではない。



 俺とはこのレンタルビデオ店でアルバイトをしているのだ。レンタルビデオ店なはアダルトコーナーがあるので、基本的に18歳未満は雇ってくれないのだが、そこはノリの良いオッサンが経営する個人店、面接時に『お前は大学生、お前は19歳、だから履歴書をもう一度書き直せ!』と言われ見事に採用してくれるナイスなお店だ。



「おう、ケンボー! 今週の新作だ! さっさと開けてチェックしやがれ」



 禿げ上がったガラの悪いオッサンが俺の前にでっかいダンボールを置く。このハゲこそレンタルショップ『カブトリス』の店長、”飛田 弘也”だ。『カブトリス』の名前の由来は店長曰く、『トリカブトとクリ○リスをもじったんだよ。なんか毒くらいヤバイエロスとクリさんのコラボレーション的な感じ? なんか良いだろ?」と言っていたが意味がわからん。



 店長はやばいけど仕事には結構うるさいから、さっさと不良品チェックとパッケージの防犯対策を終わらせないとまたどやされてしまう。レジに座り、机にしたに隠し持ったタブレットでエロ動画を見ながらニヤつく店長を横目に、俺はダンボールを腰のポーチから取り出したカッターナイフでさっと開ける。

 その中にあるDVD(全てAV)のパッケージを開け、ディスクの裏の傷を確認する。傷がなければ次は備え付けのデッキに入れて再生チェックだ。流石に全部見ていてはいつまでも終わらないので、ルートメニューに飛べればOKとする。

 それでもあまりにも非効率なので店長に『めんどくさいっすよ』といった所、『バッキャロー、ウチみたな個人店がツ○ヤと戦っていくには信用が必要なんだよ。エロを求めてやってくるお客さんをがっかりさせちゃいけねぇ、帰ってスグにヌキヌキ出来なかった、なんてショックは絶対に与えちゃいけねえんだ」、と言っていた。言葉の通りこの店長、エロ関係以外のDVDについては傷のチェックすらしない。っていうか俺がバイトしだしてから入荷してるのを見たことがない。



 今週の新作はデカイダンボールにみっちりと入っていてかなり多い。このままじゃいつまでも終わらんと思った俺は事務所を出て、アダルトコーナーに向かい、



「雅人―、今週かなり多いんだ。たまには手伝えよ」



 と、アダルトコーナーの隅っこに置かれたパイプ椅子に腰掛けスマホを見ている聖人に声をかけた。



 雅人もこの店で働いていて、高校入学と同時に働き出した俺と違い中学2年から一年半以上働く大ベテランだ。しかしこういった雑用は一緒に出勤しているとほぼ俺に押し付けられるうえ、時給は俺より格段に高い。俺も時給1100円と、高校生にしては破格の時給をもらっているが、コイツは時給2300円、俺の倍以上。



「はー? そんなんお前が頑張れよ。俺の救いを求めるか弱きエロいオッサンが来た時居ないとまずいだろ?」



 ヤレヤレみたいな表情で気怠げに答える雅人。コイツがこんな高時給で法の網の目をくぐり抜けてまで雇われているのは、彼がアダルトコーナーの客にオススメのエロを教える能力に長けているからだ。あらゆる性癖の特性・傾向を把握し、同じ人が好きになりやすいジャンルから、性癖ごとに興奮度を高めやすい女優選びまで客のニーズに合わせて完璧にこなす。悔しいがこいつはこの件に関しては天才的だと言ってもいいだろう。実際こいつのアドバイス目当てに来る客が多いため、ウチのカブトリスはエロの売り上だけで500m先にあるツ○ヤとほぼ互角で、人件費があまりかからないから利益では上回っているほどだ。



「……お前はそんな雑用すんためにここで働いてるんじゃないもんな、無能な俺がヤッたほうが店のためだよな」



 いやみったらしく言うと雅人はニヤニヤとしながら、



「まあまあそう言うなよ、しゃーないなー、今は誰もきてね―から手伝っ……、おお! やっさんじゃねーか !」



「おうまさやん! 今日もバッチリスッキリコケるハードなやつを頼みてぇんだけどよー」


「……フッ、まかせな! ばっちり見繕ってやんからよ!? 今夜は何度でもくれてやんな? ”サウザンドラブ(センズリ)”ってやつをよ…」



 雅人はニヒルな笑いを浮かべながらボロボロのスウェットに金のネックレスをつけた怪しいおっさんと一緒に”女王様と豚”コーナーへと歩いていった。



 …しかたない、一人で頑張るか。



 新作の検品は夜11時まで掛かり、店長にはやっぱりドヤされた。



「…なあ、雅人、お前早く大人になりたいとか思う?」



 近所の宮村第二公園のベンチに腰掛けながら俺は雅人に問いかけた。第二公園は、他の通路から凹んだところにあり、ゲスな話をデカイ声で話そうがタバコを吸おうが酒を飲もうがあんまり見つからない素敵な公園で中1からずっとお気に入りのたまり場だ。



「はあ? そんなん当たり前だろ? AV借り放題で風俗行き放題、車買ったらカーセックスも出来んだぜ? 今よりぜってー楽しいだろ?」



「……カーセックスは車買うだけじゃできないだろ。いや、そういうことじゃなくてさ、今ってなんかめんどくさいんゃん? 変な立場にならないように、最低野郎の汚名を着ないように、みたいなさ。失敗したらむちゃくちゃ言われて、最悪殴られて。けどそういうのに真剣で、そんな価値観にゃ絶対負けねー、なんて考えるのはそれはそれで燃えたりもすんだけどそういうのはなくなっちまうのかな? とか、それとももっと有意義なこと気にして生きられるのかな? とか思うといろいろ考えんだよ、今できる一番はなんだろうとかさ」



 コイツ何言ってんだ? みたいな顔の雅人に問いかける。コイツの良いところはこんな態度ばっかとってる癖に、人の価値観を本気で馬鹿にしたりは絶対しないところだ。自分の性への執着心が普通ではないことを自覚しているからだろうか?



「まーたそんなよくわかんねー事で悩んでんのかよ。まあ俺はそういうのはよくはわかんねーけどよ? そういうのってそん時になってみなきゃ結局わからねーんじゃねーか? 今は今一番やりてぇことをやったり、感じていてぇことを感じようとしたりするしかねーんじゃねーの? 例えばエクスタシーを感じて天井まで射精出来るかチャレンジしたり、ドライオーガズムについて研究したりよ?」



「……なんで例えが全部オナニーなんだよ?」



 全てをエロに置き換えて語ろうとするのはこいつの悪いところだ。



「ふむ? 確かにお前は俺ほどコイちゃいねーもんな? けどよ、そんな悩みはやっぱ現状に満足してねーから出んじゃねーの? んー、……っ、そうだ! お前の童貞捨てようぜ!」



「はあ!? お前俺の話ちゃんと訊いてたか? 別にエロいことで悩んでんじゃないから!俺はただ、なんつーの? 全力で掴みたい何かが欲しいっていうか? それは大好きな女の子を見つけて恋に落ちることかもしれないし、青春を探して度に出ることかも知れない。けど絶対エロのことじゃねえよ!」



 名案だ! とばかりに叫ぶ雅人に叫び返す。こいつ、エロ以外の欲求っていきているうえで一切ないのかな?



「キモっ! ……だからよ、恋も青春もよ、初めてのセックスには詰まってんじゃねーのか? 漫画とかでもみんなドキドキしてんじゃねーか大体セックスは青春の旅みたいなもんじゃねーか、大好きなあの子が一番喜んでくれる部分を探して手を駆け巡らせ、暗闇の中ゴールを探してアレの位置を調整したりしてよ」



「キモいとか言うなよ!  ……キモいけどさ。大体百歩譲ってそうだとしても俺には無理だろ。知り合って間もない女にセックスしませんかとか言えねーよ」



 そう返すと、雅人は大きく開けやがるんだ、口を。まるでUFOとか全裸の美少女を発見したかのように呆けながらポツリともらしていく。



「お前、せ、…っくすしたい時そう言うのか? ホントにそんな直で良いと思ってんのか? そんな考え方だったら一生童貞だってちゃんとわかってんのか?」



 ……確かに、どうやれば女の子にやらしてもらえるのかなんて考えたこともないな。



「いや、そんなのおかしいってのはわかってるよ!? けどさ、確認とらずにアレとかコレとかしたらレイプじゃん! 重犯罪じゃん! 無理だろ?」



「……お前ホント馬鹿だな。 ……いいか?」



 それから暫く雅人の思うセックスに対するアプローチとOkかどうかの判定について公爵を垂れられた。どうやらそういうのは言葉にしないほうが女的にはロマンチックで尚且燃えるらしい。男は女のそういう曖昧なサインを見落とさない力が必要でそれをそつなくこなせる男が沢山の女とセックスが出来るそうだ。なんだか妙な説得力を感じてしまう自分が情けない。雅人も童貞の癖になんでそんなことを知っているのだろうか…。






 雅人に偉そうなことを言わた翌日。放課後駅に向かって歩いていると、前方に同じクラスの車塚晶が見える。路地の角で何やらギャルっぽい金髪で制服を着たあどけないあどけない少女と話し込んでいるようだ。



「あ、車塚さんだ。…俺苦手なんだよなー、あーいう女子ってなんつーか…、適当にふざけたこと言っても真顔で返されそうっていうか」


「ちょっと来い!」



 俺がつぶやいている途中、雅人は俺の腕を引き、車塚さんから少し離れた路地の角に引っ張り込む。



「なんだよ? 車塚さんになんかあんのか? パンツでも盗んだのか?」


「んな足の付きやすいことしねーよ! 大体そんなリスク背負い込むくらいだったら…、じゃなくてお前も思わねーか?」


「何をだよ?」



 なにやら真剣な顔で尋ねる雅人。



「あいつよー、あれ、絶対”ぶりっ子”だろ?」



 車塚さんは学校では、ちょっと臆病で押しの弱い所があるけど友達想いの憎めない良い子として”振る舞っている”。たしかに俺もそのキャラクター性は振る舞いだと感じている。たどたどしく話す友達の話を一生懸命訊いたり、自分の芯は持っているけれど譲れることは譲ったりしている彼女はどこか”不自然”だ。態度や論理に波状はないが、彼女のような態度の者なら大抵感じるであろう、”恐怖心”が見られない。遠慮がちに話しながらも、彼女の目線・声色からは大きな自信が感じられる。失敗したらしたでいいやという勢いがあるのだ。単純に考えればそれは、自分がどう思われるかはどうでも良くて友達のために出来ることを探しているだけのスーパー優しい娘と考えるのが正しいのだろうが、違和感を感じずにはいられない。



「…ん、まあ俺もぶりっ子かどうかはともかくあの態度はツクリなんじゃないかとは何回か思ったよ。でも別にどっちだっていいだろ? 俺らだって似たようなもんじゃんよ?」



「童貞くせーんこと言ってんじゃねーよ? いいか? 高校生にとって学校での地位とかキャラってのはもはや命だ! それが作りだってことは誰にもバレたくない! けど、それと同時に誰かに知って欲しいはずだ、本当の自分を」



「……わかる気がする。けど、結局何がいいたいんだ?」




「……盗み聞きするぞ」

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