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一般人六人で異世界無双するそうですよ!?  作者: 宴帝祭白松兎
第三章 ファジネピア火炎舞う宵の謝肉祭
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第三章第二十一話 俺はわかってる。俺自身が無知だってことを


 それから数時間が過ぎて今は夜も完全に更けた丑三つ時。葉の隙間から月明かりが零れ落ちる。

 この時間帯のファジネピアは誰も起きてなどいないのではないかと疑ってしまうほどに静かだ。物音の一つもしない。それでも場所によっては暖かな光が灯っているのだからそんなこともないのだろう。


 「……ゔっ」


 突然腹部に重みを感じて娘春こはるは目を覚ました。

 半開きの目でその理由を探す。


 「……花蓮かれん寝相悪すぎでしょ…………」


 原因は花蓮の右足のようだ。どうやら寝返りで悪意のない踵落としが炸裂したらしい。


 「ふぁ~ふぅ……」


 花蓮の足を避けて状態を起こした娘春。欠伸がでて目を擦るが、眠気はどこかへ行ってしまったらしい。

 ふと辺りを見渡す。


 「……あれ?」


 すぐ近くで紅葉あかね達が寝ているのだが自分を含めて8人しかいない。

 いないのは汰空斗たくと彩葉いろはだ。


 「汰空斗さんと彩葉さんどうしたんだろう」


 視線をもう少し遠くに移してみる。

 少し離れたところで明かりが灯っている。炎のように赤く温かい明かりは一人の人影を映し出していた。


 「なんだろう」


 自然に立ち上がるとようやく意識がはっきりしてくる。

 純粋な好奇心に動かされ光に向かって歩き出す。自分の意志で歩いている娘春だが、まるで何かに引き寄せられているかのようだ。

 揺らめく人影。おぼつかない足取りで進みながらも少しづつ光に近づけているのがわかる。

 そして、ようやく人影の正体を視界に捉えた。


 「汰空斗さん……」


 正体は街路木を背もたれに座りながらペンを走らせている汰空斗だった。

 宙に浮かばせた火の塊を頼りに何やら作業をしている。


 「なんだ娘春か」


 娘春に気が付いた汰空斗はペンを止めた。


 「こんな時間にどうしたんだ?」

 「それはこっちのセリフですよ。汰空斗さんは何してるんですか?」


 娘春は汰空斗と同じ木の側面に座り汰空斗の膝の上をのぞき込む。


 「これからの予定をちょっとな」


 そこにあるノートには綺麗な字で今後3日間の予定とアルデルフォール戦の作戦が記されていた。簡易的な図も付いていて自分で見るというよりは誰かに見せる前提で書かれているようだ。


 「今日の晩飯の時にお前らのリベレイションについて詳しく聞いたからそれも作戦に組み込んだほうがいいだろ」

 「そうかもしれませんけどわざわざこんな時間にそれも一人でなんて……」


 言ってくれれば誰も嫌な顔せずに手伝ってくれるだろう。少なくとも娘春はそのつもりだ。

 それなのに今日は誰にも何も仕事を割り振ることはなかった。そしてそのつけを今もなお取り戻しているというのだから娘春の言いたいこともわかる。


 「なにかおかしいか?」

 「はい。不合理です」

 「それは違うな。これが一番合理的だ。この仕事は俺にしか出来ないだろうし、俺一人でやるのがベストだ」

 「な、なんでそう言い切れるんですか?」

 「見ればわかるだろ。作戦立案に関して役に立つ奴なんてここにはいない」

 「私はそうかもしれません。ですがだからって全員がそうとは限らないじゃないですか」

 「確かにお前ら4人については何も知らない。だが少なくとも紅葉達5人には馬鹿しかいない。それはわかってるつもりだが?」


 げんや孤々ここの花蓮かれんに関してはまだ知らないことのほうが多い。馬鹿と判断できるほど彼らを知ってはいないのだ。むしろ娘春のほうがよく知っているだろう。

 だがそれと同じく紅葉等5人についてなら汰空斗が一番よく知っている。その汰空斗がそういうのだからそうなのだろう。


 「それにまともな時間がない今、俺一人でやったほうがいい。あいつらがいると意見がまとまらない以前に邪魔でしかないからな」

 「邪魔ってそんな言い方しなくても」

 「実際いたら騒がしいだけだ」

 「そんなことないはずです!」


 突然立ち上がった娘春。汰空斗は驚きながらも言い返す。


 「事実前にあったんだよ」

 「だとしても嫌いです! その言い方。自分一人でなんでも出来ると思ってるんですか!?」


 強めの口調で放たれた言葉と握った手。

 今までも汰空斗に対する口調にはとげがあった娘春だが口調自体に本気の怒りが込められていたのはこれが初めてであろう。


 「もしそうなら傲慢です……傲慢にもほどがありますよ…………」


 燃えカスのような言葉だけが転がり、うつむく娘春。


 「……すいません。言い過ぎ──」

 「傲慢なんかじゃねーよ」


 小さく呟いた汰空斗。娘春も今だから聞き取れた。そう言っても過言ではないくらい小さな声だった。

 それでも娘春に負けないくらい確かなものがそこにはあった。


 「え?」

 「これは傲慢なんかじゃない。ただの事実だよ」


 一転していつもの口調で告げると再び手を動かし始めた汰空斗。

 娘春も腰を下ろし冷静になった口調で返す。


 「どこがですか? 今回だけじゃないんですよ? 今日のツアーのあとだって誰にも何も言わないで勝手に決めて行動してたじゃないですか」

 「そりゃそうだ。これが俺の担当だからな」

 「だからって──」

 「わかってるんだよ。これは俺にしか出来ない。でもな、俺はこれしか出来ないんだ。だからここまでできるようにした。それだけなんだよ」


 ペン先を追う汰空斗の視線は動かない。ボールペンが紙の上を走る微かな音でさえ今ならよく聞こえてくる。


 「あいつらは馬鹿だからわかってないんだよ。自分に『できる』ことが何で、何が『できない』のかを。特に紅葉の奴は本当にそうだ。心の底からなんでもできると信じてる。そして本当になんでもやって見せるんだ。だが俺はわかってる。俺自身が無知だってことを」

 「自分で自分の限界を決めて、わかった気になって、それで周りを馬鹿扱いですか。そうなるくらいなら私は一生馬鹿でいいです」

 「だろうな。俺だって知りたくなんてなかったさ」


 下手な笑みを浮かべた汰空斗。その作り笑顔なのか苦笑いのか、はたまた本当に笑っているのかわからない笑顔に返す言葉が見つからない娘春。


 「……なんだか汰空斗さんがそれだと張り合いがないですね」

 「事実そうなんだから仕方ないだろ。でもまぁ、これでも俺はこんな自分が好きだがな」

 「うわっ。きも……」


 娘春は苦いものを食べたかのように顔をゆがめて見せる。

 ただ声音は本物でも行動では示さなかった点においてはまだ優しさが感じられるだろう。


 「そんなにガチで引くなよ……」

 「ならまずはそんなことじゃなくて、どれだけ自分が気持ち悪いか知ったほうがいいですよ?」

 「うるせっ。んなこと知りたくなんかねーよ。けど──」


 汰空斗はノートを閉じてボールペンを一度ノックすると立ち上がる。


 「知ってるから今俺はここに居ることが出来る。いや、居るのかもしれないな」

 「そう、だといいですね」

 「さてと。今日はもう寝るか」


 ノートとペンを鞄にしまい歩き出す汰空斗。


 「はい。あ、ですがさっき見たとき彩葉さんがいなかったんですけど」

 「あー。あいつなら大丈夫だ。今頃俺達より安全なところで快適な眠りについているはずだからな」

 「どういうことですか?」

 「まぁ、明日になればわかるさ。正確には今日の日が昇ったらだが」

 「はあ、そうですか」


 いまいち内容がつかめない話に首を傾げた娘春。

 汰空斗はそれ以上語ることなく寝床に向かって歩き出す。その背中を見ながら歩く娘春はすこし楽しそうだ。

 二人を照らしていた炎がふと消えた。こうしてまた一つ、ファジネピアに静かで暗い夜が戻って来たのだった。



   *   1   *



 「……うるさ」


 携帯のアラームで鶫彩葉は目を覚ました。

 枕もとの携帯を手に取ってアラームを止める。普段からアラームを設定しているわけではないが、何故だか今日はアラームが鳴った。

 しかし、そんなことはどうでもいい。今はこの暖かくふんわりとした感触に埋もれていたい。

 彩葉は再び、深く心地のいい闇の中に意識を投じた。

 しかし、


 「……ムカっ」


 携帯は再び警告を鳴らす。目覚ましのヌーズ機能が作動したらしい。

 彩葉は仕方なく目を覚まし携帯を手に取った。


 「私、アラームなんてセットした覚えないんですけど! しかも朝7時って早すぎるでしょうが!!」


 不機嫌に眉をひそめながらヌーズ機能を停止させ携帯を放り投げる。

 そして、三度目の眠りに就こうと布団を手にして気が付いた。


 「あれ? なんで私ここに居るの?」


 自分が今、北海道の自宅まで戻って来ていることに。

 四方位の壁と天井には有名アニメキャラのポスターが張られていて絨毯も同じようなデザインだ。

 小学生の頃に買ってもらった学習机には教科書など既になく、あるのは数え切れないほどのフィギュアと本、パソコン。それと絵を描くための道具やペンや紙が散乱している。

 本棚もいくつかあるがすべてライトノベルと漫画で埋まってしまっている。それでも部屋の中は本で溢れかえっているのだから本棚を買い足すべきだろう。

 ベットの正面には一人で使うには大きすぎるのサイズのテレビもある。その下の中が透けているテレビ台には数々のアニメのブルーレイや映画のディスク、ゲーム機がなんとも雑に置かれている。

 そして極めつけはベットの上のぬいぐるみ達。ゲームセンターにいく度連れて帰ってくるものだからベットの上だけではスペースが足りなくなり、クローゼットの中やタンスの上にも置いてある状況だ。

 こんな部屋の偽物などそう簡単には作れまい。間違いようがないくらい自分の部屋だ。

 しかし、何がどうなっているのかまったくわからない。

 昨日は確か夕食を食べた後いつも通り紅葉達と入浴して寝たはず。まだファジネピアに居たはずなのだ。それでも今はここに居る。

 わけがわからないながらも、とりあえずベットから出てみる彩葉。


 「おい、姉ちゃん!! 起きてる!?」


 突然聞こえてきた部屋のドアを叩く音と聞き覚えのある男の声。


 「入るよ?」

 「うん、いいよ」


 部屋に入って来たその人は間違いなく弟、鶫盛隆つぐみもりたかだ。

 ここで本当に実家に帰ってきたと実感した彩葉。


 「久しぶり。姉ちゃん」

 「あー。うん。あのさ、盛隆」


 彩葉は首筋を掻きながら訪ねる。

 見かけは落ち着いているように見えるが内心ではかなり焦っている。それでも余裕があるのは目が覚めたところが自宅だったためだろう。


 「なに?」

 「私なんでここに居るの?」

 「なんでって昨日の夜遅くに汰空斗にぃがここまで運んでくれたからだよ」


 盛隆は学習机の椅子に座り続ける。


 「それでなんでかよくわからないけど7時になったら叩き起こせとも言われた」


 彩葉は設定しているはずのないアラームが鳴った理由がなんとなくわかった。携帯のロックを解除できずともアラームをかけることは可能。

 おそらくなにもかも含めてすべて汰空斗の仕業なのだろう。


 「あいつの仕業かぁぁあ!」


 その声は自宅の壁さえも軽々しく飛び越え、近所の家にまでこだまするのだった。


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