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一般人六人で異世界無双するそうですよ!?  作者: 宴帝祭白松兎
第三章 ファジネピア火炎舞う宵の謝肉祭
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第三章第十一話 あの、最近いつもくっついてくる小さい奴だ


 「ちょっと待った」


 てつが両手を上げて休戦を提案すると姫燐きりんの拳が目の前で止まった。

 遅れて音と風、衝撃が鉄をすり抜けて行く。


 「何だ?」


 片眉が吊り上がっている姫燐は少なくともいい気分ではないだろう。


 「なぁ、上じゃあもうとっくに祭が始まってると思うんだ」

 「だからなんだ?」

 「なのに彩葉が迎えに来ないのは何でなんだよ?」

 「知るか。だが、彩葉のことだ。忘れているのかもしれないな」

 「は? ちょっと待て。俺今日試合あるんだぞ? 間に合わなか——」

 「ハッ!」


 突然、単発的な声を上げた姫燐は一瞬で鉄の背後に隠れた。


 「ど、どうした? お前らしくない」


 鉄の肩をしっかりと掴んだ手は多少だが震えている。

 何かに怯えているようだ。


 「あ、あいつだ。あいつの声が聞こえる」


 あいつとは誰か?

 周りには二人しかいないし、もっと言えば他に言葉を話す生物すら見受けられない。

 さらに付け加えるなら全方位見渡して見えるものといえば、えぐれた地面と無数のクレーター、ファジネピアへと続く大樹だけだ。


 「あいつ? 誰のことだ?」

 「あいつはあいつだ。あの、最近いつもくっついてくる小さい奴だ」

 「ん? あーあ。もしかして花蓮かれんか?」

 「そいつだ!」


 声と同時に手にも力が入ってしまう姫燐。

 相手が鉄でなければ肩を握りつぶしていてもおかしくはないだろう。


 「花蓮の声? 俺には聞こえないけどな。それに、あいつなら上にいるんじゃないのか?」

 「だ、だとしたらこの声はどういうことだ!」

 「って言われても俺には聞こえないから何も言えねぇよ」

 「私にしか聞こえない? も、もしかしてこれは呪い……なのか…………?」

 「呪いって言うより何かの魔法なんじゃないのか? 俺たちに何か伝えようとしてるとか。花蓮の奴なんて言ってるんだ?」

 「こうなると呪いも魔法も大して変わらん」


 そう言いつつも姫燐は花蓮の声に耳を傾ける。

 そして、数秒後。


 「しまった!」


 また突然叫んだと思えば、今度は大樹に向かって走り出したではないか。


 「今度は何だよ?」


 わけのわからないままとりあえず後に続く鉄。


 「今日、マジック部門で紅葉の試合があっただろ? それがもう直ぐ始まるらしい」

 「あー。なるほどな」

 「誰も見に来てくれないから泣いているらしい。私としたことが……」


 手を強く握りしめた姫燐。


 「紅葉の試合なんて見るまでもないだろ」

 「問題はそこではない。私が見たいのだ。例え、紅葉に見るなと言われても私が見たいから見に行くんだ」

 「なんだよ……」

 「何か文句でもあるのか?」

 「いや、別に。てか、紅葉の奴、マジックでもエントリーしてるけど大丈夫なのか?」

 「なにが言いたい?」

 「あいつ、俺以上にマナの扱いできないだろ? マジックにも勝手にエンチャントが付くらしいからな。試合の勝敗以前に大会ルール的に失格なんてことだってあり得るんじゃねぇの?」


 以前、紅葉は魔法の試し射ちで紫草蕾しぐれめがけて隕石を落としたことがあるのだが、何故かその隕石がエンチャントされていた。

 そのため、紫草蕾は隕石を砕くのではなく落下地点を逸らすことで回避したのだ。


 「魔法がエンチャントされても反則なのか? 大して変わらないだろう」

 「それは知らんけど、仮にそうでも反則は反則だ」


 わざわざリベレイション別にして開催する大会なのだ。マジックの部門でエンチャントを使われては分けた意味がない。


 「紅葉ならそのくらいどうにかするに決まってる」


 どことなく不機嫌気味に返した姫燐だが、足を止めることはない。


 「まぁ、それはいいけどもう一つ」

 「まだなにかあるのか?」

 「お前、どうやって上に戻る気だ? 今から走ったって絶対間に合わないぞ?」

 「間に合わないのは馬鹿、お前だからだ。私の全速力なら間に合う。いや、間に合わせてみせる!」


 姫燐が力強く言い放った途端、周囲を震撼させるほど大量のマナが姫燐を包み込む。

 空気が揺れ、地面が砕けて沈むのは言わずもがな、すぐ後ろを走る鉄でさえ大量のマナが作り出す衝撃波に足が止まってしまった。


 「待っていろ、紅葉。すぐにそっちに行くからな」


 大樹を見上げて呟く姫燐。

 急激に吹き荒れる気流に長髪を揺らされながら視線は鋭く、ただ一点を見上げていた。


 「お、おい、姫——」


 その次の瞬間だ。

 黄色い一本の線が木に吸い上げられるように上へと登って行った。


 「……あいつ、俺との試合以上に本気じゃねぇか…………」


 なんとも遣る瀬無い。

 なんせ、無理やり付き合わされたと思いきや突然一人取り残され挙げ句の果てにはこのザマなのだから。


 「てか、俺。これからどうすればいいんだ……?」


 嵐の後のような静けさがあたり一面に染み込んで溜息交じりの言葉もすぐに溶けてなくなってしまう。

 気分とは対照的な空模様を見上げてただ立ち尽くす鉄であった。



   ✳︎   1   ✳︎



 「じゃあ、春ちんとはここでお別れだね」


 手を振った紅葉あかねは出場選手の控え場所へと進路を変えた。

 今闘技場で行われている試合が終わればすぐに紅葉の試合が始まる予定だ。


 「私、ちゃんと見てますから」

 「うん。ありがと。勝ってくるよ」


 娘春こはるが手を振ると紅葉は握った拳を掲げて見せた。

 紅葉が見えなくなるまで見送った後、客席に向かって歩き始める娘春。


 「えっと、昨日、鉄さんと姫燐お姉様が試合した場所で紅葉様も試合だったんだけど、それが即席で作られた会場に変更されたんだよね」


 鉄と姫燐の試合で9つある闘技場の内、5つが使用できないまでに崩壊してしまった。

 主に勝敗を分けた鉄の一撃による損害である。

 そんなわけで、運営側は昨日、即席で新たな闘技場を作ったのだ。


 「で、その会場がこっちの会場だよね?」


 誰に聞いたわけでもないが疑問形で呟いたのは自分で確認するため。

 それでも多少不安が残っているのだろう、娘春の足取りは軽快ではないように見える。

 そんなこんなで会場に向かっていた途中、娘春はトーナメント表の前を通りかかった。


 「まだまだ試合残ってるなぁ。しばらく楽しめそう」


 トーナメントを見上げた娘春。

 既に終わった試合では勝者から伸びる線を太く、敗者の名前に斜線が引かれており一目で勝敗がわかるようになっていた。

 少しの間、トーナメント表を眺めているとあることに気がつく。


 「え? な、なにこれ?」


 予定では今日行われるはずだった鉄の試合があるのだが、何故か鉄の勝利で既に終わった体になっているではないか。

 しかも、それが4試合ほど。そのため、鉄の次の試合はいきなり準決勝。

 その理由は敗者の名前の横に小さく書かれていた。


 「4人とも棄権って……けどまぁ、あんな試合見ちゃったらしょうがないね。でもじゃあ、姫燐お姉様の方はどうなんだろう」


 っとエンチャント部門のトーナメント表を見た途端、娘春は悟った。


 「ですよね〜」


 予想通り姫燐の対戦相手も次々と棄権し、姫燐は不戦勝で勝ち進んでいた。


 「これじゃあしばらく紅葉様の試合しか見れないじゃん……」


 しょぼんとしながらトーナメント表の前を後にする娘春だった。

 それから少しして無事客席に着けた娘春。

 客席は階段状に木材を並べただけの簡易的なものだがステージはそうではないようだ。

 土で作られた土台にまるで将棋盤のようなマス目が入れてあるステージは、即席で作られた割に立派で元の闘技場よりもいい造りのように思える。


 「なんか、すごい人……」


 昨日の鉄と姫燐の試合もそうだったがそれに勝るとも劣らないくらいの賑わいを見せている会場。

 マジック部門一回戦目とは思えない人の入りようだ。


 「もしかして、紅葉様の対戦相手すごい人なのかなぁ」


 紅葉はファジネピアに来てから目立つようなことはなにもしていない。

 それなのに人がこんなにも入るとなるとそうなのかもしれない。


 「大変長らくお待たせいたしました。これより第861回リベレイション別格闘大会、マジックの部一回戦5試合目を始めたいと思います!」


 観客は歓喜の声を上げて今か今かと開戦を心待ちにしている。


 「この試合の実況は私、ヒカテーラが——」

 「——解説は僕、杉薄原すぎうすはらでお送りいたします」


 即席で作られたステージの真横には実況席が設けられており、そこに座っている若い男二人が深々と頭を下げた。

 その途端だ。

 会場全体が試合開始の合図を聞いたかのように盛大な盛り上がりを見せた。


 「笑って、杉様!」

 「え?」


 だが、よく聞くとそのほとんどが解説者の杉薄原に声援を送る女性の声だ。

 そこでようやく観客席にいるほとんど全員が女性であることに気がつく。

 ちなみに、先ほどの声は娘春のすぐ横に座っている40歳くらいのウサ耳おばさんのものだ。


 「杉薄原さん? 誰? 有名な人なのかなぁ?」


 周りの雰囲気について行けない娘春は一人、首を傾げていた。


 「貴方! 今なんておっしゃったました!?」


 誰にも聞こえていないつもりで呟いたのだが流石は年老いてもウサギ。不快な音には驚くほど敏感なようだ。

 限界まで見開いた目でこちらを見るその様にはもはや可愛さなど微塵も感じられない。


 「え? あ、いや、そ、その……」

 「杉様はね、異世界から来た上、強くて優しくて格好いいのよ!」


 その説明では格好いいを可愛いに変えれば娘春が想い描く紅葉と全くもって大差ない気がするのだが。


 「そ、そうなんですか……」

 「それに見てあの左目! 黒い右目と違って瞳が青いでしょ? なんでも神様から貰った魔眼でマナの流れが目で見えるんですって。きゃあっ! 素敵!」

 「す、凄いですね……」


 娘春のそのセリフが杉薄原の魔眼への言葉ではなく、おばさんの熱狂的すぎるファン精神に対してのそれに聞こえたり聞こえなかったり——


 「しかも杉様の凄いところはそれだけじゃないの。なんと、マナが見える力を他人のために使ってるのよ!!」

 「他人のために、ですか? 」

 「ふふっ。そうよ。どんな風に役立ててるか知りたい? 知りたいわよね? まぁ、それも杉様が素敵すぎるからしょうがないことなのよね」

 「は、はあ……」

 「杉様はね、マナの色を見ることでその人の性格とか本質がわかるのよ。だから、杉様に悩みや将来を相談する人が世界各地から後を絶たないの。凄いでしょ?」

 「凄いですね」

 「そう、その通り!! 凄いの! その凄さがわかったならこれで貴方も杉様信者ね」


 娘春の方にポンと手を置き杉薄原に視線を向けるおばさん。

 「はぁ〜。いい仕事したわぁ」と言わんばかりのその顔が少しイラッとする。


 「…………」


 娘春はとりあえず無言のまま一緒に杉薄原を見ることにした。


 「それでは早速ですが試合を始めましょうか。杉薄原さん」

 「はい。そうしましょうか。では両選手、ステージ中央までお越しください」


 杉薄原が呼びかけると実況席の左右から一人ずつ選手が登場してくる。

 一人は黒のマントにとんがり帽子を被り、左手には分厚い本を右手には宝石が埋め込まれている杖を持った年老いた鳥人男性。

 魔法使いらしい要素を掻き集めたその姿が彼を疑う余地がないほど魔法使いたらしめている。

 その御老体の逆側、もう一人は紅葉だ。

 ステージに向ける真剣な眼差しの中にも早く戦いたくてうずうずしている気持ちが見え隠れしている。


 「よろしくね。叔父さん」

 「ああ。よろしく頼むよ。猫耳が似合いそうな可愛い嬢ちゃんや」


 ステージ上で向かい合った二人の間にはこれから戦う者同士が持つはずの闘志は微塵も感じ取れない。

 ただ、夏休みに叔父に会いに来た娘。

 そう表現する方が妥当なのではないだろうか。


 「両者出揃いましたね。では、ここにリベレイション別格闘大会マジックの部一回戦5試合目の開戦を宣言します!」


 開始の合図とともに会場真上の空に空砲が鳴り響く。

 同時に湧き上がる悲鳴に近い声援を背に両者は動き出す。

 

 「嬢ちゃんや。お先、失礼するぞ?」


 開始と同時に杖を掲げた老人。

 左手には分厚い本が広げられており、最初から大掛かりな魔法が飛んできそうな予感がする。


 「ハイファイア」


 呟きから数秒後。

 会場の少し上に直径で10メートルは超えているだろう、丸い炎の塊が姿を現した。

 ステージの大きさと比べれば大して大きくはないだろう。

 だが、一人の人間が受け取るにはあまりにも巨大それでいて当然のように熱い。


 「おぉ。これはすごい。火属性の中でも高位の魔法、『ハイファイア』。それを僅か数秒で、しかもお一人で作り上げてしまった! 杉薄原さん。彼はもしや相当な使い手なのでは?」

 「はい。まず間違いなくそうでしょうね。マナがとても多いにもかかわらず綺麗に無駄がなく流れています。本質的にマジシャン一筋なのでしょうが、その技術は努力で手に入れたようですね。恐れ入ります」


 杉薄原の一言で会場中が驚嘆している。


 「悪いな、嬢ちゃんや。出来ればここで降参してくれんか? 猫耳が似合いそうな嬢ちゃんを傷つけたくないんじゃ」

 「忠告ありがと。でも私の試合、見に来てくれてる友達がいるの。だから簡単には諦められないや」

 「そうか。それじゃあ、仕方ない。ただ、試合が終わったらその友達とやらも連れてワシのところへ来んさい。みんなに合う猫耳をやろう」

 「ほんと!? ありがとう!」


 偽りなく嬉しそうな紅葉だがそれを見ている娘春の顔は多少引きつっていた。


 「ええよ。ええよ。じゃ、また後でのう」


 鳥人が杖を振り下ろすと炎の塊もゆっくり紅葉めがけて降りてくる。

 その熱さは客席には伝わらないだろうがものすごい。おそらく直撃する前に紅葉の方が焼け果ててしまうのではないだろうか。

 それでも、汗を流しながら見上げる紅葉の顔は確かに笑っている。

 いつも通り、根拠のない自信だけを振りかざし笑っていたのだった。


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