第三章第九話 わ、悪い。思考がぶっ飛び過ぎてて何言ってるのか理解できなかったんだが
「ドラゴンキタアァァ!!」
叫び声を辺りに轟かせる彩葉の姿がまさに咆哮を放つドラゴンそのものだ。
「うるせぇよ!」
彩葉が大声で叫び出すので汰空斗は鼓膜が多少やられてしまい耳を押さえている。
「だってドラゴンだよ!? 口から火を吐くんだよ!? 会ってみたいじゃん!」
「そんなのファジネピアにいくらでもいるんじゃねぇの?」
「いなかったじゃん! 昨日からいろんなところ見て回ってるけどドラゴンだけ見当たらなかったじゃん!」
「知らねぇよ。そもそも気にしてねぇし気がつくわけないだろ」
「それじゃあ何のためにファジネピアに来たのさ!? 私ドラゴンに会いたいから来たのにドラゴンだけいないんだよ? フェンリルもケルベロスもハーピーだっていたのにドラゴンだけいないんだよ!?」
「ちょっと待て。ケルベロスとかハーピーがいたのか? 俺が気がつかなかっただけなのか?」
屋台が並ぶ通りを顔が3つある地獄の番犬が歩いていたら嫌でも目に止まる気がするのだが。
そもそも地獄の番はどうしたのだろう。
「気がつかなかったんですか? 他にもセイレーンとかキマイラとか諸々、ドラゴン以外はほとんどいたよ。どんだけ周り見てないのさ」
「ま、まじかよ……全種族共存国家はまじで伊達じゃねぇな」
それにしてもケルベロスにキマイラなどそれらは凶暴なイメージが強いのだが、それらが平和に共存できているのが不思議でならない。
「伊達だよ! だってドラゴンだけいないんだよ?!」
汰空斗の両肩をがっちり掴み激しく揺らす彩葉。
「そりゃあそうだ。奴らは立ち入り禁止だからな」
「え? 何で?」
彩葉がローブ姿の男の声に耳を傾ける頃、汰空斗は脳が震えてしまったのか立っているだけなのにふらついている。
「奴らは主に人、獣人や亜人、幻獣を餌として喰らうからだ。だがいくらドラゴンといえど、ここファジネピアにいる全員を相手にしようとはしないからここにいる奴はひとまず安全なわけだ」
「なら他の幻獣はどうなんだ? 気性の荒い幻獣なんていくらでもいそうなんだが」
クラッとする頭を押さえながら尋ねる汰空斗。
「それなら問題ない。お前ら異世界人のおかげでな」
「なるほど。で、具体的には何をしたんだ?」
汰空斗は自分達が異世界人だと言った覚えはない。だが、それでもあちらは少なからず確信に至っているように思える。
それについて言及しないのは何かしらの考えがあるのだろう。
「異世界の技術とこの世界の力を使えばこの国にいる全種族の食料なんて簡単に集められる。現に獣人達を保護しようとする異世界人の働きでこの国の食料は難なく賄ってるしな」
「それじゃあなんでドラゴンは獣人達を食べるんだい?」
「ドラゴンだけは納得しなかったんだ。奴等は他種全員を劣等種と呼び区別することすらしない。そんな奴らが俺らと手を取ると思うか? ありえないだろ。それでも馬鹿な獣人達は数回ドラゴンとの接触を試みた。結果は骨すら残らなかったらしい」
「ドラゴンってツンデレなのかな?」
今の話のどこに『デレ』の要素が見られたのか。
それでもポツリと呟いた彩葉。
「なんでそうなる? だいたい骨まで食い殺す『ツン』があってたまるか。もはや『ツン』の限度超えてるぞ」
全くもって汰空斗の言う通りだ。
そこまで『ツン』が激しいとその先に待つ『デレ』にすら恐怖を覚える。
「まぁ、確かにそうかもしれないけど、でもこんなところに巣を作るくらいだから本当は一緒にいたいのかなぁって」
「んなわけあるか。どうせ食料が近くにあるからに決まってる」
「そうなのかなぁ」
彩葉は首をかしげると深刻に考え始めた。
どうやら冗談のつもりで言ったわけではないのだろう。
「で、話を戻すがお前らの目的はなんだ? そもそもここから下に降りれないならどうやって上がってきたんだよ?」
「目的はただ生きることだな。そのために狩りをしている。ここに来て帰れないのは他のメンバーにここまで運んで貰ったからだな」
「それって確かダメじゃなかった?」
「ああ、それか。狩人が集団で入国するのを防ぐために自力でこの木を登った者にしかファジネピアの入国を許可してないんだよな? 実際、この規則に反して入国しようとすると全員木の根元まで戻されるしな。ちなみにだが、この仕組みを作ったのもお前ら異世界人って話しだ。ほんと好き勝手しやがって」
「じゃあ、どうやってここまで来たの?」
「どうやっても何もここはファジネピアに含まれていない。ファジネピアの上にあるだけであってファジネピアではないからな。それに、俺ら狩人もファジネピアと真っ向から争おうなんて思ってない。だから、ここにドラゴンの巣があるって教えてやったら討伐許可が貰えたんだ。あいつらにとっては天敵の駆除が無料でできて俺らにとってはそこらの幻獣より高価なものが手に入る。つまり、利害の一致ってやつだよ」
「それって要するにここでドラゴンと戦闘になったってことでだよね? 一緒に戦ってた仲間やドラゴンはどこに行ったんだい? それにこの割ってある卵も君達が?」
紫草蕾はしゃがみこむと殻の破片を一枚手にとって眺めだした。
「勘違いするな。確かにここで戦闘は始まった。だが、卵を割ったのはドラゴン自身だ。巣の中で暴れて自分から卵をすべて割やがったんだよ。卵も貴重な素材なのに。それから何人かの狩人が喰われたり焼かれちまった。だが、それでも俺たちが優勢だった。奴も途中で勝てないってわかったんだろうな。巣から飛び出して逃げていったよ。そしたら他の狩人はみんなそれを追いかけて行ったんだが、俺らにはその術がなかったんだ。お前らが持ってるその卵は運良く割られずに巣から落ちたものだろう」
「でもさ、あんたらがまだここにいるってことは今も自分の仲間がドラゴンと戦ってるってことだよね? なんでそんにお気楽でいられるのか俺にはわからないな」
冷たく言い放った監。
手を頭の後ろに組んだままローブ男に視線を向けることさえない。
「ちょっと、監」
孤々乃は慌てて監をなだめている。
「仲間じゃねぇよ。ただ仕方なく協力してるだけだ。ドラゴン討伐には人手がいるから俺たちはその数合わせだよ。現に後一歩で討伐できると見れば少しでも多く利益を得ようと同じギルドのメンバーですらこの通りおいてけぼりだからな。あーあ。俺もあのドラゴンから取れる素材で一儲けするつもりだったのによ」
「ちょっといいか? 俺らが卵を拾ったのは2日前だ。ドラゴン討伐ってのはそんなに時間がかかるものなのか?」
「んなわけねぇだろ。かかっても1日だ」
「え? じゃあなんで貴方達はここにいるの? 一緒に来た人達は貴方達がここから降りられないって知ってるんじゃないの?」
「だから言っただろ。俺たちは同じギルドに入ってるかもしれないが仲間じゃない。ただ、情報交換や狩りの人数集めのためだけにギルドを名乗ってるだけの存在だ。助けになんか来るもんか。どうせ今頃は戦利品を売り終えて酒でも飲んでんじゃねぇか」
「何それ。なんか酷くない?」
よくもまぁその程度の信頼でともに命を張って戦おうと思えるものだ。
「酷くねぇよ。俺らも同じ立場ならそうする。それに、そうとわかってたから俺らは数日分の食料を持ち歩いてるわけだしな」
男は巣の端に固めてある荷物に視線を向けることなく指を差して見せた。
「なるほどな。だいたいわかった。その上で聞くが今のお前らにこの卵を高額で買うだけの財力があるのか?」
彼らは今回のドラゴン討伐に参加しただけであって報酬が手に入っていないのは話からして明白だ。
それに何より狩人としての腕すらあまり信頼に足るものではないだろう。
そんな相手を簡単に信用して、交渉を飲むほど愚かな者などそうはいない。
「ねぇよ。ただ、高額で買い取ってくれる人間を知ってる。だから俺らがその交渉の仲介をしてやるってことだ。もちろん、分け前もいただくがな」
「え? さっきと言ってること違くない? それにそれだと貴方達が得しかしないような?」
木から降ろしてもらう代わりに卵を買い取ると言うのが彼らの提案だった。
しかし、卵を買い取る人を紹介するのであって実際彼らは金を払わないどころか仲介手数料すら取ると言いだすのだ。
世の中うまい手があるものだ。
「ノーリスクハイリターンを求めるのは当たり前だ。それに、ドラゴンの卵となると買い手が限られるんだぞ? そこらへんの商人じゃ扱いに困るだけだからな。でも、俺たちならちゃんとした買い手を紹介してやれる。もちろん、卵を受け取る前に金の用意もする。その上で、総額の3割を俺らが分け前として貰うのは当然の権利だ」
「ああ。それくらいならいいだろう。次に額だ。高値と言ったって事実俺らの手元に入るのはいくらくらいなんだ?」
「そうだな。流石に卵だからドラゴンの素材よりは安いがおおよそ、金貨190枚前後と銀貨二桁後半ってとこだな」
「そうか。それくらいなら十分だな。いいだろう、交渉成立だ」
手を差し出した汰空斗。
交渉成立の握手を求めているのだろう。
だが、その手は彩葉に遮られた。
「ちょっと待ってよ。この卵拾ったの私だよ? 勝手に交渉しないで」
「は? お前何言ってんだよ。この卵の親はもういないんだぞ? お前が持ってたって意味ないだろ」
「意味あるもん! 私が孵化させる。この卵、ドラゴンが生まれるんだよね? ドラゴンってさ、大雑把に見れば鳥類みたいなもんじゃん? ってことはもしかしたら刷り込み的な感じで私のペットになるかもしれないじゃん!」
「…………わ、悪い。思考がぶっ飛びすぎてて何言ってるのか理解できなかったんだが」
「え? 汰空斗刷り込みも知らないの? アレだよ。ひよこが最初に見たものを親だと思い込む的なの」
「そうじゃねぇよ。だいたい刷り込みは動物全般に起こるし、最初に見た動くものを追いかける動物は飛べない鳥に限られる」
「え? そ、そうなの?」
「それに簡単に孵化させるとか言ってるが孵化させる方法知ってるのかよ」
「い、いや〜。それは汰空斗がなんとかしてくれないの?」
「あのなぁ。それなら売った方が断然マシだ」
「で、でもさ汰空斗。ちょっといい?」
突然彩葉はローブ男から汰空斗を連れて離れた。
「正直、私はあの人達に渡したくないよ。そもそもさっきの値が正しいなんてわからないんだよ?」
実際に金を払う人間の姿が見えないだけではなく卵の実際の価値もわからないのだ。
そうなれば、ローブ男が嘘をついているのかもわからず大きく損をさせられていることにすら気がつかないなんてことも十分にありえてしまうのだ。
だが。
「んなことはわかってる。俺がそれくらいなら十分だって言ったのは例え、正当な価格でなくともノーリスクでそこまでの金が入るなら問題はないってことを言ったんだ」
「何それ。汰空斗ってたまに合理的なのかどうかわからなくなるよ」
「当たり前だ。俺は合理的な人間に見られているだろうがそのつもりはない。むしろ損得感情のみで動くお堅い人間がこの世で一番嫌いだらな」
「え? なんか意外……」
「どこが意外だ? そうでもなけりゃあお前らと一緒にいるかよ。お前には俺が進んで異世界まで冒険にくるようなバカに見えるのか?」
「ふっ。それもしかして紅葉のこと言ってる? まぁ、確かに汰空斗なら自分から来たりはしないか。あれ? でも、じゃあなんで私達と一緒にいるの?」
「その話はしたくない。てか、お前があいつらに卵を渡したくないのはまだ生まれてくるかもわからないヒナを心配してるんだろ?」
ローブ男の話からするとドラゴンから取れる素材は卵よりも高値で売れるらしい。
もし、ヒナを孵す方法がありドラゴンまで成長させられるのなら、そのドラゴンが今後どんな道を辿るかは言う必要がないだろう。
「そこまでわかってるならなんで売るのさ?」
「売った方が絶対に得だからだ」
「出た〜損得感情」
「うるせ。まだ決めたわけじゃねぇよ。人の話は最後まで聞け。俺は売った方が断然得だとは思うが、お前がどうしても孵化させたいって言うならそれもそれでいいと思ってる。この世界に来たのは生活を安定させるためじゃないからな」
「なんだ。わかってるじゃん」
「その言い方ムカつくな。まぁ、いい。だが、本当に孵化させるんだな? どんな面倒くさい方法でもやりきる覚悟があるんだな?」
「う、うん……いや、でもちょっとは手伝って欲しいなぁ……」
「お前、本当に孵化させる気あるのかよ?」
「な、なくは……ない」
「あのなぁ。売るぞ?」
卵を彩葉に見える位置まで持ち上げた汰空斗はそれをローブ男に投げる素振りを見せた。
「あ、あります! で、でも一人じゃうまくいかないかもしれないじゃん。だからさぁ、手伝ってくれたっていいじゃん……」
「最初からそう言え。それに手伝うも何も元よりそうするつもりだ。なんせ、金貨190枚を捨ててまで手に入れたものが腐った卵じゃ割に合わないからな」
「じゃあ、売らなくてもいいの?」
「ああ。だが、孵化してからもちゃんと面倒みろよ?」
「うん! それはバッチリ約束するよ! うはぁ。やったね! そうと決まれば名前はやっぱりナツ・ドラ——」
「——止めとけ」
「えー。だめ? ならー。卵だからエッグとか?」
「まんますぎだろ。ボキャブラリー貧困だな、お前」
「ゔっ。言葉が鋭いよぉ〜。これでも小説家なのにぃ」
何かが突き刺ささったかのように胸に手を当てる彩葉。
「じゃあ、ネーミングセンスがない」
「変わらないよ? それ……」
「まぁ、名前は後で決めろ。とりあえず今は交渉を断ってくる」
そう言った汰空斗は彩葉をおいてローブ男の元へと戻っていく。
「悪いが交渉は飲まない。だが、お前らは木下まで送ってやるよ。納得できなければついて来なくていいがどうする?」
「ッチ。そうかよ。だが、悪いのはお互い様だ。この交渉を飲んでくれればここまではしなかったんだがな」
「どういう意味だ?」
「俺達は数日分の食料を持ち歩くくらいの準備してきてんだぞ? こうなることくらい予想してるさ」
次の瞬間、ローブ男と他4人は汰空斗から距離を取った。
「俺らは元からドラゴンの卵が狙いだ。どうせギルドの頭張ってる連中が素材を独占するだろうからな。あわよくばそれも手に入れるつもりだったんだが、連中がわざとドラゴンを逃がすなんて流石に思わなかったぜ。挙げ句の果てにはほとんどの卵が割られるときた。だが、それでも何かないかってここを拠点にしばらく売れるものを探してたんだ。このままじゃ、帰るに帰れねぇからな。そんな時にお前らがわざわざ卵を運んできてくれたんだ。これをみすみす逃す手はねぇな」
「え? な、なに? なんかもしかして戦う流れになってない?」
「ない? じゃなくて完全にその気みたいですよ? お相手さんは」
この世界に来たばかりだと言うのに孤々乃は割と冷静にローブ男を睨みつけていた。
「まぁ、5対5だしちょうどいいんじゃないっすか?」
「ねぇ、監君? それ私も戦力に数えられてる気がするんだけど」
「え? 彩葉さん戦えないんですか? 瞬間移動なんてチート魔法持ってるのに」
「いや、そうじゃなくて戦うのは嫌いだなぁ。ここは平和的に解決しようよ? ほら、話し合いでなんとかならない?」
「話し合った結果がこれなんだけど?」
「で、ですよね〜」
紫草蕾の冷静なツッコミに返す言葉がない彩葉。
「なんか勘違いしてるみたいだから言っておくがいつから5対5だって思ってた?」
男が誇らしげに指を鳴らしてみせるとその後ろに数十人の軍勢が一瞬にして現れた。




