第三章第一話 グリフォンだあぁ!!
「は?」
そんな言葉が思わず口をついた。
無理もないだろう。それは木であっても木のように見えない。あまりに巨大すぎてただの壁にしか見えないのだ。
「あ、あれ? ファジネピアは?」
首を傾げてあたりを見渡す紅葉。
その木の前も横もただの草原。本当に何にもない。あるのはモニュメントと6人だけだ。
「文献によると自然溢れる都市で全種族が自由に暮らしているって話だがこれじゃあ自然が溢れすぎて逆に不自然だな」
自然が溢れるなんてレベルはとうに超えているだろう。なんせ自然しかないのだから。
「お前ら。そこで何している?」
そんな時、6人の上から声が聞こえた。
上を見上げる汰空斗。
そこに見えたのは小さな黒い点のようなもの。要するにはるか上空を飛んでいる何かが見えた。
「人? じゃないよね? ってことはあの上に人が乗ってるとかかな」
形は4足歩行の動物みたいなものだが翼が生えている。どうやらこちらに向かって急降下しているようだ。
「私は人じゃないぞ?」
声の主体は地面に降り立つ瞬間に翼を広げ減速してから降り立った。
心地の良い風が体を吹き抜ける。
「獅子の体に鷹の翼……」
茶色く見るからにすべすべな毛並みをなびかせて、鳥のような前足にネコ科のような後ろ足と尻尾を持ったその生物。
「私は人呼んで、ぐり——」
「グリフォンだあぁ!!」
突然叫び声をあげてグリフォンに飛びつく彩葉。
「すごい! これ! 後ろの毛並みなめらかで前の方はふわふわしててあったかぁーい。羽もいい形してるし目つきとくちばしがイカしてるね!」
感激している様子は赤く染まった頬や、潤った瞳からも伝わってくるのだがあちこち触られているグリフォンの方は不機嫌そうに見える。
「お、おい。彩葉。その辺にしておけ。迷惑だろ」
「えー。でもすっごくかっこいいよ?」
「え? かっこいいっていうよりは可愛くない?」
紅葉はまるで猫を扱うかのようにグリフォンを撫でているのだが不思議とグリフォンは喜んでいる。
「お前も止めろ」
「はーい」
紅葉が手を離すと彩葉も手をはなした。
「悪かったな」
「いや、慣れている」
「慣れてんのかよ……」
予想外の答えに多少やり辛そうな汰空斗。
「で、お前らはここで何をしている?」
「俺たちファジネピアに行きたいんだけどよ、ファジネピアってどこにあんだ?」
紫草蕾や姫燐、汰空斗は声に出すことはなくとも空想上の生き物に出会えて正直驚いている。
しかし、鉄には全くその素振りが見て取れない。それどころか、グリフォンと言葉を交わしていることすら不思議と思っていないだろう。
「それならこの木の頂上だ」
そう言って木の上を見上げるグリフォン。
だが、見上げても頂上が見えない。そもそもそんな高度のところに都市が広がっているのだろうか。
「ってことはもしかして君がここに来たのは僕達を運んでくれるってことかい?」
「いや、残念だがそうじゃない。私はこれから少しばかり遠出をするところでな。たまたま通りかかっただけなんだ。それにファジネピアは自力でこの木を登りきったものしか入れない自由と平等の都市にして人間以外の楽園だ。行きたければ自分で登るんだな」
「人間はお断りってことなのか? それ?」
グリフォンは多少含みをまじえて答えた。
それに一般の行商人、農民だけではなくある程度実力のある人だとしてもこの木を登ることは不可能だ。
そう考えると自然と汰空斗の質問につながってしまう。
「いや、そういうわけではない。だだここには亜人や獣人、その他諸々の珍しい種族もいるんだ。人間の中でも愚かな部類に入る者、狩人。その入国を防ぐための決まりだ。かりにお前らがそうではないならこのルールには従うことだな。ではな」
グリフォンは一度羽を打つだけで6人のはるか上空まで飛び上がった。そのまま地面を駆けるように空を駆けて行った。
「入国前から挑戦状……ね? 私、好きだよ? そういうの」
木から離れて小さくなるグリフォンに切なげな視線を送っている彩葉の傍、紅葉は木を見上げていた。
「まぁな。だが、ちっと舐めすぎだな」
その隣の鉄は軽く準備運動をしながら啖呵をきった。
紫草蕾や汰空斗ならエンチャントやマジックを使えば簡単に登れるだろう。だが、紅葉と鉄に姫燐を含めた3人はどうやってこの木を登ろうと言うのか。
「おい、彩葉。グリフォンなんて上にいくらでもいるだろう。さっさと行くぞ」
「あ、確かにそうかも。でも、姫燐。姫燐達はどうやって登る気?」
もう見えなくなったグリフォンに背を向けた彩葉。
言わずもがな彼女も瞬間移動で登れるのため心配はいらないだろう。
「そんなの簡単だよ。ね? 二人とも」
彩葉に笑って見せた紅葉は地面に一本の線を引いた。
そして、木に向かって垂直に引いたその線の手前に並ぶ。
「ああ」
姫燐も意図を察したのだろう。紅葉の横に並んだ姫燐はクラウチングスタートの構えだ。
「じゃあ、ビリは後で罰ゲームな。ってことで紫草蕾。頼む」
最後に鉄が並ぶと紫草蕾はゆっくりと手を振り上げた。
「じゃあ、行くよ。位置に付いて。よーい」
姫燐の腰が上がる。
「ドン!」
3人は一斉に木を目指し駆け出した。
「そんじゃ、俺たちも行くか」
その様子を見送った汰空斗は木に命ずる。
「俺を頂上まで運べ」
すると地面から根の一本が生えてきて汰空斗を乗せ上まで運んでいく。
紫草蕾はその横を同じ速度で上昇している。
「え? ちょっと待ってよ! 3人は大丈夫なの!?」
一人だけ置いていかれる形になった彩葉。
とりあえず一番下の方に生えている枝に瞬間移動して下を見下ろす。
しかし、3人の姿は見えない。
「ああ。問題ないだろう」
それでもすぐに同じ高さまできた汰空斗はそう言う。
「え? でも、いないよ?」
「違う。上だ」
「上ってまさか……」
彩葉は恐る恐る上を見上げた。
風をエンチャントすることも固有の魔法を使うこともできない彼らが果てしなく高い木を登る方法はたった一つ。
それは。
「うん。普通に駆け上がってるね」
3人は地面に対し垂直に伸びる木を何の不思議もなく駆け上がっていた。
「彩葉! 私達は大丈夫だよ? それより、早く来ない罰ゲームだよー」
3人の先頭を走る紅葉は振り返りバックステップで移動しているのだが、それでも重力加速度に打ち勝っているのか落ちてくる様子は見られない。
「ま、まじか……」
「ってことだから彩葉。急ぎなよ?」
普通の一般人なら到底登れるわけがない。
だが、自分は先ほどまで何を心配していたのか。
一般人の定義がよくわからなくなってしまった彩葉だった。
「う、うん」
それから彩葉は3人の少し上の枝に瞬間移動し続けるためビリになることはないだろう。
時々心配になり3人の様子を見下ろすが何とも平気な様子で駆け上がっている。すでに標高は5キロを優に超えたと言うのに。
「お前ら、後どのくらい行けそうだ?」
走り始めて30分が過ぎた頃、汰空斗は未だに全く疲れた様子を見せない3人に声をかけた。
「あ? 急に何だ? まだまだ平気だぜ?」
鉄は図体が大きいにもかかわらず、よくもまあ自分の体重に比例する重力加速度に勝てるものだ。
「まぁ、お前はそうだろうな」
実を言うと鉄は6人の中で一番運動ができたりする。しかし、武道ができないため拳で紅葉に勝ったことはない。それと短距離走も。
「私も特に問題はないな。何故か全く疲れん」
「うん、私も。これならてっちゃんに勝てるかもだね!」
男女の間で身体能力の差があるのは当然のことだが、この世界ではそれすらマナの力でどうにかなるのだから驚きだ。
そのため未だに紅葉はトップを走っている。
だが、すぐ後ろでは鉄と姫燐が追い抜きあっている状況だ。
「まだまだあぁ!」
鉄が速度を上げると他二人も合わせてスピードをあげるのだった。
2時間後。
「あ、あれ何?」
未だに頂上が見えない中、まだまだ余裕の紅葉が上から、いや、前から落ちてくる何かを指差した。
「なんだろうね」
その小さい何かの真下にいる彩葉ですらそれが何かわからない。
「卵だね。多分だけど。色は下から半分が白と黒の縞々で上が白と黒の水玉模様。なんか随分と変わった模様みたいだけど」
紫草蕾の言葉が終わる頃ちょうど落ちてきたそれを受け止めた彩葉。
紫草蕾は彩葉よりもさらに下にいるにもかかわらずその正体をあっさりと当ててしまった。
紫草蕾の言う通りの模様で固くて少し重たい。大きさは彩葉だと両手で持たないと持てないくらいだが鉄なら片手で足りるくらいだ。
「何の卵なの、これ? ダチョウとか?」
「確かにダチョウの卵はそれくらいだけどこの世界にダチョウなんていないんじゃないかな」
「彩葉、こっち投げてくれ!」
彩葉の横を通り過ぎる少し手前の鉄が彩葉に手を振っている。
「落とさないでよ!」
彩葉は投げるというよりは3人の上に飛ばした。
それを手にした紅葉に合わせて他二人も紅葉に速度を合わせた。
「確かに卵みたい。でもなんか食べられなさそう」
紅葉はどこか寂しそうに右隣の鉄に手渡した。
「当たり前だろ。つーか汰空斗。お前ならわかるんじゃねぇーの?」
鉄は軽く見つめると姫燐に差し出すが姫燐が横に首を振ったのでそのまま下にいる汰空斗に投げた。
汰空斗は受け止めてしばらく見つめた後、完結に一言。
「わからん」
「まぁ、そうだろうね。なんせ幻獣が存在する世界だし」
「だが拾ったのはお前なんだし、上で誰かが後悔してるかもしれない。ちゃんと上まで運んでやれ」
汰空斗が彩葉の横を通り過ぎる時に軽く投げ渡した。
「そう言われると捨てるに捨てれないじゃん……」
面倒くさそうに吐き捨てた彩葉だが、しっかりと卵を受け止めたのだった。
* 1 *
「いやーまさか3時間もかかるなんてね。よく頑張ったよ3人とも」
巨大な木の頂上に着いた6人。
木の先端は幹に比べたら当然細いがそれでも面積で表すと北海道の半分はあるだろう。
それに、なぜか草も生えていてただの地面のように思える。
そこから見上げる空はどこからか生い茂る葉によってところどころ青が切り取られている。それでも日の光はしっかりと入ってきてとても明るいし、爽やかな風が絶え間なく吹き込み心地が良かったりする。
「ま、まぁ、な……はぁ。はぁ」
流石に疲れたのか膝に手を乗せて息を切らしている鉄。だが、何かに負けたくないのか親指を立てた手を彩葉に向けて何かをアピールしている。
「それに凄いよこの景色!」
頂上からあたりを見渡す彩葉はそこから見える絶景に感嘆の声をあげた。
大きな山脈が大地を隔て分けた光景や、巨大な像の足跡に水が溜まったかのような湖。壁で覆われたシサントのような都市の他にも色々なものが見える。
そして、そのどれもが遥か遠くの地平線に沈む夕焼けによって引き立てられ思わず息を飲んでしまうほどの迫力を付け加えられている。
「ほんとだね。すっごく綺麗だよ!」
紅葉は鉄とは違って未だに息一つ切らしていない。だが、姫燐ですら額にかいた汗を拭いながら呼吸を整えていた。
「だな。これで今回は完全に無事到着ってわけだ」
シサント到着とは真逆の展開に多少優越感を感じている汰空斗。
鉄と姫燐から視線をそらし街の中を見渡した。
「それに都市も都市で期待通り、まさに全種族共存都市だな」
巨大すぎる木の頂上では人間の方が少ない。むしろ汰空斗達しかいないようにさえ思えてしまう。
ほとんどの人が登れないのだから当然か。
それでも文明は入っているようで獣人や亜人、幻獣ですらナイロンや綿、ポリエチレンでできた服や帽子を身に纏って行き交っている。
「うわぁー。もう最高! イメージ通りの光景だよ! これで今書いてるラノベの次章はサクサク進みそう!」
彩葉はすぐさま携帯を取り出しメモを開くと色々と綴っている。それだけでは足りないのだろう。カメラで町並みや行き交う人々の撮影まで始めてしまった。
元の世界では立派な盗撮だろ。
「にしても何だ? やけに装飾が多くないか?」
鉄はいつの間にか息が整ったのか彩葉の横にならんだ。
道なりに屋台がずらりと並び、近くのベンチや草原では種族を気にせず交流を深め合っている者達の姿が伺える。
町並みに沿って綺麗に配置された街灯やスピーカーには万国旗らしきものも吊り下げられているのだがそもそも国旗なのかどうか怪しいデザインのものがほとんどだ。
「あ! ねぇ、ねぇ、みんな。この音楽。覚えてるしょ?」
それらのスピーカーから流れる6人にとっては聞き馴染みがある音楽。
彩葉は思わず歌い出している。
「おぉ! 懐かしいな。曲の名前なんだったっけな?」
「『音女チックロック』な」
音女チックロックとは6人のバンド、曲名の一つだ。
ちなみに6人とは言いつつ汰空斗はバンドに参加していない。目立つのが嫌いだから。
「なんかそれ汰空斗が言うと妙に気持ち悪いね」
「ああ。虫唾が走る」
姫燐は耳を塞ぎながら呟くが今更塞いでも無駄であろう。
「うるせ。だいたいなんだよこの曲名。センスの欠片もねぇな」
なぜ今ここで流れているのかは不思議だが幻獣ですらアップテンポなリズムを刻んで楽しんでいるようだ。
「えー? そう? 結構人気だよね? これ。武道館ライブの最後でもやって大盛り上がりだったし」
「やっぱり、メインボーカルが良いんでしょうね。この鶫彩葉が」
確かに歌を口ずさむ彩葉の歌声に何人かは足を止め振り返ったりしている。
文句のつけようがなくうまいのは事実なのだが、単に変わった模様の卵を持ちながら歌う姿に視線が集まっただけなのかもしれない。
「ネットではメロディーが良いって話だけどね」
作曲は汰空斗。この曲はギターが紅葉のリードのみしかいないので彩葉は歌しか歌っていない。つまるところ彩葉はこの曲の良し悪しとは関係ない。のかもしれない。
一応他のパートも紹介するとベースが姫燐。キーボードが紫草蕾。ドラムが鉄。紅葉はコーラスもやってたりする。
「あ、あれ〜歌も良かったはずなのになぁ」
現実を逃避するように5人から視線をそらした彩葉。すると、4人の人がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
どうやら6人の他にも少ない人間がいるようだ。
「あ! やっぱり! 鶫彩葉様だ!」
先頭を駆けてきた少女が彩葉の前で立ち止まるとそう叫んだ。
彩葉様と。
「さ、様……?」
様と呼ばれるほど偉くなった覚えなど彩葉には全くない。
故により一層集まった視線にただ黙ったまって首をかしげるしかできないのであった。