第二章第十三話 それじゃあ私が悪者みたいじゃん
「な、何してるか聞きたいのはこっちなんだが? 一体どんな戦い方したらここまで被害が出るんだよ?」
崖を正面から見ると新しく出来た入り口は割れ目より割と右側の位置にある。その入り口から広間までは斜めに道が続いていて、そこを歩きながら汰空斗は言葉を返した。
「な、なんで私見るのさ。言っておくけど今回はてっちゃんだから! 私じゃないから!」
「そうなのか? てか、紅葉。お前、なんだその格好?」
今の紅葉はジャージの短パンに黒のロングパーカーと流石にお洒落とは言えない格好だ。
「こ、これはちょっと……」
「あー。だいたい察した。どっかで服かわないとか」
「う、うん……」
紅葉の顔は少しだけ赤く染まり視線は汰空斗の真逆に向けられていた。
「で、俺はまだ全員の戦い方を把握してないんだが。鉄。お前一体何したんだ?」
「何したってただムカついて思いっきり殴っただけだ」
「それでこの威力かよ……」
被害はもちろん洞窟の外に出ている。例えば、厚い雲で覆われた空に穴が一つ空いたとか。
「ねぇ、汰空斗。汰空斗は今まで何をしてたんだい?」
相も変わらずに浮いている紫草蕾は暇そうに汰空斗を見下ろしている。
「ああ。それか。魔王は死体を動かせる。だから、シサントの内にいた死体も動かしてるんじゃないかと思ったんだ。入り口は一つしかないわけだからそこから大量の死体がやって来たら戦場は不利だろ?」
「へぇ。で、実際には来たのかい?」
「ああ。かなりな。だが、さっきのアレで全員持ってかれたな」
「ま、まじか……」
鉄自身はそんなつもりなど全くなかっただろうが桁外れの威力であったのは偽りようのない事実だ。
「まぁ、それはいい。問題はここからだ。あの威力の拳でも魔王は殺せないときたからな。これは本格的に倒せないかもしれねぇ」
汰空斗は地に膝をついている少女ではなくその上を漂っている魔王に視線を向けた。
魔王に感情があるのかは知らないがどことなく怯えているように見える。まぁ、いくら再生するからとは言え一度チリレベルで分解された身だ。恐怖しないほうがおかしい。
「けど、ナルバ=メデンならそこにあるよ? まぁ、誰も使えないだろうけど」
「ほんとに誰も使えねぇのかよ? お前と彩葉が持ち上げられなかっただけだろ?」
鉄は地面に転がっているメデンの元へと歩み寄った。そして、持ち上げようとするのだが、鉄の怪力を持ってしても全く動かせない。
「な、なんだこれ……? ガチで動かねぇぞ」
「だからそう言ったでしょ?」
「うそ。てっちゃんでも持ち上がらない? そんなに重たいの? これ」
今度は紅葉が歩み寄りメデンを見下ろしている。
「そんなに重そうには見えないけどなぁ」
紅葉はその場にしゃがみ込むと指でメデンをツンツンと突っついている。
「紅葉だったら軽く持ち上げられたりしてね」
「やめろ、紫草蕾。本気でありそうだ」
「いや、いくら紅葉でも流石にありえねぇよ。な? 紅葉?」
っと紅葉に視線を向けた3人。
「え? ご、ごめん。持ち上がっちゃった……」
男子三人が高校生らしい会話をしている傍ら、紅葉はなんとも普通にメデンを持ち上げていた。
「は? はあぁぁぁ!!?」
* 1 *
「どういうつもりだ?」
彩葉の視界に再び二人が映ったのはそのセリフの直後だ。
「どういうつもりってなんのことかな?」
本当になんのことかわからないのだろう。国王は首を傾げている。だが、姫燐の目は鋭く一点を睨みつけたまま動かない。
「メデンを使っていた時よりも明らかに剣筋が鈍っている。何故今更になって手を抜く?」
先ほどまでとは一転して姫燐が少しだけ優勢のようだ。しかし、それが納得いかないようで怒っているのだろう。
「ああ。それね。だってもう僕の勝ちだし」
「なに? どういうことだ?」
「だからさっき見せたでしょ? 斬」
国王が面倒くさげに口を開いた瞬間、姫燐の肌にいくつもの切り込みが入っていく。
「ゔっ」
鮮血が宙を舞い、一瞬で傷だらけになった姫燐。一瞬ふらつき片膝を地面に着いた。
「姫燐!」
「どういうことだ? 私は斬られた覚えなどないぞ」
「あれ? 言ってなかったっけ? この剣、実際に目で見えているところだけが剣じゃないんだ。この刃からさらに40センチくらい、薄いマナでできたの刃があってね、それは実態がないんだけど触れると斬れるようになってるんだよね。だから、普通に剣を重ねてるだけで知らず知らずのうちに粉々なってるってわけ。そもそも、好きなタイミングで切り込みが入るだけの剣なんて弱すぎて誰も使わないでしょ?」
「なるほどな。彩葉。お前はもう紅葉達の方に行ってくれ」
地面に日本刀を突き立てゆっくりと立ち上がる姫燐。
「え? 姫燐は大丈夫なの?」
「ああ。私もすぐに終わらせてそちらに向かう。だから、早く行け」
「う、うん。わかった……待ってるからね?」
彩葉は切なげにつぶやくと背を向け、走り出した。
「終わらせるってどういうことかな? もしかして勝てるなんて思ってる?」
「いや、悪いが既に勝っている」
姫燐は急に日本刀を鞘にしまい国王に背を向けた。
「は? 何が言いたいのかな?」
「私は勘違いをしていたようだ。お前は、剣士じゃないんだな」
「え? 何? 急にどうしたの?」
「お前のような者を剣で斬ると私の剣士としての誇りが汚れる。故に斬らない」
「何それ? 背中の傷は剣士の恥だ的な?」
そして、黙ったまま紅葉の方へと歩き出した。
「へぇ。要は絶対に勝てないから逃げるって事ね」
「むしろ逆だな。絶対に勝てるから斬らない。少なくとも今のお前にはな」
「あんま調子に乗るなよ。雑魚が」
少年の手から剣が突然姿を消した。どこへ行ったのかは綴るまでもないだろう。直接姫燐の体がある位置に飛ばしたのだ。しかし、それは地面に落ちただけだ。
「無駄だ。与えられた力を自分のものだと思い込んでいる雑魚に私は負けない。そもそも、お前は戦いを舐めすぎだ」
少年の行動を一切見ていないにもかかわらず少年が剣を飛ばすタイミングを完全に読みきった姫燐。ゆえに剣は地面に落ちたのだ。
「何その精神論。全く響かないんだけど!」
少年は剣を手に飛ばすと一瞬で姫燐の前に現れた。そして剣を振るう。だが、姫燐はそれにも反応し日本刀で受け止める。
「自分が常に優位に立っていると思っているお前にいいことを教えてやろう。一つ。剣道の達人、それも私くらいになると例え相手の剣が実態を持たないとしても素人相手に負けはない。絶対にだ」
少年は先ほど40センチくらい実態のない刃があるから普通に剣を重ねるだけ直接相手を斬れると言った。だかそれならば、日本刀の先端で、つまりは40センチ以上離れた位置で剣を交えればいいだけの話だ。
事実姫燐は日本刀の先端、切先の一点で少年の剣を受け止めている。
「二つ。さっきのは精神論なんかじゃない。ただの事実だ」
少年は驚きで顔を固めたまま動けない。きっと今更になって——
いや。ここで言葉を重ねるのは無粋と言うものか。
「終わりだな」
姫燐は日本刀を少しだけずらした。既に少年の手に力は入っていなく剣は自由に地面へと落下し、突き刺さった。
「武器の性能を活かして戦うのは戦いの基本だしそれを否定するつもりはない。それにその点に関しては迷うことなく評価できる。だが、お前はおごりすぎたな。頭を冷やしたらまたいつか剣を合わせよう」
姫燐は日本刀を鞘に収めると再び歩き出した。
「ふざけるな……これで、これで終わってたまるか! どんな勝ち方でも勝てればそれでいいだろ! 事実僕はお前より強いんだから!」
地面にささった剣を抜いた少年は再度構え直した。
「はぁ——」
そして、剣を振り上げ駆けてくる。
「だがまぁ、少しは良くなったんじゃないか?」
姫燐は日本刀を抜刀すると同時に少年の真横を通り過ぎた。先ほどまでとは明らかに遅く、簡単に目で捉えられる。しかし、少年の体感では一瞬だ。もちろん、姫燐はマナなど一切使っていない。
「うぐっ」
それでも、姫燐の日本刀は少年が持っていた剣を真っ二つにしていた。
倒れこむ少年。その首筋には本当に細い切り傷が残っていた。
「残念だが、まだどんな手段を用いても私には勝てないだろう」
少年に歩み寄った姫燐は日本刀を背に持ち替えてマナを注ぎ込むと軽く少年の鎧に当てた。
絶対にものを通さない恩恵の鎧は一瞬で粉々になってしまった。
「この鎧はもうお前には必要ない」
要するに、姫燐は少年の速さに追いつくためにマナを使っていただけであってマナを使っての攻撃は一切していなかったのだ。
「悔しかったらまずは自分が強くなれ」
振り返って告げた姫燐はすぐに彩葉の後を追って走り出した。
* 2 *
「ん? ちょっと待ってよ。私今回本格的に何もしてない気がするぞ?」
紅葉から少し離れた位置で立ち止まった彩葉はメデンを手にした紅葉を見ている。
「彩葉。悪い、待たせたな」
「あ、姫燐。お疲れ。こっちももうすぐ終わるみたいだよ。ってうー。私本当に何もしてないや」
一瞬だけ振り返った彩葉。すぐに紅葉に視線を戻し唸り声を上げた。
「なるほどな。メデンが使えるとは、流石紅葉だ」
っと言う割にはあまり驚いているように見えないのは気のせいだろうか。
「あ、二人ともお疲れ。思ったより苦戦したみたいだね?」
二人の頭上を悠々自適に浮いている紫草蕾。彼には傷だらけの姫燐を心配するような素振りは見られない。
「ああ。その上、結局勝負は持ち越し。またいつか、あの少年が自力で剣を振るうようになったらまた相見えることになった」
「ふーん。なんだかよくわらないけど姫燐らしいね」
「それでこっちはどうなったんだ?」
3人はメデンを持ち上げて慌てふためいている紅葉を眺めて和んでいる。
「見ての通り、うちのリーダーも実は勇者だったみたいだよ?」
「そんなことは最初からわかっている。それまでの過程を聞いているんだ。魔王の他にもう一体いただろ?」
「あー。メンデンって人ね。あの人は鉄が跡形もなく消しとばしちゃった。だから、彩葉。今度からあんまり鉄を怒らせないほうがいいんじゃないかな」
「う、うん。気をつける……」
しょんぼりと頷く彩葉はおもちゃを一つ没収された子供の表情に見える。
「馬鹿も少しはやるみたいだな。まぁ、何はともあれ今から手を出すのは無粋だろ。あとは紅葉達に任せるとするか」
「だね」
ひび割れた地面の上、3人はそれ以上口を開くことなく新勇者に視線を向けた。
「え、えーっと。これからどうしたらいいのかな?」
メンデンが消えてから落ち込んでしまいすでに戦意がない少女。仮とは言えかつてゼウスの後継者にもなりかけたメンデンの遺体が消し飛んだのだ落ち込んでしまうのも無理はない。
その上、紅葉が剣を手にした途端、魔王ですら怯えて紅葉から距離を取る始末。紅葉はどうしていいのかわからず立ち尽くしている。
「僕の……僕のメンデンが……」
しかし少女はそれどころではないようだ。
「ね、ねぇ。汰空斗。もしもだよ? もしも私がここで魔王を斬っちゃったらあの子泣いちゃうかな?」
「だろうな」
「で、ですよね〜」
大切にしているコレクションの中からレア物2つを壊される悲しさ。それがどのくらい悲しいのかわからない紅葉だがどうにも手を下すことに躊躇いがあるようだ。
「別にいいだろ。それくらい」
「で、でも……それじゃあ私が悪者みたいじゃん」
魔王を斬って罪悪感が残る勇者など紅葉くらいしかいないのではないだろうか。
「なら、こいつらがしてきたことを思い出せ。やらなきゃあいつらが救われない」
「そ、そうだけど……」
前勇者は前勇者で酷く歪んだ性格だったがこの新勇者も新勇者でお人好しが過ぎるようだ。
「……許さない」
そうこうしている内に少女は立ち直ったのか微かに呟いた。
「え?」
「……許さない、許さない! 絶対に許さない!」
立ち直ったっというよりは腹が立ったようだ。立ち上がり、銃口を紅葉に向けた。
「え? あ? わ、私? あの人消したのてっちゃんなのに……」
「関係ない。貴方たち全員同罪だ! 絶対に殺してやる!」
叫び声とともに魔王に銃口を照らし直した少女。
「魔王、リリース」
少女の握っている拳銃が一発の咆哮を轟かせた。それが魔王の額を貫くとそこから一本の角が生えてくる。より魔王らしくなった魔王から感じるマナの量は先ほどまでとは桁違いだ。
「まさかゼウスの前にこれを使うことになるなんてね。正直驚いたよ。でも、僕にこのカードを切らせたことは褒めてあげる」
それが魔王にとっても自信となったのか初登場と同様に堂々と腕を組んで、紅葉を見下ろしている。
「貴方達に死の祝福があらんことを」




