第二章第八話 お前なぁ、背負い投げすんぞ
「な、なんだ!?」
国王が寝室で睡眠をとっていた時、突然城全体が揺れた。
「ご無事ですか、国王陛下!」
寝室の外から声が聞こえる。兵士の一人が国王の無事を確認しに来たようだ。
「うん。平気だよ。で、何があったのかな?」
目をこするとベットから降りて寝室のドアを開けた国王。そこには地に膝をついて彼を見つめる兵士がいた。
「敵襲です! 昨日の夕刻過ぎに捉えた罪人4人が脱獄し、仲間と合流した後に城を攻めに来た模様です」
「へぇ。なんでまた? 僕は警備を強化するように言っていたよね? 仲間2人を捉えるどころか4人を逃して城が攻められるなんて、正直君達がわざとそうさせてるとしか思えないな。もしかして君達、僕を消したいのかな? まぁ、それならそれでいいんだけど、その時に困るのは君らだよね?」
国王が鋭い視線で兵士を威圧している。
「そ、そんなことは断じてございません! 早急に奴等を捉え国王陛下のお膝元に平伏せさせます!」
「ふーん。それができるならいいんだけどね。まぁ、一応、僕は王の間にいることにするよ。あ、それと僕に護衛の兵はいらないから」
「はっ!」
いかにも高級そうな寝間着のまま王の間に向けて歩き出した国王。兵士は急いで立ち上がると敬礼して、去っていく国王を見ていた。
その頃、王城のエントランスでは。
「おい、鉄。あんまマナを入れ過ぎるなよ。下手したら本当に殺しちまうからな」
剣を振り上げながら駆けて来る兵士を殴り飛ばした鉄。飛んで行く兵士のあまりの速度に汰空斗は少しだけ不安そうにしている。
「いくらなんでも大丈夫だ。こいつらも多少なりともマナを持ってるんだろ?」
「それでもだ。俺達はこいつらとは違って別格なんだよ。さっきも王城の門を殴ったら門ごと吹き飛んで、王城の中の兵士を何人も巻き込んでただろうが」
「あ、あれはちょっとムカついてだけだって。それに誰も怪我してないんだからいいだろ」
「あれで怪我ないって本当に便利だね。マナって」
一番安全な6人の真ん中にいる彩葉は先ほど鉄が殴り飛ばした鉄門に視線を向けた。その下敷きになっている兵士は傷を負ってはいないが気絶はしているようで動かない。
「で、汰空斗。王とやらはどこにいるんだ?」
周りの兵士をあらかた片付けた姫燐だが、準備体操にもならなかったようで軽く手首と足首をならしている。
「あの兵達の話じゃ、まだ寝室で寝てる時間だろうな。だが、さっきの衝撃で起きてるかもしれない。だとして、そこから先の行動を読むには俺が国王という人間を知らなすぎる」
汰空斗が王城に乗り込む頃には日が昇っていたが、まだ早朝。日の出とともにシサントを後にした兵士達の話では、王は基本昼まで寝ているらしい。仮に起きていたら王の間にいることがほとんどだとも聞いたが、そもそも汰空斗は王の間も王の寝室もどこにあるのかは知らない。
「だがまぁ普通、自分の城が攻められているんだ。そんな時に優雅に寝てられるような王なんていないだろう。故に、王の間を目指す。っと言いたいがどこにあるのかはわからない。結局のところ城内の部屋をしらみ潰しに回るしかないのが現状だな」
「汰空斗にしては随分現実味のない発言じゃないかい? この王城の部屋を全部調べるなんて王の間に着く頃には明日になってるんじゃないかな」
紫草蕾は地面を歩くのも面倒なのかずっとエンチャントした風に乗って移動している。
「うるせ。お前は単に楽したいだけだろ」
「あれ? バレてた? さすがは汰空斗だね」
歩くのも面倒くさがる人間の考えなど汰空斗でなくてもわかるだろうに。
「はぁ。俺はお前と話すのも面倒くさいわ。いいから行くぞ」
しぶしぶエントランスの階段を上がり出した汰空斗。
「えー? ほんとにする気? もうちょっといい案内ないの? 瞬間移動とかさー」
他全員が階段を上る中、彩葉は一人立ち止まっている。
「彩葉、お前馬鹿か? そんなもんあったら使ってるよ」
「むー。なら、私がみんなを飛ばしてあげるよ」
「お前そんなことできるのか!?」
汰空斗と他4人は一斉に期待の視線を向けた。
「え? い、いや。わかんない。言ってみただけ」
「……お前なぁ、背負い投げすんぞ」
っと言いつつ鉄は階段を再度登り始めた。
「わ、私だってやればできるんだから! 見せてあげる。瞬間移動!」
思い切り叫び声をあげる彩葉。これでもし出来なかったら、ただ突然奇声を上げただけの幼気な少女だ。しかし。
「え? で、できた……」
6人は巨大な扉の前に移動していた。こんな扉どうやったら開けられるのかわからないくらい巨大だ。にも関わらず、ドアノブは人の背丈に合わせて作られている。むしろ開け辛いだろうに。
「は? は!?」
突然目の前の風景が変わった状況についていけない汰空斗。だが。
「うわ。ほんとに移動してるじゃん。彩葉すっごいね」
「本当な。やれば出来んじゃん。それじゃあ、開けんぞ」
紅葉と鉄、その他はなんとも気楽に受け入れて彩葉を労っていた。
「でもこれどうやって開けるんだい?」
「んなもん、もちろん、力でぶち壊す!」
鉄は振り上げた拳を思い切り振り抜く。しかし、その拳が扉に当たることはなかった。
「あの扉。見た目は大きいけど実際に開くのは普通のドアと同じくらいなんだよね。だから、普通に開けられるんだよ? 次来るときはそうしてほしいかな」
その理由は簡単。目の前で玉座に着く国王の姿からもわかるだろうが、既にその部屋に入ってしまっているからだ。
何故か6人は気が付くと、王の間の入り口から玉座まで続くレッドカーペットの上に立っていた。やっと王の間に着いたのだが、6人はなんの前触れもなく切り替わった世界に言葉が出てこなかった。
「って僕の話、聞いてる? せっかくここまで入れて上げたんだから少しは僕を楽しませてよ。どうせ会話くらいしか出来ないだろうからさ」
鎧を身に纏っている国王は玉座の肘掛に頬杖をつき、勝ち誇った様子で6人を見下ろしていた。
「ここが王の間、なのか?」
「ようやく何か言ったと思ったらそれが最初かい? 君、馬鹿なの?」
ようやく口を上げた汰空斗は国王の言葉も気にせずあたりを見回している。
部屋の中は金色が主で見回すだけでも眩しい。
「汰空斗。それはこの流れ的にそうだろ。で、そこまでは良いんだ。だが、肝心の国王とやらはどこだ? もしかして寝室だったパターンか?」
鉄も部屋の中を見渡しているが彼の視界に映っているは玉座についている子供が一人だけ。
「くそっ! おそらくそうだな。おい、彩葉。今すぐ寝室に飛ばしてくれ」
「え? い、いいの?」
彩葉は玉座に着く国王に視線を向けながら何か言いたげだ。
「ああ。もしかしたらまだ寝てるはずだ。その内に一発叩き込むぞ」
だが、姫燐は少年に脇目も振らず彩葉を急かした。
「おい、お前ら。国王なら僕なんだけど」
まだ声変わりもしていない声の国王は心底腹が煮えたようで視線が鋭い。
「だ、だよね!? あの子が国王だよね? よ、良かったぁ」
「何言ってんだよ? いいから早く寝室に飛ばしてくれ。国王が起きちまうだろ」
彩葉を急かす汰空斗はどこかあざとく、演技のようにも思える。
「そうだよ。あんなガキが国王の訳ねぇだろ。漫画の読みすぎだ」
続いて急かす鉄は少なからず本心のような気がする。そんな時。
「殺す」
国王は怒りを含んだ声でつぶやき、拳を振り上げると何を目がけるでもなく思い切り振り抜く。
しかしその瞬間、国王の前に瞬間移動させられた鉄。そして国王の拳はちょうど鉄の頬を捉えてめり込んだ。
「てっちゃん!」
鉄は正面の入り口まで吹っ飛びドアに埋もれた。
「この通り、あんまり僕を怒らせないほうが身のためだよ?」
鉄を殴り飛ばしたこと、瞬間移動を使用したこと、その二つからわかる通り彼はアタックとマジックが使える珍しいタイプのようだ。
「言う割には鎧までつけて、やられるに満々かよ」
挑発気味に放つ汰空斗だが、相手は鉄ですら殴り飛ばすアタッカーだ。汰空斗も殴られれば無事ではなかろう。
「やれるものならやってみな。っと言いたいところだけど、今ここで君達を殺っちゃったら僕は暇になっちゃうからね。せめてなんでここに来たのかくらいは聞いておこうかな」
「ただ、お前をぶん殴りに来た。それだけだ」
腰にさした刀に手を乗せて言葉を返す姫燐。少なくとも彼女はぶん殴るつもりではないだろう。
「ふーん。もうちょっと面白い答えが欲しかったよ。例えば、誰々の仇打ちだ! みたいな。そんなんだったら少しは遊んであげたんだけどなー。まぁ、残念だけど、ただ僕と喧嘩しに来ただけなら容赦はできないな」
国王が指を鳴らすと無数の小さなナイフが虚無から創造される。それらは姫燐を中心に360度全てに展開され、姫燐に逃げ場はない。
「死にな」
王は軽く人差し指を振るった。それと同時に全てのナイフが姫燐めがけて飛んでくる。
しかし、姫燐はいとも簡単にそれらを叩き斬る。そして、その内の一本だけ手で掴み、国王に投げ返す。
ナイフは国王の首から数センチだけずれたところにささった。国王もそれがわかっていたのか避けようとすらしない。
「まさかこの程度なんて言わないよな? ナルバ=メデンとやらはどうした? お前は勇者なんだろ? それなら剣で私をねじ伏せてみろ」
「ちょっとはやるみたいだね。まぁ、それくらいじゃないと僕の城を攻めようなんて思わないだろうけど」
国王は玉座から飛び降りて姫燐の正面に着地した。
「いいよ。そう言うならお望み通りメデンで相手になってあげるよ」
国王は手を前に突き出すとナルバ=メデンらしき剣が空虚から姿を現した。
「え? な、何今の?」
「おそらくアイテムバックだ。前に海斗が使っていたのを見たことがある」
「そんな便利なもの私達は貰ってないのに」
「まぁ、しょうがないんじゃない。それより大切なものも貰ってないわけだし」
姫燐が真剣に国王を睨みつける中、紅葉と彩葉、紫草蕾は姫燐に手を貸すつもりがないようで気楽に二人を眺めている。
「貰ってない? ああ。もしかして君たち、最近ゼネシティで開かれた武道大会で優勝したって言う恩恵なしの転生者かい?」
あの時広まった噂がここまで来ていたとは。姫燐と紅葉自身も驚きだろう。
「まさか一国の王にまで私達のことが知れ渡っているなんてね。私もなんか鼻が高いよ」
「え? 優勝者は黄色いロングヘアと赤いセミロングの2人じゃないのかい? 僕が聞いた噂ではそのはずだったんだけど」
「そ、そうだけど別にいいでしょ。仲間なんだし」
「まぁ、そんなことはどうでもいっか。雑魚に興味ないし、僕には関係もないだろうからね。で、つまり黄色いロングヘアの君と赤いセミロングの君が優勝者ってことでいいんだよね?」
姫燐と紅葉を交互に見た国王は何故が不敵な笑みを浮かべた。
「ああ」
「それなら、僕も少しは楽しめそうだ。で、君が最初に僕と戦うんだね? なんなら全員一斉でも構わないよ? どうする?」
「悪いが私1人で十分だ。むしろ手を出さないでほしい」
姫燐は主に汰空斗に言っている。紅葉は元から手だすつもりなどないだろう。もちろん、サラハイト最強の剣士を目指している姫燐のために。
彩葉と紫草蕾はもとより戦う気など微塵もない。紫草蕾は言わずもがな面倒だからで彩葉は単にやるのはいいが、やられたくないからだ。
「ああ。わかったよ」
「それと、壁に埋もれてる馬鹿もな」
馬鹿とは当然、鉄のことだ。だが、鉄は飛ばされて以来一言も発してなどいない。もはや意識がないのではないかと思ってしまうほど静かだ。しかし。
「それじゃあ、俺の気が収まらないんだが……けどまぁ、今回は譲ってやるか。但し、俺は馬鹿じゃない! 何回言えば気がすむんだ!」
壁から自力で抜け出した鉄は案外余裕そうっと言うよりは擦り傷の一つもなくピンピンしている。
「あ、鉄。無事だったんだ。相変わらず無駄に丈夫だね」
鉄の方を振り返る彩葉に鉄を労わる素振りは毛ほどもない。
「まぁな。てかお前ら、離れた方がいいんじゃねぇか? 巻き込まれてもしらねぇぞ?」
そんな彩葉の真後ろでは、姫燐と国王が既に火花を散らしあっていた。要するに睨み合っているだけなのだがそれだけで床が沈み、周りの空気が振動していた。
「あ、これ。やばいやつだ」
彩葉は振り向くことなくその異常さを察知して、いち早くその場から駆け出した。
「きりちゃん。頑張って」
紅葉はその場を離れる間際、姫燐にささやかなエールを送った。
「ああ」
姫燐は振り返ることなく頷くと刀に手を置いた。
「で、でも、無理しちゃだめだよ?」
紅葉はよほど姫燐が心配なのか他全員が離れても1人だけ残って姫燐の背中を見つめていた。
「ふっ。ああ。大丈夫だ」
姫燐はそんな紅葉に何か思うところがあったのだろう。振り返って、紅葉の頭に手をポンっと乗せた後、笑顔で頷いてみせた。
「なら、いいけど……」
「じゃあ、行ってくる」
「うん」
姫燐が振り返り歩き出すと、紅葉はその逆向きに歩き出した。だが、紅葉はすぐにまた姫燐の方を振り返る。
刀に手を乗せ立ち止まった姫燐。その姿勢で準備が万全のようだ。その様子が視界に入った紅葉はどこか切なげで悲しそうだ。そして、そんな表情のまま、再び姫燐に背を向け汰空斗達の元へと歩き出すのだった。