第二章第三話 長い物には巻かれろって言いたいんだよ
「お、おい汰空斗。離せ」
姫燐は汰空斗に手を引かれ人気のない路地裏へと連れられていた。
「ああ。ここならもう大丈夫だろ」
あたりを見渡した後に姫燐から手を離す汰空斗。
「何を言ってるんだ! 今頃紅葉達が王国の剣士と戦ってる。すぐに助けに行かなければ!」
姫燐はすぐに来た道を戻ろうとするが汰空斗がそれを止める。
「待て。あいつらのことだ、もうとっくに王城に捕まってるよ」
「な、何? そんなにあの剣士が強かったのか?」
「ちげーよ。ただ、紅葉はそういう奴なんだ」
「そ、そうなのか? そう言えば紅葉の一番古い知り合いがお前だったな……いや、だが捕まれば死刑だぞ? いくら紅葉でもそれはないだろう」
「いや、あいつならありえる。殺される気はないだろうが逆らうつもりもないだろうからな」
「どういうことだ?」
姫燐は冷静に戻ったようで汰空斗の方に振り返った。
「つまり俺たちが助けに行かないといけないんだよ」
「なるほどな。で、なら聞くがなぜ私を選んだ?」
「他が無理だったからだな。本当は鉄にやらせたいがあいつを助けると逃げる時間を無意識に稼いでくれるやつがいなくなる。だからと言って紅葉を連れてきたところで今から俺がやることに絶対反対する。残る2人にはそれをする実力がない。だからお前だ」
「紅葉が絶対に反対すること? 汰空斗、お前は一体私に何をさせるつもりだ?」
「大丈夫だ。ちょっと手を借りるだけだ。最悪、とどめは俺がやる。本当に最悪だが」
あまり人道に則った行動ではないのだろう。それは吐き捨てた汰空斗の様子を見ればすぐにわかる。
「だが、いつ処刑が行われるのかわからないんだ。手段は選んでられない。行くぞ」
姫燐にそう告げたのか、自分にそう言い聞かせたのかはわからない。しかし、姫燐の返事を聞かずに闇夜に紛れて溶けていく汰空斗はどこか自分を責めているように見えた。
* 1 *
「なぁ、紅葉。なんでわざわざ捕まったんだよ? 暇じゃねぇーか」
4人は一つの牢獄に詰め込まれていた。4人全員が座ってくつろげるくらいの広さがあり思っていたよりも良い環境だ。
「鉄、うるさい。うちのリーダーは紅葉だよ。紅葉がそう決めたんだから文句言わないの」
「そうは言ってもよ、もしかしたらこのまま殺されちまうかもなんだぜ?」
そういう割には笑っている鉄。きっと、ただ単に彩葉を怖がらせたいだけなのだろう。
「そ、そうかもしれないけど、きっと紅葉には考えがあるんだよ。ね? 紅葉」
「もーう。私にそんなこと期待しないでよ。そういうのは汰空斗の仕事なんだし」
紅葉は何も考えていないのではない。何かを考えようとすらしていないのだ。
「え? 本当になんの考えもなしに捕まったの!?」
「だって悪いことしたみたいだったから」
「悪いことしたって、俺ら何もしてないだろ」
自分でもわからないのによく納得して処刑されようと思ったのか、この上なく不思議だ。
「私達にとってはそうでもここの人達にとってはそうじゃないと思うの。私達外から来たわけだし」
「は? じゃあ、あの発言のどこが悪いんだよ?」
「どこが悪いとかじゃないんじゃないかな? つまり紅葉は長い物には巻かれろって言いたいんだよ」
「わけわかんねぇ。まぁ、汰空斗と姫燐はうまく逃げれたみたいだしな。後はあいつらに任せるか」
要するに鉄が不満なのは捕まったことではなく暇ですることがない今、この時が不満なのだろう。
その証拠に気楽に横になり昼寝をしようとしている。
「でも、あの状況から逃げ切れるってさすがは汰空斗だよね」
「なんか最初からわかってたみたいだったしね。でも、なんで紅葉じゃなく姫燐を連れて行ったのかが僕にはよくわからないかな」
「それ確かに。汰空斗ってなんだかんだで紅葉のことを一番大切にしてる感じあるし。ねぇ、紅葉。本人的にはそこのところどうなの?」
彩葉の顔はにやけている。つまりそれが意味することはただの興味本意ではないということ。彩葉は紅葉と汰空斗をいじり倒すつもりなのだ。
「えー? そう? 絶対に私のこと厄介者扱いしてると思う。出会った時からそうだったし」
「それがまさにそういうことだよね?」
彩葉は隣の紫草蕾を肘で突っついた。
「ね? って僕にふられてもね。汰空斗のことなんてよくわからないよ」
しかし、紫草蕾にそこ意味が伝わることはなかった。
「そこは嘘でも良いからそうだよとか言おうよ。じゃないと会話終わっちゃうじゃん」
「そうは言われても僕は会話してなくても暇じゃないからね」
紫草蕾はポケットから先ほど汰空斗から貰った冊子を取り出した。
「ま、まさかそれ、読むの?」
彩葉が多少怯えながら尋ねた。
どこがどうなれば「まさか」に繋がるのかわからないが。
「まぁね。いずれ役に立つだろうし、読んでおいても損はないと思うよ。それに、こういう時のことも書いてあるしね」
「こういう時のことってどんなことさ?」
「緊急時のマニュアルだね。汰空斗、こういうところ抜け目ないし仲間想いだから必要なくても作ってくれるし」
必要ないも何も今がその時なのではないだろうか。
牢屋で死刑の時を待つ以外何もできない状況ですら緊急でないなら、汰空斗はどんな緊急を想定してマニュアルを作れば良いのだろうか。
「今紫草蕾さらっと酷いこと言ったよね?」
「敵に捕まった時の対処法とかは本当に必要ないと思うよ。少なくとも君以外にはね」
緊急マニュアルを見開きながら言う紫草蕾。彼の言う君とは言うまでもなく先ほどからの会話相手、彩葉である。
「ど、どういう意味さ、それ」
「僕ら正直言って敵に捕まるなんてことないからね。まぁ、今回見たく自分から捕まりに行った場合は別だけど」
「言っておくけど、私だって今は魔法使えるからね。あんまりお荷物じゃないよーだ。で、そのマニュアルにはなんて書かれてるの?」
彩葉は紫草蕾の正面からそのマニュアルを覗き込んだ。
「えっとね。敵に捕まった時の対処法丸の一番。何があっても逆らうな。相手の言う通りにして出来るだけ長く生き延びろ。2日だ。2日耐えてくれれば絶対、どこに居ようと助け出してやる。諦めるな! だってさ」
「さすが汰空斗。無駄に励ましてくるね」
「まぁ、僕は嫌いじゃないけどね。汰空斗のそういうところ」
「でもさ、今回の場合言う通りにしたらすぐに死刑だよね?」
「ま、まぁね」
紫草蕾は苦笑いを浮かべながらそっと冊子を閉じてポケットにしまった。
「あーあ。暇になっちゃったなぁー」
「そうだね」
暇を嘆く2人の両脇には横になって寝ている鉄と特に何もしていない紅葉がいる。
彼らも少なからず暇なのだろう。
「あ! そうだ。ねぇ、紅葉。暇つぶしにこのメンバーが揃うまでの話をしてよ! 私がメンバーに加わったのって一番最後じゃん? そこまでの過程がちょっと気になるなぁ。最初に動いたのってやっぱり紅葉なんだよね?」
「そうだけど、全員分話すのはすっごく長いと思う。途中で私が飽きちゃうくらい。だから、今回は汰空斗との話だけでいい? その後からはてっちゃんも知ってるし」
「なら、汰空斗の次は鉄だったのかい? 僕が来た時にはあと姫燐もいたから、鉄の次が姫燐で次が僕、最後が彩葉ってことだね」
「ああ。その通りだぜ」
横になって目を瞑ったままの鉄が返事を返した。
「あれ? 鉄、起きてたの?」
「寝たくてもうるさくて寝れねぇよ。それに、あの汰空斗がなんで紅葉に手を貸してるのか気になるしな」
鉄は起き上がると大きなあくびをして目に溜まった涙をぬぐった。
「鉄も知らないなんてちょっと意外だね。僕はてっきりもう聞いてるのかと思ったよ」
「俺も気になって割と初めのうちに汰空斗に聞いたんだ。けどよ、『それは俺の唯一の失態だ』とか言って教えてくれないんだよな」
「失態って私はただ汰空斗に言われた通りにしただけなんだけどなぁ」
「まぁ、それはいいから。ささ、早く話してよ」
「うん。じゃあ、始めようかな」
* 2 *
ここは王城、王の間にて。
「国王陛下! こいつが4名の罪人の仲間を逃した本人です」
国王の座が高い椅子の前に平伏せられ身動きが取れない男。彼は鉄に剣を向けたあの男だ。
「直ちに処刑しましょう!」
「いや、別にいいよ。ほか4人を捕まえておけば勝手に仲間がやってくるでしょ? その時に捕まえて殺しちゃってよ」
ふんぞり返って座る椅子から男を見下ろす国王。国王の性別は男で年は10歳の上下2歳程度。子供もいいところだ。
「は、はい! かしこまりました」
男を押さえつけていた兵士は手を離し綺麗な敬礼を決めた。
「おい、国王の慈悲に感謝しろ!」
男はここに来る前に随分と痛めつけられたのだろう。外傷が目立つだけではなく、骨も何本か折れていてもおかしくはない。兵士はそんな彼にも容赦なくさらに蹴りを入れる。
男は這いつくばったまま身悶えしまともに口も聞けない様子だ。
「その辺でいいよ。もう、家に帰してあげな」
「はい!」
兵士は男を抱えて王の間を後にしようとする。
「あ、その前に一つ。町の警備を全体的に強化しておいて。残り2人の捜索と賊への警戒、そして魔王復活の予兆への対策。大変だけど宜しくね。復活した魔王は僕が殺ってあげるから」
国王は不敵に笑って見せた。
「はい! 了解です!」
兵士はその笑みに背筋を冷やしながら逃げるように王の間を後にした。
10分後。
「今宵、シサントにいる全ての人に告げる。現在、国王侮辱の容疑で指名手配中の2人が都市内に潜伏している模様。住民及び、宿屋は怪しい2人組みを見つけ次第通報すること。また、直ちに帰宅し奴隷も小屋に返すこと。そして、明日の夜明けまでの外出を禁止とする。外出しているものは無条件に切り捨てる。以上」
シサント全域にそんなアナウンスが流れた。
「あーあ。また始まったよ。これで何人目だ?」
アナウンスの直後、すぐさまシサント内は全身鎧を身に纏った兵士で溢れかえった。その中の一人、とある兵隊が面倒くさそうに呟いた。
「21人目だな。いくら国王を侮辱したからって何も死刑まではする必要はないよな」
その隣を暇そうに歩くもう一人の兵士。彼らはどうやら国王の独裁政治に反対のようだ。
「ああ。ほんと——」
「や、やめろ! 殺さないでくれ! うわあぁぁぁ」
たった今、二人の目の前でほかの兵士が奴隷の様な身なりの獣人を切り捨てた。獣人から血が流れ出し1分と持たずに動かなくなった。
「可哀想なこった」
吐き捨てた兵士はせめて安らかにと死んだ獣人の目を閉じさせた。
「なんでこんなことするのかねぇ〜」
彼ら二人は周りの兵士の目を気にしながらこっそりと路地裏へと隠れた。
こんな言動の彼らが無事に生きているのはサボるのがうまいお陰なのだろう。
「だよな。見てて気分が良くねぇよ。な?」
一人の兵士が後ろを歩く兵士に同意を求めた。しかし、もう一人の兵士からは帰る言葉はない。
「あ? どうした?」
不思議に思った兵士は後ろを振り向く。すると、もう一人の兵士はどうしたのか地面に倒れている。
「ど、どうした!? 大丈夫か?」
急いで駆け寄り体を起こす兵士。だが、もう一人の兵士は意識が既にない。
しかし、目立った外傷がなく呼吸もしていることから気絶しているだけなのであろう。
「ふぅ」
ほっと胸を撫で下ろした兵士。だが、ふと思う。なぜ、彼は気絶したのか?
「動くな」
そう思った瞬間だ。彼の首元に月明かりで光る一本の日本刀が当てられた。
「動けば殺す、叫んでも殺す。俺たちはただ仲間を助けたいだけだ。今からする質問に正直に答えれば無事に帰してやる。わかったら頷け」
後ろから聞こえる声は男性のものだろう。だが、彼に日本刀を当てているのは間違いなく女性だ。彼の嗅覚が捉えた甘い香り。それが図太く、低い声の男の匂いであるはずがない。
完全に兵士の偏見だが彼は確信していた。
振り向かなくてもわかる。日本刀を構えている彼女は美女だ。それなら、いっそ殺されてみるのも悪くない。むしろ、こんなひどい世の中なら幾分もましな死に方だろう。
そう思ったがまだ死ねないので首を縦に振った男。
「一つ目。今日先ほど、捉えられた男女四人がどこに連れて行かれたか知ってるよな? どこにいる?」
兵士は薄々気づいていたが彼らはやはりあの4人の仲間らしい。
「お前らやっぱり、あいつらの仲間か」
「余計なことは話すな。もう一度だけ聞く。そいつらはどこにいる?」
「はいはい。わかったよ。そいつらなら王城の地下の牢獄に入れられてるって話だ」
なんとも簡単に答えた彼は仮に自分の命がかかっていなくても話したに違いない。
「二つ目、王城と周囲の警備状況を教えろ」
「その前にちょっといいか?」
両手を上げて敵意がないことを証明する男だが、女性は無言のまま刀で男の首を圧迫した。
「ちょっと待ってくれ。俺と今倒れているあいつは今の国王に不満がある。要するにお前らの味方になってやれる。だから、この刀を避けてくれ」
二人からは帰る言葉がない。
「王城周りの警備状況を教えてもらったお前らが潜入するより、見た目が兵士の俺らの方が安全で的確だ。どうだ? 悪くないだろ?」
「ダメだ。お前らにそれをするメリットがない」
「メリットならあるさ。お前らそこらへんの兵士よりはずっと強いだろ? だから、お前らの仲間を逃した後、俺とあいつを守ってくれよ。この町の外まででいいからさ」
少しの間彼に帰る言葉はなかった。だが。
「ああ。それならいいだろう」
男の耳に初めて女性の声が聞こえた。