第一章最終話 とりあえず何か出てこーい
第一章最終話
それから数分後、又しても詩片紫草蕾は人生においての絶体絶命的場面に遭遇している。なぜなら、上を見上げて立ち尽くす彼の真上には断熱圧縮による強い光を放ちながら——
以下略。
要するにまた流星が降ってきているのだ。
「い、いや、これはやばい……上……上見ろ! 上!」
鉄は突然上を見て叫んだかと思うと走ってその場から離れて行った。
「上? なんで今更?」
彩葉は言われた通り上を見る。すると空には光る何かが見えた。
「あ、なるほど。だいたいわかったよ。とりあえず、二人も避難しようか」
彩葉は、上から降ってくる物体が何か理解していない紅葉と海斗の手を引いてその場から走って離脱した。
「あれくらいなら斬れなくはないな。だがまぁ、あとは任せた。紫草蕾」
上を見て日本刀を構えた姫燐だったが何故か刀を引いて紫草蕾から離れて行ってしまう。
「え? いや、斬れるなら斬ってよ! 僕がエンチャントで飛ばすより確実じゃないかい?」
慌てて姫燐を止めに入る紫草蕾だが、姫燐は振り返らずに一言。
「あれはお前を狙っている」
「狙ってる?」
試しに5人とは逆方向に逃げてみるが流星は紫草蕾の真上から動くことはない。
「なんで隕石に追尾性能がついてるんだい……しかも、その対象が僕……」
ほんの数分前まで辻家庭では海斗による軽い抗議のような話が続き、言うなれば平和であった。
だが、今はだいたい察してもらっている通りなぜかまた紫草蕾の上に隕石が降ってきているのだ。では、1日に2回も落石に見舞われる不幸な彼に一体何があったのか。また少し時間を戻してみるとしよう。
数分前、彩葉は海斗の注意に実体験が伴っているのか苦笑いを浮かべていた。
「それで、紅葉。マジックは試してみたか?」
「あー。そう言えばまだだったよ」
「今まで3種類全てを習得した人はいないと聞いているが紅葉なら出来ても不思議ではないだろう。試してみるといい」
「うーん。じゃあ、何だそう? あ、そうだ。ほのおパンチとかどうかな?」
「なんだよそれ? ポケモンに出てくる技の名前かよ」
注、ポケモンとはあのポケモンではない。ポケモンのモンはモモンガのモンだ。ポケットに入ってるモモンガの可愛さから作られた育成バトルゲームである。
「それに、魔法って遠距離攻撃が基本じゃないのかい? 近距離で攻撃する魔法ってもはや魔法の意味がない気がするんだけど」
「えー? でも普通のパンチより強そうじゃん」
「確かに強いかもしれないけど、相手が燃える前に自分が燃えちゃわない? それ」
彩葉の言う通り拳に火を纏わせ攻撃するなんて実際にやると明らかに自殺行為だ。ゲームの様な力を手に入れてもそこだけは変えられない現実というところなのだろう。
「た、確かに。ならー。あ! なら私、あれやってみたい! なんとか竜の咆哮シリーズ! これなら遠距離だし、自分にも被害ないよ?」
「確かにできるならいいかもしれないけど、紅葉はいつからドラゴン狩りになったのさ?」
「えー。これもダメなの? 彩葉けち」
「いや、良い駄目の前に多分できないって」
「じゃあ、今はなんでもいいや。とりあえず何か出てこーい」
紅葉は投げやりに手を振り下ろした。
「あれ? おっかしいなぁ。何も起きないね?」
静まり返る場で聞こえるのはフラグ建築士の彩葉の声だけだ。
「今の動作とか、流れ的には紫草蕾の上に流星が落ちてくるのが普通だと思うんだけどなぁ」
フラグ建築士の資格を持つ彩葉の実力を持ってしても、フラグを立てるだけでは現実を動かせないらしい。
「もう、一回落ちてきてるから。って言うか隕石が落ちてくる流れってどんな流れなんだい?」
「だがまぁ、3種類のリベレイションの成功例は未だない。できなくとも不思議ではないだろう」
どうやら海斗はフラグ建築士としての才能もあるようだ。
なぜなら、その時だからだ。鉄が上を見て駆け出したのは。
おそらく、紫草蕾がそれを避けることは不可能だろう。かと言って真正面からぶつかるのは相も変わらずに論外だ。
ならばどうするか? 言うまでもない。彼はエンチャントが使えるのだ。今更流星が何個降ってこようが彼にかかれば造作もない。真正面から粉々にしてくれるわ。っと言う展開を前から待っていた皆さん。お待たせしました。その通りです。
「はぁ……しょうがないか」
紫草蕾はため息をこぼすと何かをすくい上げる様に片手を下から上にあげ、風をつくる。そして、その風をエンチャントしたのだろう。風は草や枝、石や土を巻き込みながら一本の竜巻へと姿を変えた。そして、流星に向かって伸びていく一本の風の柱を作り上げた。
流星はその中に取り込まれ、地面に落ちる頃には勢いが完全に失われていた。
「ふぅ。以外となんとかなったなぁ」
紫草蕾は落ちてきたというよりはゆっくりと落とした隕石に歩み寄った。未だに熱い隕石には触れられないがその肌を見るに先ほどの彩葉が作ったものとは異なり全体がテカっている。
「流石は紅葉だね。常に僕らの予想の一つ上を行っている」
紫草蕾が作った竜巻は隕石の勢いを完全に殺せるくらいの風の集まりだ。それに加えて、枝や石も巻き込んでいた。だから紫草蕾は隕石の表面がそれらに削られることも想定し、地面に到達する頃には単なる石ころ程度になると予想していたのだ。だが、実際はほとんど大きさを変えないまま降りてきたのだ。
「ん? どういうこと?」
紅葉自身はわかっていない様だが、これが意味することは一つ。
「ねぇ、海斗。あと二つ聞きたい。2種類リベレイションを同時に行うのって簡単なことなのかい?」
「俺は2つ使えないからな。断言はできないがおそらく簡単ではないだろう
な」
どうやら紅葉はマジックで出したものにも無意識でエンチャントができるということだ。
「触れていないものをエンチャントすることってできるのかい?」
「いや、少なくとも俺は聞いたことがないな」
前代未聞の3種類制覇だけではなく、無意識にエンチャントができる。そんな紅葉はまぎれもない怪物と言わざるをえない。
まぁ、こうでもなければこの集団のリーダーは務まらないだろう。
隕石に触れる紫草蕾はそう言いたげに微かにだが笑っていた。
「それにしても、多少荒らしても構わないとは言ったがここまで荒らされるとはな」
庭を見回す海斗がため息をこぼすのも無理はない。
木々の何本かは鉄と紅葉の軽い手合わせでなぎ倒され、地面は紫草蕾が作り上げた竜巻でえぐられたり、紅葉が投げた石ころでクレーターができている。そして何より、どう処理していいかもわからない巨大な隕石が2つも落ちてきたのだから。
「あー。確かにね。ごめんね。なんか」
海斗に歩み寄ると引きつった笑顔で謝った彩葉。
「いや、いいさ。今日は俺に取ってもいい収穫になったからな」
「なら、いいんだけどね」
「じゃあ、そろそろ手馴しも終わりでいいだろう。家に入るぞ。昼飯の時間だ」
「え? いいの? ご馳走になって。やったね!」
紅葉は真っ先に辻家に向けて駆け出した。それを追いかける他4人の後ろ姿を見ていた海斗。
「これは、歴史が変わるかもしれないな」
紅葉達に何かを期待しているのか、嬉しそうな表情で呟いた海斗。
「おーい、海斗! 早くー!」
紅葉が庭の森を抜けたあたりで手を振っている。
「ああ。今行く」
海斗はゆっくりと歩き出すのだった。
* 2 *
翌日、宿屋の前。
汰空斗は一人宿屋の前に立っていた。
「あいつら……なんで宿にいないんだよ」
元から目つきがいい方ではない汰空斗が不機嫌そうにさらに目を鋭くする。その姿は街を行き交う人々が近づくどころか、まともに見ることも出来ないくらい人相が悪い。そんな人が店の前にいたら宿屋としてはたまったものではないだろう。
「あ! 汰空斗だ! おーい、汰空斗! 久しぶり!」
そんな汰空斗の前に姿を見せた紅葉達。何故か海斗も一緒だ。
「久しぶりじゃねぇよ。どこ行ってたんだ?」
「海斗の家に泊めてもらってたの」
「海斗? ああ。あいつか」
2日前にコボルドの群れに襲われていたところを助けてくれた恩人。それが汰空斗の中での海斗だ。
「で。なんで連れて来たんだ?」
「えっとね、別にいいって言ったんだけど、どうしても謝りたいって言うから」
「謝る? 何をだよ?」
「え? えっとね……」
汰空斗は武道大会の噂を聞いていないのだろうか?
予想外の展開に紅葉は戸惑っていた。
「俺が紅葉達に恩恵が与えられていないことを広めてしまった。そのことだ」
流石は誠実に服を着せた様な男辻海斗だ。見るからに不機嫌な汰空斗に正面からぶつかっていくとは。
紅葉は恐怖も口にせず、顔を青くしている。
「なんでお前が謝るんだよ?」
「いや、違うの汰空斗。海斗は別に悪くなくて、ただ真面目なだけで」
「んなことは知ってるよ。そもそも、俺はそんなことに腹立ててるんじゃねぇ」
「え? じゃ、じゃあ何に?」
他に思い当たる節がない紅葉は意表を突かれた様な顔をしている。
「お前らが宿屋にいなかったことだ。もうとっくに昼過ぎてるんだぞ? 帰ってこないなら書き置きくらい残しておけ」
「え? そんなこと……? あっ」
思わず口を滑らせた紅葉。急いで口を塞ぐが手遅れもいいところだろう。
「あ? そんなこと? そんなことじゃねぇよ! だいたい、武道大会の賞金も宿屋に置きっぱなしだったぞ? 盗まれたらどうするつもりだったんだよ!?」
「え、いや、あのー。それは……」
目が泳ぐとはまさに今の紅葉だろう。うまい言い訳を考えている様で慌てふためいている。
「はぁ。もういい。だか、海斗。お前には2つ言っておきたい」
海斗を名指しして海斗の前に立った汰空斗。海斗は覚悟を決めた様で汰空斗に負けない気迫で立っていた。
「1つ、こいつらが世話になった。どうせ、お前が色々教えてやったんだろ? 迷惑をかけたな。それと2つ。もし、まだ武道大会での発言を悔いてるならもう忘れろ。それも出来ないならこれでチャラだ。お前は1度俺たちを助けてる。それでいい。これ以上余計なことは考えるな。わかったか?」
「あ、ああ」
まさかこの雰囲気で感謝されるとは思ってなかったんだろう。海斗は驚いてぎこちない返事を返した。
「またいつか世話になるかもしれない。その時はよろしく頼むな」
「ああ。了解した」
「俺たちはそろそろこの町を出る。次の目的地が決まったからな。だからお前とはここで一旦これまでだ。じゃあな」
汰空斗はどこか急いでいる様子で足早に街の外へと歩き出した。
「わかった。達者でな」
「ああ。行くぞ、お前ら」
背を向けたまま手を振り返した汰空斗と振り返って手を振った5人。
始まりの町、ゼネシティを後にする6人の冒険はやっと始まりを迎えるのだった。