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一般人六人で異世界無双するそうですよ!?  作者: 宴帝祭白松兎
第一章 始まりの都、ゼネシティ
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第一章第七話 いや、限度があるでしょ!


 「汰空斗たくと、帰って来なかったね」


 武道大会から一つ夜が明けたゼネシティで、紅葉あかねは市街地をゆったりと歩いていた。

 天候は空の三割を雲が占める程度に晴れ。薄着で過ごせる気温に優しい風が肌を撫でる心地の良い気候だが、心の中は雨雲に覆われていた。


 「なーにしてるのかねぇー」


 先頭を歩く紅葉はずっと奥まで続く道の先を見つめていた。

 賞金を貰った後、日が暮れるまで項垂れていたことが馬鹿馬鹿しく思える。宿屋に帰れば、話を聞きつけた汰空斗が神も慄く形相で待っているかもしれない。そう思うと足取りがとても重かったのだ。


 「きっとあれじゃねーか。金貨百枚も集めたんだから今回は許してやろう的な」

 「えー。そんなこと絶対ないって。あのサドだから、私たちがこうやって恐怖してるのも楽しんでるんだよ。きっと」


 楽観的に状況をとらえるてつもどうかと思うが、彩葉いろはほどネガティブでは先が暗いと言うもの。そもそも、彼女の目には汰空斗という人間がどう映っているのか。聞かない方がいいことだけは確かな気がする。


 「流石にそれはないと思うよ。ああ見えて割と仲間思いのとこあるし。たぶん自分の仕事が終わるまでは帰らないって決めてるんじゃないかな」

 「うわ、なにそれ。本当にありそう。怖い」


 真面目とか、仲間思いでもなく怖い。彩葉との価値観の違いに紫草蕾は無表情のまま驚いていた。


 「うーん。私も紫草蕾しぐれの言う通りだと思うな。汰空斗、変なところ真面目だし。でもだから、よくわかんないところですっごい怒るの! 今度は何させられるんだろう……」

 「あー。もうだめ! この話終了。これじゃあ汰空斗の思うつぼだよ。だから、この話は一旦忘れて、さっさと目的を果たそう」


 彩葉が苦し紛れに手を打った。


 「それもそうだ。いつまでも奴に恐れている私達ではない! さっさと終わらせに行くぞ!」

 「あ、あれ? 姫燐きりん。なんか誤解してない?」


 拳を強く握った姫燐からは汰空斗と一戦交えに行くように思えるが、そうではない。それならば一行は、一体何を目的に歩いているのか。


 「そうか? 今は海斗の家に向かっているんだろ?」


 そう、海斗の家に向かっているのだ。


 「うん、だよね。よかったぁ」


 彩葉はほっと胸を撫で下ろした。


 「それにしても律儀だよね。海斗は」

 「だよな。詫びなんてよそよそしい奴だぜ」


 海斗の家に呼ばれた理由は昨日のお詫びだ。

 汰空斗が帰って来ていたら直々に謝りたいという、なんとも律儀な彼らしい提案をしてきたのだが、汰空斗がそれを望むとは考え辛い。それでも。っと宿屋までついて来ようとした海斗をどうにか説得し、ある妥協点を見出した。

 この世界に関する情報を提供してくれれば今回の件は水に流すというものだ。しぶしぶ首を縦に振った海斗は、それ以外に何かするつもりなのだろう、六人を自宅へ招待したのだった。


 「でも、そのお詫びを入れられる本人がいないけどね」

 「まぁ、それはしょうがないだろ。それよりあんまり海斗を待たせるのも悪い。少し急ごうぜ」




 「海斗の家、割と大きいね」


 五人は海斗に教えられた通りの道を進み家らしき場所に着いた。より正確にはその敷地だろう柵の前だ。

 外見だけ見ると何かの施設と思ってしまうほど大きいそこは、家となる建物が見えない。途中で山の中に入ったあたりから薄々なんとなく予感はしていたけれど、それを考慮したとしても大きい。

 敷地の周りを背丈の高い策で囲い、家まで続いているだろう広い庭の大半が木で埋まっている。遠くから聞こえる水音は、敷地内に噴水でもあるのか。はたまたプールなのかはわからない。

 そんな豪邸を目の前にした庶民鶫彩葉だが、反応は思ったほどない。


 「だね。まぁ、割とだけど」

 「でも、これならきりちゃんちの方があと2倍は大きいよ?」

 「だから割と、なんだろ」

 「あ、なるほど」


 紅葉はポンっと手を打った。

 辻家は敷地の広さでいうとハリウッドスターの自宅と変わらないくらい広い、約8千坪と言ったところだ。それより2倍大きいという倉上姫燐くらがみきりんの自宅はどれだけ広いのか。そもそも倉上家はなにをしている家なのか。浅くはない疑問が残る。


 「だが広いと広いで逆に落ち着かない。まだ入ったことがない部屋の方が多いしな」

 「自分ちで入ったことない部屋があるってどんだけ広いんだよ」

 「別に広くなくていい。私はただ、最低限自室と剣道場が一つあれば文句は言わない」

 「まず普通の家には剣道場すらねぇよ」

 「なに? 一つもないのか?」


 むしろ、倉上家には一つ以上あるのか。


 「うん。だいたいの家がそうだと思うよ」

 「なっ。し、紫草蕾、それは本当なのか? なら、どうやって剣道をする? そもそも稽古の一つもつけられないだろ」


 紫草蕾の肩を掴みグッと引き寄せる。


 「あのね、姫燐、落ち着いて。そもそもみんなが剣道してるわけじゃないから」

 「嘘……だろ? 日本にはまだ変装した侍が町の中を歩いているんじゃないのか? アメリカにいる時に確かにそう聞いたぞ」


 彩葉の言葉で紫草蕾は助かったが姫燐には浅くないダメージが残ったようだった。


 「まぁ、きりちゃんは帰国子女だからねー」

 「いや、限度があるでしょ! 姫燐帰ってきたの中1の頃だよね? もう既に3年は経ってるんですけど!」


 姫燐は小3から中1になるまで日本人の母とイギリス人の父に連れら、色々な国を旅して回っていた。その際に立ち寄ったアメリカで耳にしたのだろう。


 「普段は変装しているだけだとばかり思っていたんだ。まさか本当にいないとは……じゃあ私は何故剣道をしていたのだろう……」

 「え? もしかして教えちゃいけないことだった!?」


 どこまでも真面目に俯く姫燐に、彩葉はどこまでも真面目に驚く。


 「いや。紅葉の家に剣道場がないと知ってから、そんな気がしていた」

 「あ、そうですかー」


 姫燐が至って冷静に真顔で明かすものだから、損したとばかりに彩葉は話を流すのだった。


 「気は済んだか? そろそろインターホンを押すぞ?」


 敷地を囲う柵に、「辻」の表札とインターホンが付いている。どちらも町中に立ち並ぶ家々にはついていなかったものだ。そのあまりに不自然な光景に、汰空斗に次ぐ突っ込み担当としてもの申したい彩葉だったが、手を付けると切りがない気がして口を閉ざした。

 躊躇無くインターホンに手を伸ばす鉄はこのおかしな状況を気にしていないのか、そもそも気づいていないのかはわからない。


 「お前らか。遠いいところ、わざわざすまないな。とりあえず中に入ってくれ」


 高い電子音の後、海斗の声に合わせて鉄造りの門が消失した。地面の中にしまうスペースがあって、そこにしまわれたとかではなく、音も跡形もなく忽然と形を消したのだ。

 元の世界ですら見たことがないほどのハイテクノロジーだ。ほらまた一つ、出てきた。


 「あのさ、海斗。ちょっと気になったんだけど、ここから家までどのくらいで着く?」

 「大してかからないぞ。10分くらいだ」

 「ですよね〜」

 「じゃあ、待ってるぞ」


 インターホーンからの電子音が途絶えた。

 海斗は敷地の入り口から家まで10分を大してかからない言った。彩葉は自宅から徒歩10分で着くと言われればまず思いつくのが最寄駅だ。

 何かが違う。彩葉はそう確信せざるを得なかった。


 「私、もう歩きたくないんだけど……」


 宿から郊外まで歩いて小一時間。そこからここまで30分を費やし、ようやくたどり着いたと思えばこれだ。

 消失した門の前で家が建つであろう方向を向いたまま、彩葉は一歩が踏み出せないでいた。


 「なら、投げ飛ばしてやるか?」


 鉄が腕を回してみせると、ぶるんぶるんと風を切る音が鳴る。元の世界なら飛んで数メートルだろうが、マナがあるここではキロさえあり得なくはない。


 「遠慮しておきます……」


 鉄の真横を通り過ぎ、しぶしぶ歩き出す彩葉だった。


 「やっと着いたぁー。まさかほんとに10分かかるとは」


 彩葉が片手を膝につきながらスマホで時間を確認する傍ら、鉄は辻家のドアを取っていた。


  「じゃあ、開けるぞ」


 ドアを開けてすぐ目に入ったのは、海斗とその隣に立っている女性が一人。深刻な面持ちで佇む海斗は五人を見るなり一歩前に出て、


 「昨日はすまなかった。恩恵を受けてないなど他人に知られればいつ襲われてもおかしくない。あの時の俺はそんなこともわかっていなかった」

 「どうかお許しください」


 女性ともども頭を下げた。

 五人は黙って首を傾げる。二人が頭を下げている理由ではなく、その状況。二人の関係にだ。


 「そ、そんなかしこまって謝るなよ。俺らと海斗の仲だろ? な?」

 「そうだよ。それよりさ、隣の女性はなに? もしかして、奥さん?」


 ニヤニヤと笑い、目を輝かせながらその女性を見つめている彩葉にとって、詫びなどもはやどうでもいい。興味はただ一点、そこにあった。


 「は、はい」


 多少照れながらも女性は嬉しそうに答えた。


 「なるほど。これを見せるために私達を呼んだんだね?」

 「ち、違う。ちゃんと詫びを入れるためだ!」

 「ほほぉー。わかってる。わかてるって」


 笑いながら頷く彩葉は本当にわかってるのかこの上なく怪しい。


 「それより、汰空斗たくとと言ったか。彼はいないみたいだが」

 「ああ。あいつのことは気にしなくていい。私達で黙らせるからな」


 やはり姫燐にはどこか、汰空斗と闘おうとしている節が見受けられるのだった。


 「昨日もだったが、なぜ一人だけ別行動なんだ? この町の治安は悪いほうではないが、魔物は周辺をうろついている。安全とは言い切れないぞ?」

 「大丈夫だよ。ああ見えて丈夫だし。むしろ危ないのは周りの方かも。怒ると怖いし」


 ニコッと笑ったかと思えば、今度は不安げに肩引き上げて見せた。


 「今のは冗談だけど、汰空斗はねー運動より勉強してる方が楽しいって人なの。だから今も、この世界についていろいろ勉強してるみたい。そう言うわけだから、またいつかちゃんと紹介するよ。なんかここまでしてもらったのにごめんね、かいとっち」

 「いや、いいんだ。じゃあ、とりあえず中に入ってくれ」

 「はーい。おっじゃましまーす!」


 靴を脱いで家に上がって、紅葉は奥へと進んでいく二人を追う。その後ろにぞろぞろと続く。

 家の中も見た目同様十分に広く、案内された客間も言わずもがな広い。広いだけではなく豪華で気品に溢れた客間は鉄や彩葉にとってあまり落ち着かないようで、二人はしきりに部屋の中を見渡していた。


 「なんかホテルのロビーみたいだな」


 鉄は部屋に置かれているいくつかの花瓶のうち、1つの前で立ち止まってさしてある花に顔を近づけた。仄かに自然の香りが鼻孔をくすぐる。造花ではなく本物の花のようだ。


 「え、えっと。なんで私達はこんな豪華なところに案内されたのかな?」

 「昨日言ってただろ? この世界の情報が欲しいって」


 誰かに訊いた質問を、部屋に入りドアを閉めた海斗が直々に答え、部屋の真ん中まで歩いてくる。


 「この世界の情報って例えばどんなことなのかな?」

 「俺が教えられるのはマナについてくらいだ。だがこの世界で生きていく上で戦闘は避けられない。いつか役に立つと保証しよう」

 「そいつはありがたいな。いきなりこんな大層な力を貰って戸惑ってたところだ」

 「無理もない。お前らに宿っているマナは絶大なものだ。使いこなせれば大きな武器になるだろう。だがこれから先、それ以上に強力な力を授かった敵を相手にしなければならない。そのためにこの世界での戦い方を教えよう。そしてそれが俺にできるせめてもの償いなんだ」


 海斗は手を強く握りしめて自分を責める様に言い放った。


 「また随分お堅いセリフだね。私たちはそんなの気にしてないのに」

 「彩葉の言う通りだよ、かいとっち。そんなの来る前からわかってたことだもん。償いとかそんなのなしなし!」

 「い、いいのか? それで」

 「いいも悪いももとよりない。最初から海斗の思い込みだ」

 「……わかった。お前らがそういうならそういうことにしておこう」

 「うん。ってことだから色々教えて。昨日の大会の間、私ときりちゃんに何が起こってたのかとか」


 あそこまでド派手な戦いをしておきながら紅葉自身、何がどうなっていたのか全く分かっていない様子。それでは負けた海斗があまりにもいたたまれない。


 「何が起こっていたというよりは無意識に起こしていたんだ。マナのコントロールを」

 「マナ? なんだそれは?」

 「曖昧な言い方だけど、言うなれば力そのものだね。上手く扱えば色々出来るらしいよ」

 「手から火を出す小賢しい手品のタネはそれだったのか。あれくらいならお前や彩葉にも出来そうだな」


 アグリスが見せた片手サイズの炎を放出する魔法。姫燐が小賢しいと言ったのはそれのことだろう。


 「誰にでも得意不得意があるように、マナを使った戦い方も人それぞれ異なるんだ。まずはそれから確かめるとするか」


 そう告げた海斗はおもむろに、部屋の中にある花瓶二つから花を取り除いた。


 「花瓶? それをどうするの?」


 興味ありげに海斗の横に来た紅葉に、海斗は説明を入れながら作業し始める。


 「まずは一つの花瓶を水で満たすんだ。そして次は花びらを一枚むしり、花瓶の上に乗せる」


 言葉通りの操作をおこなった海斗はさらに続ける。


 「最後に両手をこんな風に花瓶にかざすんだ」


 海斗は花瓶を温めるかのように花瓶の左右に手をかざした。水かさが増し、花瓶から水があふれ出たのはかざして数秒後のことだ。


 「水が増えた! どうなってるの?」


 紅葉やその他が驚いている傍ら、彩葉は記憶の隅にあった、似た光景を引っ張りだしながら一人ぽつりと呟いた。


 「これ、水見式だよね……」


 その声は水のように湧き上がる四人の声にかき消され、誰にも届くことはなかった。


 「これがマナの力だ。水が溢れる、つまり水の量に変化がみられるのはアタックだ。おそらく紅葉と姫燐は二人ともこれだろう」


 海斗が花瓶から手を放すと水は再び一杯のまま静まった。溢れた水をポケットから取り出したハンカチで拭く海斗に、紫草蕾がふと沸いた疑問を投げかける。


 「あのさ、海斗。海斗はエンチャンターじゃないのかい?」


 海斗は自分のエクスカリバーのように武器にマナを移動させて戦うのがエンチャントだと言っていたが、水見式が表した海斗の性質はアタックだ。


 「ああ。それか。俺のエクスカリバーは使い手の性質に関係なく勝手にマナを吸い取るんだ。俺はそれを放出しているだけでエンチャンターではないんだ。そもそも、アタッカーじゃないと紅葉のあの拳は受け止められないからな」

 「つまり、エンチャントな武器ってことか。そうなると、恩恵がないってやっぱり不利だね」


 人数はいるにしても一人が使えるリベレイションは2種類ほど。しかも2つ使えるのはごく稀ときた。一方恩恵所持者は二つ使えれば武器で最後の一つを補えるわけで、人数的有利がなければ不利を被るのは明らかだ。

 紫草蕾は改めて今置かれている状況の深刻さを思い知るのだった。


 「恩恵は何も武器や鎧だけじゃないぞ。瞬間移動や未来視といった魔法、マナの保持量を増す、俺が出会った中には歌の才能を与えて貰ったという少女もいたな。人の願いの数ほどそれに見合った恩恵があると思ったほうがいいだろうな」


 想像してみるだけで、汰空斗ではないが頭痛に見舞われる。次汰空斗にあったらこの手の頭痛の対象法を、経験談も踏まえて教えてもらおう。そう決意しながら、今はただ頭を押さえ痛みが引くのを待つばかりだった。


 「ねぇ、見て海斗! なんかすごいことになってるよ!」


 そんな紫草蕾に追い打ちをかけるように、紅葉が唐突に声を上げた。一同は振り返って声の出し方を忘れる。

 好奇心の塊であり怪物でもある紅葉は、全員の目を盗んで一人勝手に水見式を行っていたのだが、異様。言い表すならそれが最も似合う、そんな事態に成り果てていたのだった。

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