はじまりの神々と、持ち込まれた面倒事
遥か昔……、古き時代という言葉よりもさらに深く、誰も知らぬ深淵の底に、『神々の誕生』と呼ばれる、『無』から『有』を生み出す存在の物語が在った。
その誕生と共に、生命という概念を生み出し、世界を、自身が存在する場所を創り上げた、奇跡の光。――それが、はじまりの神々。
最初は数える程しかいなかった彼らは、誕生したその時から大人の姿を有しており、自身らが『何』であるかを瞬時に理解したという。
『無』から『有』を、すなわち、世界と生命を創り出せるのは自分達だけだと。
自分達が世界や小さき者達にとって、絶対的な親のような存在であると理解した神々は、自分達が誕生し、そこから始まったひとつの世界を育て始めた。
それが、数多ある世界にとって、はじまりの場所……。懐かしき、母なる故郷。
そして、――絶望と悲しみの記憶を、ある男神に刻み付けた、愛おしくも残酷な、はじまりの、世界。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふあぁぁ……」
長い時を経てどっしりと地に根を張った大樹の太い枝にて、男は暇を持て余してでもいるかのように暢気な欠伸を漏らしていた。
大樹の幹に背を預け、ゆったりと枝に向かって寝そべるその姿。
男の頭や肩、足先には、愛らしい色とりどりの小鳥達が憩いを求めて集まって来ている。
「ふむ……、そうか。子が生まれたか。それは良かったな。では、お前も父として自覚を持ち、家族を養わねばならんぞ。……ふむ、お前のところは、そうか、また失恋したか。残念だったな。だが、いずれお前に似合いの伴侶が現れる。気を落とさずに頑張れ」
男には小鳥達の言葉がわかるのか、小さき者達が囀る度に優しげな笑みを零し、相槌らしきものを打っている。
ある時は、クセのある漆黒の長い髪を別の小鳥に食まれ気をひかれたり、肩の上に陣取った小鳥に愛を囁かれるかのように愛らしい囀りを向けられたり。
眩きあたたかな陽の光が降り注ぐ大樹の茂る葉さえも、男に構って貰いたそうに風に揺れている。
それだけではなく、男が寛ぎやすいようにと気を遣っているかのように、世界を巡る空気さえも、彼の周囲を穏やかに包み込んでいた。
平穏で心安らかな時間……。極上の幸福に身を委ねていた男だったが、その空間に水を差す声が割り込んできた。
「ソル様~!! ソル様~!! ソリュ・フェイト様~!!」
丘を駆け上がり、息を乱しながら大樹の根元に辿り着いた青年が一人。
その疲れているような姿を上からちらりと見下ろし、男……、ソルこと、ソリュ・フェイトは体重を感じさせない動きで太く逞しい枝から飛び降りた。
「わざわざ呼びに来なくとも、約束の時間には戻ると言っておいただろう?」
「はぁ、はぁ……っ。そ、その、約束の時間を過ぎてるって仰ってるんですよ!! ガルヴァ様、ものすごぉ~くお怒りですよ!! 爆発寸前の火山みたいに!!」
自分の側仕えであり、自身が創り出した眷属たる青年の言葉に、ソリュ・フェイトはきょとんと目を丸くして首を傾げた。
ガルヴァとは、ソリュ・フェイトと同じ空間に生まれた同胞であり、この世界を守護する神の一人だが、彼との約束は、まだ一時間ほど余裕があるはずだ。
それなのに、もう自分の神殿に訪れている? 爆発しそうな気配で? それは大変だ。
……物凄く面倒臭い的な意味で。
大方、あの短気で大雑把なガルヴァが時間を間違えたか、我慢しきれずに早く到着してしまったかのどちらかだろう。
予想をつけて納得すると、ソリュ・フェイトは顔面蒼白になっている眷属の青年の肩を叩き、大空へと跳躍した。
鳥のように翼がなくとも、彼ら神々は世界の全てに愛されている存在故に、雄々しく大空へと舞い上がる事が出来る。大樹にいた小鳥達も、丁度良く大空の真ん中で彼と居合わせた鳥達も、その後を付いて飛翔していく。
ソリュ・フェイトは真紅の瞳を和ませながら、神殿まで競争だと笑って速度を上げる。
彼らの頭上高くには、輝ける太陽がその光景を微笑ましげに見守っており、神殿までの道筋は始終賑やかなものとなった。いつものように。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ガルヴァ、待たせてすまなかったな? だが、約束の時刻は、うぐっ!!」
「おおっ、ソルよ!! 我が友よ!! 兄弟よ!! 待ちかねたぞ!!」
美しい季節の花々が咲き乱れるその先に建てられた、ソリュ・フェイトの神殿。
その中にある一室に入ったソリュ・フェイトは、恒例の説教をする前に、筋骨隆々な暑苦しい男の腕によって骨を粉砕されるぐらいの力で抱き締められてしまった。――またか!!
はじまりの世界と呼ばれる地に生を受け、五千年ほど……。
同じく神として生まれたこの同胞、ガルヴァは……、存在そのものが脳筋だ。
ソリュ・フェイトや他の神々とは違い、考える事を嫌い、本能のままに行動する。
人々に活力や燃え盛る闘志の影響を与える神であるが故か? ともかく、会う度に騒がしい。
そして……、ガルヴァが訪ねてくる理由が、毎回面倒事の持ち込みだとわかっているからか、二重に面倒臭いと感じられるのもまた事実。
ソリュ・フェイトを含めた神々は、それぞれの担当である地に神殿を建て暮らしており、普段は別々に生活している。ちなみに、ガルヴァの暮らしている場所は火山や荒野ばかりが多く、その地に暮らしている種族達も、守護しているこの神の性質に似て、好戦的な者が多い。
大規模な戦争でも起こったか? 苦しい抱擁から解放され尋ねてみると、ガルヴァはどう伝えるべきか迷っているかのように、獣のように唸った。
「うんと、だなぁ……。出たんだ!!」
「ガルヴァ、まず、どこで、何が出たのか、それがどういうものなのか、順序立てて説明をしろ」
自分や他の神々と違い、このガルヴァはどうにも思考力が低い。説明もド下手だ。
詳しい話を正しく聞き出せるまで、かなりの時間がかかる神である。
説明の仕方に再度悩み始めたガルヴァに意識を向けつつ、ソリュ・フェイトはソファーに腰を下ろした。傍仕えの青年神に自分の分の茶を貰い、それを味わいながら待つ事……、十分ほど。
「ガルヴァ……、まだか?」
「そうは言われてもだなぁ……。兄弟よ」
兄弟、とはいっても、偶然同じ場所で生まれた間柄ではあるが、ソリュ・フェイトとガルヴァに兄弟神という関係性はない。
だが、皆でひとつの世界を創造し、生み出した生命を見守ってきた仲間である事に違いはないだろう。
困っていれば助け、その反対もまた然りだ。
(だが……)
この脳筋神の中で、自分は兄なのか、弟なのか……、どっちだ? と。
(もし、こいつが自分の方が兄貴だとか抜かしたら、拳骨を授けてやる事にしよう)
思考力の低いガルヴァを導いてきたのは、自分や他の神々だ。
真っ赤な髪をグシャグシャに掻き回しながら唸る弟のような存在を眺めながら、眷属の青年と視線を合わせ、同時に溜息を吐く。
「そう、そうだ!! キラキラだ!!」
「キラキラと光る何か、という事で良いんだな? 現象か? それとも物体そのもの……、宝石などの類か? 他には」
「そうだ!! 硬くてキラキラした、大きな物だ!! 宝石だと思うんだが、それを発掘した人間達が、あれで、……なぁ」
「ふむ。つまり、その美しい宝石のような何かを巡り、人の間で問題が起きているわけだな?」
「そうだ! 皆、目を血走らせて、あのキラキラを欲しがって、戦ってばかりで……、うぅ」
悲しそうにしょぼんと落ち込んでいるガルヴァは、腕を競うという意味合いでの戦いは好きだが、欲望に駆られての争いは好まない性質だ。
自分の守護している領域の人間達が血を流し合い、その命が失われる事を悲しむ。
でかい図体をしているというのに、こういう時のガルヴァは本当に子供のようだ。
まぁ、事実……、このガルヴァは、神々の中でも一番最後に生まれた存在で、能力も思考も、やる事も、何もかもが幼い男だが。
「人間達に話をしたのか?」
「した。だが……、全く聞いてくれなくてなぁ。この前なんか、石投げられたりして……」
「……お前、ちゃんと神だと認識されているのか?」
有り余る力と行動力を持ちながら、人間の争いひとつ止められない……、一応、神。
獣のように物事の善悪も進む道もわからなかったガルヴァを教育し、何とか一人立ちさせたはずなのだが……、人間や他種族になめられている状態では、とても神とはいえない。
しかも、石を投げられたとは何事だ? 傍仕え達や、ガルヴァの守護する地の近くにいる神々は何をしている?
片眉を跳ね上げたソリュ・フェイトの記憶では……、確か五十年前までは、ガルヴァが信仰されていたと思うのだが、たったそれだけの月日で、一体何が起きたのか。
あまり甘やかしてはならないと思って、ガルヴァの事を放置していた自分にも責任がある……、かも? しれない。ほんの少しだけ罪悪感を覚えたソリュ・フェイトは、真紅の双眸に使命感のような気配を浮かべ、立ち上がった。
「とりあえず、そのキラキラとした宝石のような何かとやらを見に行こう。ついでに、お前の側仕え達と、近くの神々に話をしてやる。行くぞ」
「おおっ!! 兄弟!! 期待した通り、助けてくれるのだな!! おおっ、神よ!!」
「お前も神だろうが!! どつくぞ!!」
善は急げとばかりに神殿を飛び出そうとした自分の腰にしがみついてきたガルヴァをべしんっ!! と叩き、捨て犬や捨て猫を見捨てられないタイプのソリュ・フェイトは、弟分である神の治める地へと旅立つ事になった。
「ソル様……、お気をつけて~」
留守番を命じられた眷属の青年は、哀れみに満ちた視線で大空へと飛んで行く主の姿を見送りながら、
(また、面倒事……、膨れ上がって一苦労も二苦労もあるんだろうなぁ)
ほろりと涙を浮かべてその手を下ろした。
はじまりの世界を創生した、主格となる強大な力を秘めた十二神の末。
あのガルヴァに関わると、大抵ろくな事がない。
それを何度も経験し、ソリュ・フェイトの苦労話がまたひとつ増えるのかと、眷属の青年はすでにその残念な未来を思い浮かべていた。