ショウセツ
魔法のような言葉の連鎖に、魅了された。
それが百万部の売り上げを誇る本を、読んだ後の感想だった。
対して、素人の書いたネット小説を読んだ後の感想はこういうものだった。
よくわからない。
プロと素人の差は歴然であり、彼とは別の誰かが同じようにこの二つの物語を読んでも、恐らく同じことを口ずさむ。さすがは、百万部作家。さすがは、素人作家。
けれど、彼は何かが引っかかっていた。
面白いのはもちろん前者であり、後者ではない。もう一度読みたいと思えるのも、やはり前者。しかし、どうしても引っかかる。
たとえるなら、彼は今、髭の剃り残しを気にしているような気分だった。しかも、これから恋人とデートをするのに。それなのに、顎がジョリジョリとしているので気になる。そういう、深刻なようでどうでもいい問題に直面していた。
彼は、この違和感の原因を考えてみる。
そしてすぐに気がついた。恐らく、面白いとかツマらないとか、そういう指針に囚われているのがいけない。もっと、創作というモノの根幹に焦点をあてるべきだ。
偉い人は言う。
創作とは、欲求から生まれるものだと。
だとしたら、あの百万部も売れた本は、どういう経緯で生まれたのだろうか。
そしてまた、素人作家はどういう思いであの物語を生み出したのか。
恐らく、どちらも想いは一つ。
書きたいという衝動から、言葉を重ねていったに違いない。けれど、二つを読み比べてみるとまったく違う感想を持った。もちろん、「面白い」「つまらない」は除外した上での感想だ。プロの作品は、もう一度読みたいと思えた。素人の作品は、もう一度読みたいとは思えなかった。恐らく、話の内容がよく分からなかったから再読したいとは思えなかったのだろう。たった、それだけの話なのにどうにも引っかかる。
ああ、そうかと彼は思った。
結局、彼はどちらも読破したのだ。
違和感は、きっとそこにある。
面白いものを最後まで読むのは、当然のこと。
しかし、よくわからないものを最後まで読み切るのはあまりにも不自然だ。
よく分からなければ、途中で嫌になるだろう。時間の無駄だと思うこともあるだろう。
けれど、彼はしっかりと読み終えた。
これは、いったい。
彼にはさっぱり、意味がわからなかった。
そうして、彼はしばらくネット小説を読み漁ることにした。もしかしたら、ネット小説は自分の趣味にマッチしているかもしれないと思ったのだ。
けれど、予想に反してほとんどが彼の琴線に触れることはなかった。読んでいる途中で断念したり、もはや最初の一ページで顔を顰めたり。とにもかくにも、ネッ小説は自分の趣味ではないと彼は思った。
そして、原点回帰。
彼は再び考える。
読み切ることが出来たという意味での、最初にして最後のネット小説。
あの物語にはいったい、どんな秘密が隠されているのだろうか。
考え、悩んで、頭を抱えて。そうこうしているうちに彼は、もう一度だけ読み直してみようと思った。それが、手っ取り早い。
ブラウザを開き、検索をかけて小説を読む――いや、読もうとしたところで彼はハッとした。その小説のあらすじ欄に、米印つきでこんな作者の言葉が印されていたのだ。
趣味、百パーセントです。
「なるほど!」
彼は手を叩いて、そう言わずにはいられなかった。
つまり、違和感の原因はこういうものだったのだ。
プロ作家は、何十万人という読者を相手にしている。対してこのネット小説家は、誰も相手になどしていないのだ。自分が書きたいことを書いて、それで終わり。そういうことだったのだ。第三者なんてクソ喰らえ、読みたくないなら読まなければいい。そういうこと。
そんな作品に一度だって出会ったことのない彼にとって、趣味百パーセントの物語というものはあまりにも斬新すぎた。その結果が、読破だ。
意味不明――だけれど、小説という概念を超越している。人間は生まれながらにして未知への欲求が深いというが、正しくその通りだと彼は思う。
あの趣味全開の小説は、もはや新ジャンルとも呼べるほどだ。それだけ彼にとっては、不明であり斬新であり好奇心をそそられるモノだったのだ。
小説は、必ずしも第三者に向けて書かなければいけないモノではない。
そんな事に気がついた彼は、今ではすっかり素人作家の仲間入りを果たしたのだった。
「メインヒロインは、銀髪ロリ巨乳で決まりだな」
彼の人生が狂ったのは、もしかしたらあの趣味全開小説のせいなのかもしれない。