紫陽花
6月
春と夏の変わり目である梅雨の時期。
毎日のように降る雨に、暑さによる湿湿とした空気。
誰もが嫌気をさすこの時期を僕は嫌とは思わない。
ひとつ前の席に座る気になるあの子。
艶やかな長髪に、時に香る華やかな香り。
毎日目に映る彼女の背中は、普段凛とした雰囲気とは別に、女の子のように小さく可愛くも美しい。
授業中も彼女が目の前にいるだけで集中できず、見とれてしまうくらいに彼女の魅力は僕の心を鷲掴みにしていた。
僕は彼女が好きだ。
試しに何度か声をかけて話題を振って気をひこうととするが一言返事で会話も続かない。
たまたま彼女が読んでいた本のことを知っていたのでそのことを話題にしようとしても、素っ気なく返事をして話そうとはしない。
彼女は何事にも関心が無いのかもしれない。
友達作りや話相手をするのも、いつも読んでいる本でさえ、ただ読んでいるだけで興味があるわけでは無いのかもしれない。
「雨が凄いなぁ....」
下校時間、日直で帰るのが遅れ、帰ろうと下駄箱に向かった。
そこでたまたま例の彼女を見つけた。
いつものように一人でいる彼女。
あそこで立ち止まって何してるんだろう....
彼女のとなりにある傘立てを眺めて、少しすると傘も差さずに外に出た。
なるほど、彼女は傘を忘れたのか、自分の傘を持っていかれたのか。
彼女に振り向いてもらうチャンスだと思い、急いで靴を履いて自分の傘を差して彼女を追いかけた。
「ねぇ!これ!」
僕は彼女に自分が差していた傘を彼女に突き出した。
生温い雨が傘下から抜けた僕の体を濡らしていく。
気になるあの子にカッコつけようとしている惨めな僕にはちょうどいいものだ。
彼女の顔はいつもと違って優しく穏やかな顔をして僕の傘を受け取ると、僕の横に寄り添ってこう言った。
「それじゃあ、行きましょう。」
それは、一緒の傘に入って帰ろうということだろうか。
「私の家はそんな遠くないから、途中まで入れてあげる。」
彼女が今までそんな悪戯な台詞を言ってくれた事があっただろうか?やっと彼女は僕に関心を置いてくれたのだと思って凄く嬉しかった。
「ありがとう!!」
少し雨の勢いが収まっていくと、それはまるで天が僕のことを祝福してくれているみたいだ。
この日をきっかけに、徐々に彼女と会話が続くようになり彼女の色々な表情を見ることが出来るようになった。
僕はもっと彼女のことを知りたい、もっと傍にいたい。
この気持ちを彼女に伝えようと決意した。
「ちょっといい?」
彼女は静かに頷いた。
人気のない廊下に出て二人きりなると彼女は僕に尋ねる。
「なに?」
僕はドクドクと全身を波打つ鼓動を落ち着かせるため、少し深呼吸して気持ち整えて口にした。
「その....あなたのことが好きです!
僕と付き合ってください!!」
ありったけの気持ちをたったこの二言に込めて彼女に伝えた。
僕が口にした言葉の長さと同じくらいの時間で返事が帰ってきた。
「ごめんなさい。」
僕のたった二言の告白には相応しい返事だ。
しかし、理由は告白の仕方などではなかった....
「私、恋愛とか興味がないわ。」
それは、彼女の色んなことへの関心の無さが原因だった。
無惨な僕は静かに呟いた。
あぁ....そろそろ梅雨が明ける。
降っていた雨は止み、華やかに咲く紫陽花は張り付いた雨粒で美しく映えて見える。
まるで、彼女のように。
彼女はとても美しくとても冷淡だ。