For her
忘れられてしまうものに、笑顔を送りたい。
「千歳の高校は校則厳しいんだっけ」
相変わらずなある日の休日に、秋空はわたしに質問した。
「校則の厳しさの平均を知らないから分からないな。ヘアアクセサリーはみんなカラフルなイメージがあるよ」
ただでさえ地毛なのに指導部に目をつけられているから、自ら目立つような真似はしないけどね、と軽く笑って答える。
わたしの答えを聞いて若干複雑な顔になった秋空は、それでも意を決した様子でソファから立ち上がり棚に置いてあったものを持ってくる。
「千歳にぴったりだと思って買ったんだけどさ……」
差し出されたそれは透明な袋でラッピングされていて、中には紫陽花を模したヘアピンがある。紫と水色の綺麗な宝石が淡く光っている。
「綺麗だね」
わたしは素直に口にしていた。
「うん、千歳に似合うよ、きっと」
「でも、今日は特に誕生日でもクリスマスでもないよね」
素直にそう思ったわたしに秋空は微笑む。
「誕生日でもないしクリスマスでもないけど、僕は君に送りたいと思ったんだ。なんでだろうね、きっといつか僕から貰ったことも、これの存在も忘れてしまうのに、僕は君に送りたいと思った。どうしようもなく、愚かなのかもしれないね」
それでも、貰ってくれるかい?
そう言って困ったように笑う秋空が、なぜだかとっても眩しく見えて、わたしは少し俯いた。
「…うん、ありがとう、秋空」
ちょっと顔を上げて、笑ってみる。
すると秋空は一瞬目を見開いて、すぐに笑った。
「どういたしまして。うーん、千歳には敵わないなあ」
「それはわたしの台詞だよ」
せっかくだから、明日付けよう。友達はなんて言うだろう。学校に行くのがさらに楽しみになった。
「お礼をしなきゃね。今度は秋空に似合うものを買ってくるよ」
何が似合うだろう。おしゃれな万年筆とか、意外と伊達眼鏡も似合うかもしれない。
自然と笑みが浮かんでくる。
他人のことを考えるのは、なんだか楽しい。
ふっと手元の本に目を落とすと、今の状況を表すにぴったりな一文。
秋空も気がついた様子で、苦笑しながら言った。
「お誕生日じゃない日、おめでとう」
「こちらこそ、なんでもない休日に笑顔をくれて、ありがとう」
いつか忘れてしまう素敵な思い出と、それでも残り続けるものを、ありがとう。