おまけ話(デート)
おまけ話(夜の部屋で)の続きです。
視点が変わるので、読みにくいかもしれません。
街へは、王宮の騎士達が出入りに使う裏門を通るらしい。
王宮内には騎士達や住み込みで働く者達が多く、王宮への訪問者や荷物運搬用とは別に専用の出入口が用意されているのだ。
陛下の腕に抱っこされたままでそこを通るのは、かなりおかしい気がする。
そう思うのに、陛下を含む休暇中の騎士一行はスタスタと無駄話もなく何事もないかのように専用の通路を歩いて行く。
「私、歩くわ。降ろして」
「……」
誰も喋らないから、私は陛下の耳に内緒話をするように小声で話しかけた。
しかし、陛下は私の方を見もしない。
王宮を出るまでは喋っちゃいけないとか?
でも、そんな事、言わなかったよね?
「陛」
「名を呼べ」
「……アルフレド、私も歩くから」
「そなたの足では遅すぎる」
「でも、私を抱えてると重いでしょ?」
「重くはない」
「まさか、ずっとこのままじゃないでしょ?」
「……」
え? 本気?
紐を外しちゃダメって、私を歩かせないためなの?
さすがに疲れたら降ろすと思うけど。
このままの方が視界が高くて広くて、私にとってはとても快適なので、降りることは主張しないでおこう。
「ね、アルフレドは、私のことを何て呼ぶの?」
「そなたのことをか? 名を呼ぶ必要はなかろう」
腕に抱えられてるから、陛下が顔を向ければ私を呼ばなくても事足りる。
が、それはそれでつまらないではないの。
変装しているわけだし。
「ティアってどう? 可愛い響きでしょ?」
「テア」
「……なんか発音が違う気がする……」
ぶつぶつ言ってる間に、最後の門を出た。
大きな道端の通りは荷車や馬車がひっきりなしに行き交っており忙しい。通りの端には多くの人々が往来していた。
女性は私が着ているすっぽりとしたワンピースの上からベストのようなものを重ね着している。胸下を細い紐で絞っているのは若い女性が多く、胸が強調されたデザインだ。流行りなのかもしれない。
かと思えば、お腹から腰までを幅広い布で巻いてウエストの括れを強調している女性もいて街の女性はかなりお洒落らしい。
貴族女性達の似たような型のドレスと違って簡素なものの組み合わせだけど、着こなしのセンスがとても素敵。お洒落はこうでなくちゃ。
「華やかねぇ。私も、あんな服が着たいわ」
「……どの服だ?」
「ほら、腰がキュッと締まって見える赤っぽい服の金髪美人がいるでしょ? あの服よ」
「?」
「あっちの胸を強調してるっぽい着方も色っぽいわよね」
「?」
街の女性は大半が美人な金髪女性ばかりなので、私が見ている女性の特徴が伝え辛いと思ったけど。
それ以前に、陛下には女性の服のデザイン云々が全く通じていないらしい。
「どれも同じではないか」
「……違うわよ……」
あれが同じに見えるなんて、どんな目をしてるの?
陛下ってセンスなしなんだから!
いつも服を他人に選ばせているから、こんなことになるのよ。
ヴィルには絶対に自分のセンスを磨かせよう。
私は心の中にしかと刻んだ。
歩いているうちに、鼻を刺激する香りが漂ってきた。
これはっ、焼き芋の匂いのような、なんて素晴らしく胃袋を刺激する香り!
焼き芋がここに?
私はキョロキョロと辺りを見回した。
「ね、美味しそうな香りがしない?」
「……」
「あそこで売っているの、食べたくない?」
「……」
「あっ、こっちは串に刺した食べ物みたいよ! お肉かしら、焦げた匂いが食欲をそそるわ」
「……」
「ああっ、あの看板はっ! 人気のお菓子屋じゃないのっ! ね、ちょっと入ってみない?」
「……」
「やーんっ、何、この誘われる匂い! 甘い物が売っているのよ、ねぇ、中に入ってみましょうよぅ」
「……」
美味しそうな香り溢れる一画は素通りされてしまった。
なぜっ。
何故なのっ?
「どうして何処にも寄らないの? すっごく美味しそうな店がいっぱい並んでいたじゃない」
「……寄ってどうする」
「買って食べるに決まってるじゃない。街歩きするなら、食べ歩きは必須でしょ?」
「……街で食事はせぬ」
「食事じゃないわ。ちょっとつまむだけよ。街の人々の気持ちにならなきゃ」
「……そなたが食べたいだけであろう。後で届けさせればよい」
「駄目っ! 歩きながらここで食べるからいいのよっ。届けさせたら味が半減するわ」
「……味は変わらぬ」
「変わるわっ! 食べる場所や場面で、味はすっごく変わるものなんですからねっ」
「……」
私の言うことが陛下には理解できないらしい。
味自体は確かに変わらないかもしれないけど、食べる本人の気分によって感じ方は変わるのにっ。
確かに自分が食べたいだけだけども。
悔しいわ。
街の人が買って、食べてるじゃない。美味しそうに、大口で。
あぁ絶対美味しいに違いないわ。
一度、食べてみればいいのに!
「ご無理を仰らないでください。毒味もしてない物を食するなど」
小声でそばへ来た騎士が告げる。
しかし、ムッとしてしまう。
これだから頭の堅い人というのは困る。
街の人達が食べてるのよ? 毒味してくれてるじゃないの、目の前で!
街へ来たなら、街人なのよ。なり切らないと意味ないでしょ。
これでは、馬車から眺めているのと同じだわ。
せっかく街歩きに来たというのに。
さて、どうしよう。
「おじさーんっ! 私にも一切れ頂戴なっ!」
私は、実力行使に出た。
道端で黒く丸いパンのような物を売っていて、その店では切り売りもしているらしい。
店の前にはお母さんと子供がいて、母親には丸いのを三個、子供には切った小さい塊を渡していたのだ。
子供はすぐに食べはじめ、母親がお金を支払っている。
その母親と店の男が私達の方を向いた。
「おや、一切れでいいのかい? もうすぐ売り切れてしまうよ? うちのは旨いから」
「商売上手ね、おじさん。でも、一切れでいいわ」
「固いな、お嬢ちゃん。そっちの兄さんは、いらないのかい?」
「……一切れで、よい」
「はいよ」
差し出されたパン切れを私が受けとり、陛下が金を支払う。
陛下が小銭を持っていたことに、今になって驚く。騎士達がいるからどうにかするだろうとは思ってたけど、陛下が払うなんて。変なの。
私はパンもどきにパクッと食いついた。
一切れとはいえ、厚みが十センチくらいで手のひらサイズの大きさだから、小さくはない。
そしてそれは、固かった。
ググッと歯を噛み締め、首に力を込めて引っ張るが、なかなかにしぶとい代物で。
ふんっぐぐぐぐっ、んぐぐっ。
くうっ、負けるもんですか。
この際、なりふり構ってられない。
私は顎に力を込め、首を引っ張り、手で黒い塊を握りしめた。
はんぐぐっ。
グチッと食いちぎった時には、勝った!と思ったけど。
あっははははっ。
と豪快な笑い声がして、見下ろせば、店のおじさんや、客達が笑っていた。
あら恥ずかしい。
陛下は不機嫌そうな顔で歩き出し、客達が慌てて道を譲る。
「おじさんっ! なかなか『ワイルド』だわ。素敵よ、商売頑張って!」
「おうっ、ありがとよっ!」
私が店のおじさんに向って叫ぶと、おじさんも手を振りかえし、お客さん達も笑顔で見送ってくれた。
それにしても、固いわ、これ。
美味しくはないけど、薄しょっぱさと苦味と甘さが唾液とまじり噛めば噛むほど奇妙な味わいが深まり、癖になる味かも。
顎の発達はこうして日々鍛えられてるわけね。
だから、みんな頑丈そうな顎や首をしてるに違いない。
ファーストフード大好きだった私は、柔らかいもので育ったものね。
ふんふんと自己満足に浸っていたけど、陛下は不機嫌だった。非常に。
「陛下も、食べてみない?」
「いらぬ」
即答。
不機嫌具合いが進んでる。
私が勝手に買い食いなんかしてるから怒った、のかしらね。
「どうして不機嫌なの?」
「別に不機嫌ではない」
「勝手に買ったから?」
「……『ワイルド』とはどういう意味だ?」
「うーん、そうね、野性的、って感じ」
「……あのような男が、好きか」
「あ、いや、別に、」
さっきのおじさんは、確かに豪快な笑顔で威勢よくて、好みじゃないとはいいませんけど、ね。
ノリで、素敵、とか言ったわね、私。
食いちぎれて自分が超ワイルドな気分になってたから、つい。
そう、つい……。
「あの……この黒い塊はとっても素敵なのよ」
何だか、言い訳してるっぽい?
何を焦ってるのかしら。
この塊じゃなくて、街を見てからの、素敵、だったのよ。とか訳のわからない言い訳を考えながら、私は塊を抱えて陛下の顔を覗きこむ。
「その不味そうな代物を、素敵、とは言うまい? あの男への賛辞ではないか」
「違うわ……お世辞よ。そう、お世辞! そのくらい言うべきでしょ」
「そなたは世辞が下手だ」
ぐっ。
下手……だと思ってたのね。
世辞が下手、つまり思ってもいないことを口にしている事がバレバレってことで。
でも、そんな誰にでもわかるほどではないはずよ。一応、王妃業をしているのだし。でも陛下には通用しないってこと?
後でリリアに聞いてみよう。
今は、それより。
「へ……アルフレドだって美女を見ると美しいなって思うでしょ? つい口に出すこともあるでしょ? それと同じよ」
「あの男を素敵だと思ったのだろう」
「……まぁ、ちょっとだけ、ね。……アルフレドだって……その……素敵よ?」
「そなたは世辞が下手だと言ったであろう」
恥ずかしい事を言ってみたのにっ。
お世辞って処理されたっ。もう絶対言わない。
そうよ、さっきのおっさんはワイルドで素敵だと思いました!
ちょっとは陛下のことも素敵かなって思ったのよっ。ふんっ。
いけない?
いいと思います!
「『ワイルド』が好きなのか」
……そうとも、言いますね。
いや、違うしっ。いや、違います、たぶん。
違う……と……。
「そうか。野性的が好みか」
「……」
しみじみ言わないで欲しい。
それは、ほら、女性としてそそられる言葉なわけで……。
私は何も言えないまま、黒い塊を手に陛下の肩に突っ伏した。
陛下の足取りにあわせて揺られながら、埃っぽい風と陛下の匂いを感じる。
黙ってそうしていると、不機嫌だった陛下はもう立ち直っていた。
私は逆に狼狽えてしまって、立ち直れない。
こんな日もたまにはあるものよ。
私はそのまま陛下にくったりともたれた。
近くで二人の会話を漏れ聞いていた王付き騎士達は、周囲に目を光らせながらも襲いくる気の緩みに耐えていた。
今日の王夫妻は黙っていてもいなくても漂う空気がぬるい。
そのぬるさに呑まれず緊張感を維持するよう、騎士達は必死に己自身と闘っていた。
最近の王夫妻はこれだから……との恨み言を胸に。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
その夜。
不審な空気を感じとり、寝台で身体を起こした。
深夜の寝室はシンと静まりかえった暗闇に覆われている。
だが目は寝台のそばにポツンと佇む仔犬の姿をとらえていた。
見えるはずのない視界の中に。
これが、あの仔犬、か。
『私は、ララ・イン・リ・ア・モア』
少し高い女性の声が直接頭に広がった。
どこから発しているのか掴めない音ならぬ音だ。
「……モア?」
伝承の仔犬は、一時そんな名で呼ばれていた。
ふと漏らした声が闇に大きく響き、横に眠るナファフィステアへ視線を移してみたが、ピクリともしない。
まあ、これは一旦眠ると多少の音くらいで起きたりはしないのだが。
『貴方に関与はしない。約束通り、待ってる』
仔犬はそう告げると姿を消し、いつもの夜闇が戻った。
関与しない?
仔犬は王家を守っているのではないのか。
その夜は眠ることなく朝を迎えた。
早朝、眠そうなナファフィステアを抱えて、古い文献のある書庫へ向かった。そして仔犬関連の文書を漁る。
特に新しい資料を見つけたわけではなく、ただ再度読み返したにすぎなかったが、昨晩の仔犬の告げた意味を想像することはできた。
奇跡を起こす仔犬。だが、王自身へは直接働きかけないことを約束した、ということなのだろう。
王は、仔犬が起こす奇跡での再会を望まなかったのか。
昨晩の仔犬は、項垂れた様子で覇気がなかった。ナファフィステアから聞いていたような生意気さはなく。どこかしょんぼりしていた。
関与しないと言いながら、意図せずナファフィステアを王宮から消したためだったのだろうか。
--約束通り、待ってる。
長く頭に残る声だった。
直接にではなくとも、あの仔犬は王を守るものなのだ。だから、ナファフィステアが今ここで生きている。
そういうことなのだろう。
奇跡を起こす仔犬を待たせるとは、先祖はさぞや厄介な王だったに違いない。
喋る仔犬に関する命令を解除するよう通達を出した。放っておくようにと。
その通達の前に、仔犬はすでに騎士の手を逃れていたらしい。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「どうしたの、仔犬さん?」
「懐かしい声を聞いたの。すごく、すごくね……懐かしかった」
「そう。よかったわね」
「うん」
~The End~