おまけ話(夜の部屋で(陛下視点))
おまけ話(夜の部屋で(ナファフィステア視点))と同日の陛下視点です。
体調が悪いと思い込んだナファフィステアが、余の世話を焼こうとすることは意外だった。
一晩手を触れなかったくらいでなぜ体調が悪いなどと思い込むのかは理解に苦しむ。
が、その後の、ナファフィステアが慌てふためく様は、珍妙ではあったが可愛いらしくもあった。
慌てているのは彼女一人。
女官が、陛下は普段とお変わりありませんよと言う言葉に耳を貸さず、医師だ、薬師だと心配して騒いでいた。
彼女が勘違いしているとわかっていたが、すぐに気付くだろうと思っていた。いつもと同じなのだから。しかし、どうしたのか今日は一日中心配そうにまとわりついてくる。彼女の必死な様子に、他の誰もナファフィステアに間違っていると教えることができないでいた。教えたとしても、今日の彼女が信じるかは別だが。
妃が王の心配をするのは当たり前のこと。王あってこそ妃という立場で暮らせるのだから。と、数年前ならば思っただろう。
王妃となる前のナファフィステアなら、何の意図があっての行動かと訝しんだだろう。同じ状況で彼女が今回のような態度をとったとは思えない。手を触れられない夜をよかったと心配どころか喜んだのではないだろうか。
しかし今は。
ナファフィステアが、純粋に、余を心配しているのだと思うことができる。
その姿が、滑稽であればあるほどに。
そんな彼女に、以前からナファフィステアが望んでいた街へ連れて行ってやろうと思いたった。
今のナファフィステアなら金髪で金瞳であり、どう見ても王妃だとはわからず丁度よいというのも大きな理由だ。
彼女は金髪鬘をかぶっても眉や睫毛、とくに黒い瞳を隠すことが難しい。そのため、警護をつけていたとしても街へ出すことはできなかったのだ。
王政への不満を抱く者は、王を殺すことを躊躇っても、王妃を殺すことは躊躇わない。不満を訴える手段としてナファフィステアが狙われることは想像に容易い。
それに対し、彼女は危機感がなさすぎて、何かがあった時、抵抗も逃げることもできないというのが最大の問題だ。目の前で剣を抜かれても全く動かず見ているくらいなのだから。
王とて狙われないわけではないが、国民の暮らしぶりを直に見る機会は必要だ。そのため、定期的に変装して街へ出ている。
その街歩きを、この際、ナファフィステアが金髪でいられる今行う事にした。彼女を連れて。
そう記した書面を宰相に差し出すと、嫌な顔をしていたが、決定事項として官吏に流されていく。
一ヶ月ほど先の予定だったが、街歩きの日付が変更されるのは毎回のことだ。明日の朝までに準備は整えられるだろう。
夜、ナファフィステアにそれを告げればどのような反応するのか。
喜ぶだろうか、それとも、余と一緒ではナファフィステアは喜ばないだろうか。
そんなことを思いながら、夜を待った。
夜、いつもの部屋には戻らず、景色を眺める小さな部屋へと向かった。
彼女が気に入っている部屋だ。だが、そこへは螺旋状の階段が長く続き、ナファフィステアが上るには危険に思え、一人では立ち入りを禁じている。
階段を上る時はよいのだが、降りる姿は見る者をゾッとさせるほど危なっかしいのだ。
余が一緒であれば、抱いて上り降りすればよい。だが、彼女だけでは、いつ階段を転げ落ちて大怪我をするかもしれず、彼女が望んでも一人で行くことは許可できなかった。
余がいない時は王妃付き騎士の誰かに抱き上げて運んでもらえば、とナファフィステアに言われてキレたのは間違っていないはずだ。
その部屋へと到着したのだが、ナファフィステアは横にちょこんと腰掛けて所在無げな様子だった。
室内が暗いので、夜の雰囲気に恥ずかしがっているらしい。
そわそわと落ちつかない彼女に、以前は嫌がっているのかと腹立てたこともあった。
それが何のことはない、恥ずかしがっているのだと気付いたのはいつの事だったろう。
ある夜、自室の女官が、妃様へ花を差し上げては?と数本の小花の束を差し出してきた。それは王妃へ贈る花としては随分みすぼらしく見えたが、小さな白い花が細い枝に散らばったふわふわした塊がナファフィステアに似合うように思えた。
その花を柄にもなくナファフィステアに手渡すと、花束を抱えて戸惑ったような困った様子で俯いてしまい。気に入らないなら捨ててしまえと、乱暴に振舞ってしまった。
後で、花をありがとう、と言った途端背中を向けられ、強引に顔を覗き込んだナファフィステアの顔は真っ赤だった。
黒く長い髪に白い小花が絡み、とても綺麗だと口にすれば、真っ赤な顔でオロオロしていた。
ナファフィステアが照れている時は、言葉がなくなりそわそわと落ちつかなくなるのだと理解した。そして、熱を持った夜へ続くのを彼女が感じとった時にも、そうした態度になることも。
彼女が喜ぶのではなく照れるポイントは今だ謎だが、夜を感じとる場面は少しずつわかってきている。あくまで、少しずつであり、外すことも多いが。今回は当たりだったらしい。
そわそわした様子のナファフィステアに王都へ出ることを告げると、目を輝かせたが、その口から出たのは余を案じての言葉だった。
しかし、行きたいと思っていることは明らかであり、それを我慢している風なのが見え見えで何ともおかしい。
仕事の邪魔をしてはいけないとでも考えているのだろう。
紐で繋いでいる今、ナファフィステアを王宮に置いていくはずがないのだが。
一緒に連れて行くことを告げると、途端に喜びを露わに飛びついてきた。
明日は名前を呼ぶようにと伝え、ナファフィステアがその名を口にする。
「アルフレド」
最後にそう呼ばれたのは、父が亡くなる時だったか。
ナファフィステアの発音は非常に下手であったが、独特の響きを持って耳に届いた。
沸き起こるその不思議な感情を彼女の唇へと伝えるよう軽く唇で触れる。
が、彼女は唇へキスをする習慣が全くない国で育っているため、非常に恥ずかしそうな顔をした。
そういえば、最初はキスも何も知らず、下手で。何度もしてきた今はすっかり覚えて上手くなったのだが、急なキスに恥ずかしがる様子は相変わらずだ。
繰り返していれば、いつかは慣れて、このような態度もなくなるのだろう。それはそれで残念な気もするが、だからといってキスをしないという選択肢はない。
彼女が変化していくのは、二人で過ごす時や経験や感情を含んでのことだ。
恥じらわなくなれば、また別の顔を見せるようになるのだろう。
ナファフィステアに軽く口付けて、同じことを催促した。
また?と言う困った表情で、名を呼びキスを返され。それをしつこく繰り返す。
そして、ぬるい熱を長引かせるようにゆっくりと夜を過ごした。
翌朝には、例の喋る仔犬確保の報告が届いていた。