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いつか陛下に愛を2の後  作者: 朝野りょう
いつか陛下に愛を(二度目の王宮出)編
4/37

最終話

 

 陛下への手紙には、突然、私が仔犬のせいで転移してしまったこと、その場所を書いて送っていた。

 二週間くらいしたら迎えを寄越して欲しい、と。

 一応、その手紙もすれ違いにならず陛下の手元に届いているらしい。


「えっと、仔犬が、」

「そなたは道がなくとも、移動することができるのか? なぜ、黙って王宮を出た?」

「いや、私じゃなくて」

「鎖に繋げば、出てはいけまい」


 いやいや。

 仔犬のせいだって簡単にだけど手紙に書いておいたはず。

 どうしたの? なんで鎖?

 暗いわよ、陛下。

 自分の事にいっぱいいっぱいで気づかなかったけど。

 陛下、暗いどころじゃ、ない?


「繋いでおくか。王妃が常に隣にいてもおかしなことではない」


 いや、おかしいわよ!

 ヴィルもいるし、陛下に繋がれたら困る。


「私は自分で王宮を出たわけじゃないわ。妙な仔犬に、引き寄せられたから……」

「その仔犬はどこにいる?」

「わからないけど、領地を散策してからどこかへ行くって言ってたらしいわ」

「そうか。すぐに始末させよう」

「なっ、なんでっ?」

「仔犬が死ねば、今回のようなことは起こるまい」

「でも……あの仔犬は、たぶん、死なないと思う。肉体が滅びても存在は消えないんじゃないかしら」

「……まさか」

「王都の神殿で祭られている、仔犬の王妃、その人だと思うの」

「……」

「なんだかね。仔犬のせいで、私は生きてるらしいわ」


 そう。仔犬の神様がいると思ったのは、間違いじゃなかった。

 この国で王族の守り神として祭られているのが仔犬の王妃だった。

 その物語を何度も読んでいたのに、実際に遭遇すると案外わからないものらしい。

 喋る仔犬なんて、そうあるものではないのに。

 まあ、神殿にある仔犬の姿はもっと美々しくて、あんな普通の仔犬だとは思いもしなかったけど。

 その仔犬は、昨晩、私を元の世界に返すことができると言った。

 ただし、元の世界に帰れば、私は数秒で死に至る。

 私は元の世界ではすでに魂と身体が分離してしまっているから、私の生きた日本のどの時どの場所に戻ったとしても、その後を生きることは出来ないだろうという。

 それでも、親となった今、行方不明の娘を待ち続ける辛さを思うと放っては置けない。

 そんな私に、仔犬は提案をしてきた。

 私がこの世界で死を迎える時、私の身体を元の世界に戻したらどうかと。

 私は死んだ身体はこの世界に必要ないと思ったからすぐに同意した。

 歳をとってドレス着た娘の死体と対面する両親には申し訳ないけど、きっとわかってくれるだろう。私は肌身離さず両親への手紙を携えようと思った。

 世界は違えど幸せに暮して結婚してハンサムな息子までいると知らせられることは、とても嬉しい。

 ただ。

 そうしたら、私の死ぬ直前に身体が消えるということで。

 この人の目の前で消えることになるのかも知れない。

 もしも陛下がいない場所で死ねば、私は失踪したかのように見える。

 その時、陛下は私が死んだことを信じられるだろうか。

 無理かもしれない。

 それでも私は……。


「だから、ちょっとくらい仔犬に呼ばれて転移しても、仕方ないかも。国内の王都に近い場所みたいだし」

「遠くでないと何故言いきれる?」

「あの仔犬は、待っているのよ。私達の子供のそのまた子供に、生まれ変わる誰かを。だから、王都の近くをウロウロして。遠くには行かないわ、きっと」

「あの……伝承か……」


 私を鎖に繋ぎそうな陛下。

 息子が産まれて、私を怒鳴るように呼ばなくなったから、穏やかになったと感じていたのに。

 全然違っていたらしい。

 私は、私の死体が消えることで、この人がずっと私を探してくれたらいいと思ってしまった。

 両親とは違って。

 この人には、いつまでも引きずって欲しいと思うなんて。酷いわね、私。

 でも、長生きしてあげるわ。

 陛下の悲しむ姿は見たくないから。


「私、長生きするわ。私の郷里の人はみんな寿命が長いのよ。だから、陛下の最期は私が看取ってあげる。仔犬の王妃のようにね」

「そして、来世の再会を約束するのか?」


 あぁ、そうだった。

 待っている仔犬は王と次の世の再会を約束した。

 私は、死ぬ時、来世でもこの人に出会いたいと思うのだろうか。


「そうね」


 未来はわからないけど。

 そんな風に思えたらいい。


「そなたは、金髪が似合わぬな」


 今の今まで忘れていたことを!

 どうしてここで思い出させるかなっ。

 このしんみりと浸っている時にっ。


「だから、二週間くらい後に迎えを寄越してって書いておいたでしょ!」

「二週間で元の黒毛に戻るのか?」

「そうよっ」

「その顔でも愛嬌はある。ヴィルも最初は怯えるかもしれぬが、すぐ慣れるだろう」


 ぐっ!

 お、怯える、って……。

 黄色人種の体毛が金になったら、別人になることはわかってるのよ!

 今の顔が、おそろしくのっぺりなのは、自分でもわかってるのよ!

 だから、会いたくなかったのにっ。

 あぁ、最愛の息子ヴィル。

 ……やっぱり怯えるほど酷いなら、髪とか睫毛とか眉とか炭で塗ろうかな。

 でも、黒目コンタクトなんてここにはないし。

 うーん、と唸っていると。


「元に、戻るのか」


 私の頭を撫でる陛下の囁きは、嬉しそうだった。

 そして私の頭に唇を落とす。

 陛下って、私の髪がすごく好きみたい。

 それは、とても嬉しい。

 激しく揺れる馬車の中で、私はウトウトと眠りについた。




 夜通し走った馬車は、翌日昼過ぎに王宮へと到着した。

 その驚異的な速さに驚いた。

 さすが王様の馬車は、性能がすごい。


 そして、私は、息子のヴィルに対面し、泣かれてしまった。

 母といえど、別人に見えるものね。

 わからなくても仕方がないわ。

 そうとは思っても、やはり私は肩を落とした。

 しかし、陛下の言ったように最初は訝ったものの息子が私に慣れるのは早かった。


「かぁしゃー」


 あぁ、かわいい。

 やっぱり顔が別人でも母のこと、わかるのね。

 そうしてヴィルとの親子関係を再構築できた後、私は陛下に呼ばれ執務室へと向かった。

 執務室奥の小部屋へと連れ込まれたかと思うと、陛下が美しい細工の紐らしきものを棚から取り出した。

 嫌な予感がしながらも、何をするつもりだろうと陛下を見守っていると。


「な、な、なっ」


 陛下は私の腰に飾り紐を結んでしまった。

 その紐のつながる先は、陛下の腰で……。


「これじゃ、何処にも行けないじゃない! それに、陛下の執務の邪魔になるでしょう?」

「邪魔にはならぬ」

「王妃が執務に参加すべきじゃないわ。それに、これじゃあ皆に見えてしまうじゃない!」

「参加するのではない。同席するだけだ。紐は、余の膝に乗っていれば見えぬ」

「っ!」

「かつて仔犬の王妃はそうだったと記されている。そなたが余の膝にいてもおかしくはない」


 おかしいわよっ!

 確かに小さな仔犬の王妃はいつも王の膝に座っていたって物語には書いてあったけどっ。

 これじゃあ、トイレにも行けやしない。

 はっ。

 そうよ。冗談じゃないわ。


「ちょっとっ、これじゃ、ヴィルに会いにも行けないわ」

「あれにはあれの時間が必要だ」


 いやいや、ヴィルはまだ小さい子なのよっ!


「後で呼べばよい」


 はいーっ?

 鎖につなぐ云々って言ってたのは、冗談じゃなかったのね。

 まさか、こんな至近距離で結ばれることになろうとは。


 もちろん私にこの紐を引きちぎるなんてことができるはずもなく。

 私が陛下の膝の上に座っていると、執務室を訪れる人が驚きに固まった。

 何とも言えない表情を浮かべ、陛下と私に挨拶の言葉を述べる。

 陛下は何食わぬ顔で、おそらくいつもと変わらぬ執務を進めようとした。

 私のことには一切触れずにいるものだから、相手も困惑している。

 奇妙な空気がながれるけど。

 しばらく迷った後、相手も陛下の意図を汲み、私の存在を無視して話はじめた。

 さすがに王を相手にするような臣下や官吏達は、些細な事で動じたりはしないらしい。

 ちょっと、誰か突っ込もうよ!

 私、今、金髪でのっぺりだし、おかしいって思おうよ!

 そんな私の訴えなど、だーれも受け止めてくれない。なぜ私から視線をそらすのよ!

 そんな様子だから、私はいたたまれないことこの上なし。

 まぁ、でも。

 突然王宮にいたはずの私の姿が消えたわけだから、陛下にはずいぶん心配をかけたのかもしれない。

 紐でつながれるくらいには……。

 文句言って逃げようとすると、紐が本物の鎖に変わりそうだから、早く機嫌をなおしてもらわないと。

 私は難しくて退屈な話を聞き流しながら、そんなことをのんびりと思う。

 ここに生きていられる幸せを、噛み締めて。




~The End~


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