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いつか陛下に愛を2の後  作者: 朝野りょう
いつか陛下に愛を(王宮の秘宝)編
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■27話■いつか(side陛下)

 執務室では今回の件について取り調べの結果が報告された。

 神官長は特殊な粉末を燃やすことで多くの人々を操っていた。粉末を燃やすことで緑の炎を生じさせ、それが燃えている間、他者への術が有効であり続ける。その粉末は神殿に数ヵ所に分けて隠されているのを発見し回収したものの、元の量がわからないため、全て回収できたと判断はできないという。

 特殊な粉末とは、エテル・オト神殿に納められていた故王妃の遺体を粉砕したものだった。故王妃の遺体は生前の姿を保ったままの美しい姿だという伝承は誤りで、とっくの昔に粉々にされていたのだ。当の仔犬自身によって。

 それは数ヶ月前にナファフィスティアが喋る仔犬と交わした会話を面白おかしく話した時に得た情報だった。

 仔犬は過去の自分であった亡骸が生前のまま愛らしい姿を留めていると耳にして、それを見に行ったところ、愛らしいどころか干乾びて醜い姿だったから粉砕したと語ったという。やっぱり人の姿より今の姿が一番だと胸を張っていたらしい。ナファフィステアは、どれだけ自分の姿に自信があるのかしらねと笑っていたが。その情報の重要性はあまり理解していないようだった。

 その話を聞き、故王妃の遺体が本当に粉々になっているのかを確認しようと考えた。遺体としての形を留めていないのならば、アログィ王墓へ移すことができる。そして遺体の破損を理由にエテル・オト神殿から故王妃を祀る資格を剥奪し、他神殿と同列の扱いとする算段だった。

 そうしてアログィ王墓を訪ね、エテル・オト神殿へ遺体の確認に行ったところで、騎士三人とともに神官長の術にかけられることとなったのだ。


 しかし、神官長はなぜそのような方法で人を操れると知っていたのか。

 それは、古い文書に記されていたからだった。神官長がまだ一神官であった頃、神殿の敷地内で放置された地下室でその古文書を発見した。エテル・オト神殿は王家の保護をうけ、資金が潤沢であったために何度も神殿の建物を建て替えている。その際、上物は取り壊すが、地下は壊さず出口を塞いだり、その上に新しい建物を立てることが多い。神官長が文書を発見したのも、そうした地下室の一つだったのだろう。

 その文書には、故王妃の遺体の粉末を火に投げ入れ、それが緑色に見える者のみ願いを叶えることができると記されていた。

 誰にでも可能なのではなく、“見える者”と呼ばれる者に限られる。神官長も、そして神官見習いとして神殿に入ってきたウェス・コルトンも“見える者”だったのだ。

 “見える者”とは、故王妃の本来の姿である緑色の光が見える者のことを指す。それは普通の者には見えないものであり、神殿にとっては神に選ばれた特別な存在として語り継がれていた。しかし、いつの時点でか王宮の秘宝を見失い、”見える者”の信憑性が疑われることとなり、その存在はなきものとされてきた。

 神官長は“見える者”であったが、当然、彼の主張が他神官達に聞き入れられることはなかった。そして神官長は文書の示す方法を神官に使用した。

 彼の主張を否定する神官への報復のためだったのか、文書の記述を確認するためだったのか。

 神官長はその粉の火で他者を思い通りに操ることに成功する。その後、その粉の火を使って自分を咎める者を端から操り、神官長にまで上り詰めた。

 国一番の神殿の神官長であり、特別な“見える者”であり、不満などない状況になったものの。炎は燃やし続けねばならず、粉は刻々と減っていく。いつか炎が消え、操られていた者が解放された時、自分に報復しようとするのではないか。神官長はそんな懸念を抱くようになった。

 その緑の炎を産みだす故王妃の遺体。

 それと同じものが他にないか。

 ある。

 あの黒髪の妃ならばその身の内に小さな緑の光を宿しているではないか。

 あの妃が死んで遺体を乾燥させ粉末にすれば、同じような効果が得られるのではないか。

 ナファフィステアがまだ王妃となる前、エテル・オト神殿を訪れた時にその姿を見たことがあった神官長はそう考えたという。

 すでに人を殺めることに何の躊躇いも残っていなかったのだろう。王に術をかけることも。


「王妃様は“見える者”から見れば緑色に見えると言うのか?」

「はい。神官見習いウェス・コルトンの話では、緑色の光が身体の内に見えるのだそうです。ですから“見える者”にしか反応しないはずの神官長の炎が、王妃様のお言葉に反応し、騎士達は神官長の呪縛を逃れたのではないかと思われます」

「……王妃様が……」


 宰相が呻くように絞り出したが、言葉は続かない。

 ナファフィステアが喋る仔犬によってその命を永らえていると聞いていたので驚く情報ではない。”見える者”に緑色に見えようがどう見えようが構いはしないが。


「神官長は、王妃の遺体が欲しかったというのか? 故王妃の遺体と同じ効果などあるはずがなかろう。故王妃は人ならぬもの。だが、王妃はただの人だ」

「しかし……可能性がないとは」

「ない!」

「……陛下……」


 文書が残っているということは、誰かが過去にあの粉を使ったことがあるのだ。どのようなことに使用したのか、それはいつだったのか。


「回収した故王妃の遺体の一部はアロヴィ王墓に収容する。エテル・オト神殿は火を放ち取り壊させよ」

「はい」


 報告には、神官長が王に術をかけたことについての記載はない。故王妃の遺体を勝手に燃やし、何人もの人を操り、神殿を私物化し、それが暴かれそうになったため王妃の命を狙った。その罪のみである。

 記載になくとも、宰相や一部の側近は真実を知っている。神官長が操っていた者達の中に国王が含まれていたことを。

 しかし、王が他者に操られたなどという事実を認めるわけにはいかない。

 神殿の不正を止めるために王妃が神殿に乗り込んだと公表されるだろう。それに抵抗した神官長が王妃を殺そうとした。その罪により神官長は処刑されるのだと。

 王の呪縛を解くために王妃が神殿に乗り込んだと知る者は、ごく一部の者のみ。

 そして、王妃が故王妃に近い者とみて、その身に何らかの効力を持つかもしれないと推測する者がどれほどいるのか。

 今回の件については王宮内極秘扱いとし、外部には漏らさぬようにと命じた。

 そうしたとしてもどこかから何かは漏れるのだろうが。



「王妃様のお加減はいかがでしょうか?」

「良くなってきたようだ」

「それはよろしゅうございました。あの方がいらっしゃらないと、王宮内が静かすぎる気がしますな」

「執務室が静かでよかろう」

「それは……」

「今のうちに静かさを堪能しておくがよい。あれがヴィルと一緒に来るようになれば、執務室の雰囲気は崩壊するのだからな」


 宰相はいつもナファフィステアと息子ヴィルがこの部屋へやって来るのを、渋々という顔で見ている。

 王妃を近付けなかったことをどのように見ていたのか。

 記憶が封じられていた時は煩わしく思っていた目には、探る目もあっただろうが、皆さぞ不安を抱いていたことだろう。

 それがこうして何事もなかったかのように元に戻っている。こうして解放されたのも……。


「あれには……何を贈れば、喜ぶであろう」

「王妃様ならば、外出許可がお喜びになるのではありませんか? 今回のフォル・オト神殿行きを聞いた王妃様は、それはそれは御喜びになられたそうでございますから」


 まだ寝込んでいる王妃に、命を狙われたばかりだというに外出許可など出せるわけがないと知っての答えか。

 宰相を睨んだが、苦笑を返された。

 そんなことはわかっているが宰相なりに王妃への感謝をこめて王妃が一番喜びそうなものを考えた結果の言葉らしい。


「外出か……」


 息を吐いた。フォル・オト神殿へ向けて出発したナファフィステアが残した礼の手紙は、喜びにあふれていた。溢れすぎていたのか珍文ばかりが並んでおり、解読が難しいほどだった。

 喜ぶとわかっていても、とてもあれを外へ出す気にはなれない。

 あれには、あの仔犬の加護があるのではなかったのか。

 ナファフィステアが神殿へ向かったことで解放されたことはわかっている。

 だが。

 あれを外へ出さなければ……起こらなかったことはあると、思ってしまうのだ。

 そして、忘れなければ、と、無駄な後悔を繰り返す。

 あれを喜ばせることなど、できなくともよい。あれが余を喜ばせようなどと考えはせぬのだ。そう考え、己には何もできないのかと知るのもまた腹立たしい。

 苛々と頭を悩ませていると、ふと、以前、ナファフィステアが口にした奇妙な言葉を思い出した。

 五十五歳になれば仕事は引退して、老人クラブとやらをするのだと言っていた。陛下も息子に仕事を譲って、一緒に旅をしたり、食事をしたり楽しく遊ぶ仲間になればいいとも。

 今は無理でも、いずれ王位を息子に譲り、安泰となった時ならば、そうするのも悪くはないのではないのか。

 あれを外に出せないのは余の目が届かないからだ。

 余とともにであれば、あれを外に出してもよい。

 いつか、あれとともに、自由に、国を歩く。外を見る。

 王ではなくあるというのは、どんなものであるのか。

 そんな事になれば側近達がうるさいだろうが、息子が王としてしっかり掌握していれば問題のないことだ。

 遠い先の話、だが。

 それが現実となった時、あれは喜ぶだろうか。


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