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いつか陛下に愛を2の後  作者: 朝野りょう
いつか陛下に愛を(王宮の秘宝)編
34/37

■26話■回想(side陛下)

 痛み止めの薬を飲んだナファフィステアはジタバタした後、ようやく眠り始めた。眠る時、息苦しそうに顔を歪めて手で何かを探るように動く。うわ言は彼女の国の言葉らしく何を言っているのかはわからない。おそらく閉じ込められていた間のことを思い出してしまうのだろうと医者は言っていた。だから眠るまでこうして抱きかかえるようにしていなければ頭をどこにぶつけるかわからないのだ。

 暗闇での恐怖を忘れることができないのかと、掴んだ手を必死に握りしめる姿が痛々しい。

 先程のやりとりももう三度目なのだが、本人にはわかっていないのだろう。神殿で彼女が頭に傷を負ってからすでに二日が過ぎていた。

 頭の傷と打撲のため痛み止めを飲ませており、ナファフィステアには効きすぎるのか眠くなってしまうらしい。その薬のために目覚めている時間は短い。そして、毎回、もがくようにして眠りにつく。

 こうなる前に、止められなかったのか。もっと早くに手が打てなかったのか。後悔が押し寄せるが、そうしたところで過去が変えられるわけではない。


 あの日。

 ナファフィステアが神殿に出かけたであろう頃、王宮では王都にあるティアの家に向かうために騎士達を連れて出発した。

 前晩に王妃付き騎士が神殿で騒ぎを起こしていたことが報告され、夜半過ぎには騎士カウンゼルから神殿での出来事を知らされた。

 神殿に同行した三人の側付き騎士達が記憶を失っていると判明し、騎士カウンゼルも王妃への関心を保てないはずだが。王妃付き騎士達が動くのを黙って見ていることはできなかったらしい。

 それを受けて、翌朝、王妃付き騎士達を動かしていただろう王都のティアに事情を聞くために王宮を出た。だが、到着したその家はすでにもぬけの殻だった。

 この家を見張らせていた騎士によると、息子は王宮へ出発し、王妃付き騎士達が神殿から連れ出したという神官見習いの娘は王都警護騎士団にて保護されたという。そしてティアと騎士達は神殿へと向かった後だった。見張りの騎士から王宮へ連絡は行き違いになってしまったらしい。

 この時はまだ記憶を封じられていたために、ティアが神殿に向かったと知っても大人しくしていればいいものを危険な事に首を突っ込みおってと眉を顰める程度だった。

 仕方なく神殿へ向かおうとした時。

 突如として頭の中に様々な情景が浮かび上がってきた。頭の中には多くの場面や声、音が溢れ、激しい混乱のために歩くこともできない状態となった。

 何が本当で何が捻じ曲げられていた事なのか判断できず、今何をしているのかすらわからなくなってしまっていた。湧き上がる場面、脳裏に過る己のものとも思えない判断、なぜという苛立ち。王妃はその存在が悪であり国を守るためには封じておくべきとの神官長の言葉が蘇り、そんな言葉で操られたことに対する憤りが、怒りが、冷静さを失わせた。

 そのため記憶は解放されたが、溢れた情報が全て繋がるにはそれなりの時間を要した。そして、以前エテル・オト神殿を訪れた時から今までを把握した後、ようやく理解することができたのだ。己が解放された今この時、ナファフィステアが神殿にいるということが何を意味しているのかを。

 それは王妃の記憶を封じられていた騎士達にとっても同じことだったろう。

 一刻も早く神殿へ向かわなければ。


 そうして神殿へ駆けつけた時には王妃付き騎士達が神官達を押しのけ、神殿内の灯りを消しているところだった。

 騎士から事情を聞き、地下へと急ぐ。示されなくとも地下に響く騎士達の怒声が、向かう先の導となった。

 怒声の飛び交う場所では、騎士が神官長を締め上げており、また、他の騎士達は悲愴な様子で部屋中を捜索していた。そこにナファフィステアの姿はない。

 聞けば騎士達が血相を変えて探しているのは部屋の床を開く仕掛けだという。神官長によって床の一部が開き、そこからナファフィステアが落ちたのだという。

 仕掛けを吐かせるのは彼らに任せ、同行させていた騎士へ該当の空間へ入るため石壁を壊すよう指示した。もともと神殿を調べる予定だったため、神殿の隠し部屋に備えて壁を壊す専門者を連れて来ていたのだ。しかし、壁を壊すには時間がかかった。

 その間、王妃付き騎士に状況を説明させた。

 騎士達はナファフィステアの指示の元、神殿内の炎を消し、神官長の怪しげな術を解くことを目的に神殿を訪れていた。

 神官長の術とは、神官長が持つ怪しげな粉末を燃やすことで他者を操れるという。だが、その火が消えれば術は効力を失う。昨晩の騎士ボルグが捕らわれた件から火を消せば解放されると知ったらしい。

 また、操るためには名前が必要だと考えた。だから王妃とともに、騎士達は名前を口にしないよう申し合わせて神殿に乗り込んだのだという。

 王妃の我儘であるかのように見せかけて神殿の奥へと進み、地下で見つけた火を手当たり次第に消して回った。

 そうしながら彼等は、この行動が神官長に操られている神官達を解放するためだけではないとわかっていた。王妃が告げなかった事実、王が神殿の火による影響を受けているのだろうと察していたのだ。

 ティアの家を訪れる王の態度、騎士カウンゼルを含む王付き騎士数名も神官長の術にかかっていると知ってしまえば、そうした結論に至るのも難しいことではなく。王妃が王の判断を待たず事を急ごうとしたことも、彼等の考えを確信に変えていた。

 だが、捜索していた地下にて遭遇した神官長は、名前を呼ばずとも騎士達を操ってしまった。

 どうやら効力は神官長が持っている粉末を燃やす量によって変化するらしい。そう気付いた時はすでに遅く、騎士達は王妃を殺すよう命じられていた。命令に応じるものかと抵抗しようとしたが自身の思いを裏切り身体は王妃を斬りつけるために動こうとする。止める意思と動こうとする身体のせめぎ合い。だが意思はだんだんと侵食され薄れていく。騎士達は口には出せないまま、今のうちに逃げてくださいと願った。

 だが、騎士達に囲まれた王妃は逃げることなく神官長を睨みその場に立っていた。じっと待っていたのだ。

 騎士達がなかなか王妃を殺さないことに焦れた神官長が胸元から新たに粉をとりだした。拳一掴み分を火の中へパラパラと落し、火の勢いが増す。神官長の声が室内に響くのを無念に思いながら聞いていると。

 その声に被せるように王妃が叫んだ。それは彼等の全く聞いたことのない言葉だった。だが、騎士達には意味が理解できたという。

 呪縛からの解放。炎は神官長の命令ではなく、王妃の言葉を選んだ。

 自由になった騎士達が神官長を捕らえようと動いた時、床の石が動き王妃が落ちた。

 神官長は王妃に注意が向いた騎士の隙を見計らって火に粉を追加し、騎士達に動くなと命じたが、その命令が彼等を拘束することはなかった。神官長が投じている炎には先に告げられた王妃の騎士達は何者にも従わないという命令が生きていたのだ。

 王妃が落ちた穴は深かった。だが王妃の落ちる時、細い隙間に騎士が一人飛び込んだ。仲間が付いているのだから、絶対に王妃は生きているはずだと信じ、騎士達は王妃救出に動いた。

 そこへ到着したらしい。

 もう少し早く到着していれば……。


 長い時間をかけてようやく石壁に開いた小さな穴から中へ呼びかけると、すぐさま返事が返ってきた。しっかりした声だった。

 背後で皆が安堵しているのがわかった。

 だが、精一杯に伸ばされた手が穴からのぞいた時、その場は凍りついた。

 赤い血がべったりとこびりついた手だったからだ。

 中がどうなっているのかわからず、だが彼女を動揺させたり興奮させるべきでもなく。彼女の手を握り、穴が広がるのを待っているしかなかった。

 そうして穴が広がりようやく彼女の身体を地下室から引き上げると、ナファフィステアの意識はなく彼女は全身血まみれだった。

 すぐさまナファフィステアを王宮へと運んだ。


 王宮に戻ってきた時は血の気が失せ、いくら呼んでも返事がなく何の反応もなく。王妃担当の医者には王妃様を殺す気ですかと遠ざけられた。

 待つ時間は恐ろしく長く感じたが、さほど長い時間ではなかったのだろう。

 血を流し過ぎてはいるが、命に別状はないと告げられた。

 彼女の全身を赤く染めていた血は、大半が一緒に落ちた騎士のものだったらしい。騎士はその身で王妃を守ったのだ。騎士は即死だった。彼がいなければ、ナファフィステアがそうなっていた。

 医者の言葉に安堵するとともに、己の無力を痛切に感じていた。あんなものに操られさえしなければ。王宮に留めていれば……。


「陛下、執務室より報告したいことがあるとの連絡が入っておりますが」

「待たせておけ。すぐ行く」


 腕の中のナファフィステアを寝台に寝かせた。まだ顔色は良くないが、寝顔は笑っているようなので、しばらく暴れることはないだろう。


「寝具が頭の傷に触らぬよう注意せよ」

「はい」


 ナファフィステアの寝顔をもう一度確認し、寝室を後にした。

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