■23話■神殿の奥で
「立ち入り禁止です。入らないでください」
そう言い続ける神官の腕を騎士ウルガンが片手でひょいとねじり上げるだけで、二人同時に動きを止めさせることが可能。
その間にその辺りの小部屋を全部開けて火を消していく。
しかし、どれも普通の明かりで目的の緑の炎ではないと思われる。目的を達すれば、おそらくは神官に変化が現れるはずだからだ。
「ここにはないようね。まだ下に行けるみたいだから行ってみるわ」
「お待ちくださいっ」
私は小走りぎみに人気のない地下通路を歩いて片っ端から戸を開いていく。
「もし怪しい者が中にいたらどうするのですか!」
騎士ヤンジーの言葉もわかるんだけど。
ないのよっ。どこにも陛下の炎がないっ。
地下だから廊下や部屋にたくさんあるけど、どれもきっと違う。火だからわりと簡単にみつかるような気がしていた。下手な場所に放置して火事になったり消えたりしては困るだろうから、難しい場所ではないと思っていたのだ。だから目当ての炎がなかなか発見できない事に私は焦っていた。
騎士達であちこち手分けして探しているけれど、どこからも発見の声が上がらない。見当違いの事をしているんじゃないかと不安が込み上げる。
たとえ今回の捜索で何も見つからなかったとしても王妃の我儘ですむだろうけれど。今回見つけることが出来なかったら、絶対に警戒されてしまって更に発見が困難になるのは間違いない。
絶対に見つけなければ。
どこなの? どこに隠してあるっていうの!?
そうして奥へ奥へと進んだ先で、ようやく二重に鍵のかかった部屋を見つけた。鍵開けの得意な騎士が古い鍵と新しい鍵を解除し、扉を開く。その部屋の正面には祭壇が設けられていた。そして、祭壇には私の腕でも届かないくらいの大きな鍋のようなものに炎が茫々と燃えている。
「ここ……の、ようですね」
「そうね」
カコンッというししおどしのような小気味の良い音とともに、祭壇の炎の上から粉が降り注いだ。パチパチと小さな音がする。
あの粉が炎を持続させる燃料のようなものなのだろうか。
あの火を消せば、終わる。そう安堵した直後。
祭壇の横から神官長が現れた。
奥にも通路があったらしい。
「これはこれは王妃様。このような場所へ潜り込むとは、まるで鼠のようですな。ここは王族しか入ることを許されない場所です。陛下のお叱りを覚悟の上なのでしょうな?」
神官長は五人の神官を引きつれて炎の前に立ちはだかった。こちらには屈強な騎士達が四人いるというのに、余裕の表情を浮かべている。それもあの術があればこそ。
「あの火を消してっ。邪魔する神官達はこの際少々手荒く扱っても構わないわっ」
私は騎士達に指示したのだけれど。
神官長はパラリと粉を火の中へ投げ入れると。
「騎士達よ、王妃を殺せ!」
へっ? 名前でなくて職業指定?
そんな大雑把な指定方法で効果があるの?
私のそばにいる騎士ウルガンと騎士ヤンジーがゆっくりと私の方を向いた。眉間に皺をよせ苦しそうな表情で、腰の柄を握ろうと手が動いている。
騎士ボルグが神官長の命令を受けた時、徐々に思考が浸食されていったというから、今の彼等はそんな状態にあるのだろう。騎士達の手で剣が抜かれたら、私に逃げることはできない。
王妃付き騎士達に討たれるなら仕方ないと、そう思った事もあったけど。
これは駄目だ。
こういう方法で私が死んだら最悪すぎる。
私の計画の甘さのせいだというのに、彼等の信念に反することをさせるなんて。
どうしたらいい?
どうしたらいいの!?
私は元凶である神官長を睨んだ。
「騎士達よ、早く殺れ!」
神官長はなかなか動かない騎士達に焦れているらしく懐から何かを取り出そうとしていた。きっとあの粉に違いない。
あの粉を燃やすことに術の効果があるんだろう。そして、騎士達がすぐにかからないのは名前ではなく職業という大雑把な指定だったからかも。術の効果があの燃やす粉の分量によって変わるとしたら、次の命令で騎士達は私を……。
神官長に向けて私が突進しても神官達がいるし、私でどうこうできるものじゃない。
どうすれば……。
次の命令の前に何とかしなければ。
次の、命令の、前に?
次、あの粉を燃やす時、神官長より先に私が願い事を言ってしまえばいいんじゃないの? 確かそんなアニメを私は見た。
私は神官長の手元をじっと見つめた。息を吸い込み、頭の中で言葉を組み立てる。
騎士達の緩慢な動きを目の端にとらえながら、パチパチと炎がはぜるのに目を凝らす。
そして。
「騎士達よ、」
『私の騎士達は何者の命令にも従わないっ。己の信念にのみ従えっ』
私は早口言葉のように大声で叫んだ。神官長の声なんかかき消えてしまえとばかりに、日本語で。
どちらが早かったのか。私の日本語の言葉に効果があるかはわからない。
けれど、一か八かに賭けた。私はこの国の言葉で喋るとどうしても遅くなる。だから神官長より早く喋りきるには日本語しかなかったのだ。
騎士ウルガン達が柄から手を離し、神官長に向き直ったのは、一拍の静止の後だった。
私の言葉が、勝った。
そして全てが一斉に動き出した。
神官達は簡単に捕えられ、鍋に濡れた布を被せる。
火が、消える。
そうホッとした瞬間、私の足下がなくなり、身体が宙に浮いた。
「王妃様!」
騎士ヤンジーが私に手を伸ばしてくれたけど、私の方が全く反応できなくて。宙に浮いた身体が落ちていく。
冷やりとした空気。遠くなる騎士達の伸ばされた手。
強い衝撃が身体を襲った。胸が詰まり息ができない。
目を動かすと、頭上にぽっかりと四角い穴が開いている。それは、とても遠くに見えた。
「王妃様っ」「ご無事ですかっ」
「クオートッ」「王妃様っ」
「止められないのかっ」「無理ですっ」
「すぐにお助けいたします!」
「閉じないように何かを」
「万が一、下にいらっしゃる王妃様の上に落ちたら危険だ」
「しかし」「王妃様!」
「王妃様っ、必ずお助けいたします!」
四角い空間は私が痛みと衝撃に声をなくしている間に閉じられていく。
頭上からの光が消える前に私が見たのは、周囲は石かレンガのようなもので囲まれているけど大きな岩が転がってデコボコした固い地面に、神官服らしきものを着た二体の遺体。もう生きていないとわかるのは、所々骨が剥き出しになっていたから。
そして、私のそばに王妃付き騎士の腕防具をつけた腕。
さっき騎士がクオートの名を呼んでいた。彼も私と一緒に落ちてしまったらしい。
頭上の光が消え、音が消えた。




