■22話■神殿へ
今日は2話投稿です。
お気を付け下さい。
ひさびさに黒髪のまま、フリフリでないドレスを身に付けた。
やっぱり過剰フリルがない服は落ち着く。
ここで雇っていた人達は私の黒髪を見て、目を丸くしていた。王妃だということを知り、見てはいけないと思いつつもチラチラと視線をさまよわせ、見たくてたまらないという様子が手に取るように伝わってくる。そこに悪意はなく、こうした視線を向けられるのも久々だ。
「リリア、ヴィルをお願いね」
「はい、王妃様。必ず陛下の元へお連れいたします。王妃様も早くお戻りくださいますよう……」
「わかっているわ。ヴィル、いい子にしててね。すぐに戻るから、お父様と待っていて」
ヴィルをリリアに預けようとすると、珍しくヴィルが愚図ってなかなか私から離れようとしなかった。黒髪の私は久しぶりだからだとは思うけれど。部屋に漂う緊張した空気を敏感に感じ取って、不安に思っているのだろうか。
でも、ヴィルを神殿に連れて行くことはできない。
王妃が王都にいることをバラすことになるので、神殿に行った後は王宮へ戻ることにしていた。私が神殿に向かうとこの家の警備は手薄になってしまうので、息子は一足先に王宮へ戻らせることにしたのだ。
一緒に行ければよかったんだけど。
「騎士ボルグ、お願いね」
「はっ」
神官長に名前を知られているので騎士ボルグは神殿行きには加わっていない。王妃付き騎士達の半分と、この家を守っている陛下の差し向けた騎士達が息子の警護にあたることになっている。だから、きっと大丈夫。
そう思うけれど。
侍女リリアが付いているとはいえ幼い息子に一人旅をさせるのは、やはり不安だった。一人旅といっても、全然、意味が違うとはわかっている。保護者がいっぱいついているのだから。
陛下がよく私に王宮から出るなと言っていたのはこういう感じなのかもしれないと、少しだけわかったような、わからないような……。
いやいや、ヴィルが立派な王子様になるためには、私がしっかりしなければ。
「御無事で」
騎士ボルグはそう言うと、リリアとヴィルを乗せた黒塗りの馬車とともに家を出発した。
「さあ、私達も出発しましょう」
「はい」
私は騎士ウルガン、騎士ヤンジー他王妃付き騎士達数名とともに神殿へと向かった。
私はエテル・オト神殿の正面玄関へ馬車で乗り付けた。
朝から一般の人々が神殿の中へと入っていく中、私は馬車を降り、騎士達を連れて正面入り口の階段を上る。
私の黒髪は遠くからでもわかるだろう。
神殿に入っていた人々も私に気づき、両端へと避けていく。そして、腰を落して視線を落し、私が行き過ぎるのを待つ。
でも、こんな間近で王妃を見る機会のない人々は「王妃様がいらしてるぞ」「王妃様だ」と囁きながら、チラチラと私へと視線を流していた。
私はそれを咎めることはせず、にっこりと笑顔を振りまいた。
目撃者さん達、よろしくっ、という意味を込めて。
しかし、神官達は私に注意を払うことなく掃除をしていたり、見張りに立っていたりする。それはいつもと変わらぬ作業を行っているにすぎないのだろうけれど、王妃が来たという突発事故に対するには神官としてはあまりに何もしなさすぎる。
普通なら上位の神官を呼びにいくなり、人々と同じように頭を下げるなどするべきところなのだ。
昨日は気付かなかったけれど、昨日の同じ言葉を繰り返し続けた神官のように操られて自我のない状態なのだろう。
陛下もこのようになるのかもしれないと思うと、ゾッとする。その時、この国はどうなってしまうのだろう。
もしもそんな事態になっても有能な側近達がいるのだから国として保たれるし、そんな事になる前に陛下が処罰してしまうはずだとは思うけれど。今更ながらに国王というのはその肩に多くのものを背負っているのだということを思い知る。
対して王妃の肩には何もなくて軽い軽い、超軽い、吹けば飛ぶくらいの軽さ。政治手腕で選ぶわけではない王妃に政務へ口出しさせないのはとても正しいと思う。
でも、お疲れの陛下のために何かしてみようか。マッサージとかは、陛下の身体は筋肉で固いからちょっと無理だし、素人がやってもね。緊張をほぐすためにお笑い芸人の技の習得とか、いいかも。陛下、センスないし、笑いの壷が理解されないかも。音楽で癒しをっても、基本的に楽器は大きな指用に作られているから子供体型には難しいのよね。単に演奏することには興味がないだけだけど。
そんなことを考えながら、私は神殿へと入った。
「この神殿には仔犬の王妃と呼ばれた故王妃様のご遺体が納められているのでしたね? 私はそれが見たいのです。案内しなさい」
私は神官に向かって声をかけた。
人々に良く聞こえるように、声を張って。
神殿の広間は広いけど王妃が来ているということもあって、人々の雑談する声は小さく、私の声がよく響いてくれた。
私の来訪の目的は誰もが納得してくれるはず。
「そのようなものは神殿にはありません。案内することはできません」
そう虚ろに答える神官に、私はふんっとせせら笑って見せた。
王妃の我儘をそんな言葉で断念させられるわけがないでしょうに。
「案内できないというのならいいでしょう。私が自ら探します」
私は騎士ウルガンと騎士ヤンジーに視線を送ると、神官を無視して歩き出した。
神殿の奥へ入るお膳立ては揃った。
後は、神殿内の火を全て消していくだけ。その、だけ、が面倒なのだけれど。
「あの見張りが立っている場所の奥にある通路が地下へ通じているはずです」
「王妃様はこちらでお待ちください」
騎士ウルガンと騎士ヤンジーが私に告げた。
騎士ボルグ達が以前警備したときの記憶をもとに神殿奥の構造を図にしてもらい、ウェスの意見も聞きながら炎が隠されていそうな地下室に見当をつけていた。
昨日の騎士ボルグの様子から火が消えてしまえば術が解けると判断し、神殿内にある火を全て消してしまうことにしたのだ。昨晩、消されていた広間や各部屋、回廊の灯りは対象外だし、夜になってから灯される神官達の寝所の火なども対象外。
そうなると外からわからなかった神殿内倉庫や地下室などに限られてくる。その片っ端から室内を確認して火があれば消していく。
というのが私の計画だった。
ウェスの言う緑色の炎だけ消せばいいのだろうけど、それがわかるのは彼女だけだし、一々彼女に火を見せて確認するより全部消してしまう方が早いと考えたのだ。
で、それを実行開始しようという今、騎士ウルガンと騎士ヤンジーの言葉。計画の作業要員として私は入っていなかったらしい。
「何を言っているの。私がここにいると警護のために誰かが残ることになるのでしょ? 無駄になるわ」
私はもぞもぞしながらドレスの中に隠し持っていた棒を取り出した。背の低い私でも棒があれば火を消すくらいはできる。
「さ、行くわよっ」
「王妃様……」
ここで問答は時間の無駄とばかりに私はスタスタと足を進めた。
何としても緑の火を消さなくては。




