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いつか陛下に愛を2の後  作者: 朝野りょう
いつか陛下に愛を(王宮の秘宝)編
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■20話■緑の火

 玄関に近い部屋で騎士達と娘ウェス・コルトンがいた。騎士セイルもいる。足手まといと言われながらも付いていったのか。

 そこには当然のことながら騎士ボルグの姿はない。騎士達に怪我はなさそうだったけれど、皆、とても動揺しているようだった。


「王妃様っ」


 私の姿を認め、がっくりとうなだれた騎士達の姿は、今ここに騎士ボルグがいないことにどれほど失意を抱いているのかを現していた。

 騎士ボルグは王妃付き騎士達の隊長であり、騎士達にとっては絶対的な存在だったのだ。

 そのボルグが、なぜ?


「騎士クオート、一体、何があったの?」


 騎士クオートの説明によると。

 騎士数名が夕刻、神殿へと入り込んだ。夜になれば神殿の正面入り口は閉ざされるためだ。神殿の壁沿いを定期的に神官が見回っていたらしいが、物影に潜んでいればやり過ごすことは簡単だったらしい。そうして騎士ボルグとクオート、そして騎士ロンダの三人がさらに神殿の奥へと侵入を果たした。警備も甘く、非常に簡単だったらしい。

 神殿の奥では神官見習いの女性が通りそうな回廊の庭影に潜み、ウェスが現れるのを待っていた。予想どおり、しばらく待つと彼女が通りかかった。数人の神官に囲まれて。その神官達は他の神官とは違い槍のような武器を持っていたが、騎士達には一目で十分にその武器を使いこなせる者ではないと判断した。それは敵に向けてというより娘を逃がさないための脅しのような役割が強かったのだろうと。

 騎士達は回廊へと走り、あっけなく神官達を倒した。彼等が娘を連れて神殿内を突破しようとしたその時、運悪く神官長が通りかかった。

 神官長とともにいた十数名の神官達はさすがに彼女についていた神官達より武術に長けているようだったが、その力量が騎士達を脅かすものではなく。騎士達はそのまま突っ切ろうとした。

 だが。


「ボルグよ、止まれ。その場を動くな」


 神官長がそう告げた途端、騎士ボルグは一歩も動けなくなってしまった。ウェスが言うにはそれが神官長の術らしく、結局、騎士クオートと騎士ロンダは娘を連れてその場を動けない騎士ボルグを置き去りにするしかなかった。娘の身の安全確保が第一だったからだ。

 騎士達は娘を連れて神殿を脱出し、神殿には数名の騎士が身を潜めたまま様子をうかがっているが、いまだ騎士ボルグの脱出の知らせはないという。


「ボルグだけ? ウェスを止めるのが普通でしょう?」


 私の口からは、つい、捕まったのが娘じゃなく騎士ボルグだったのが不満であるかのような言葉が突いて出てしまった。娘を救出に行かせたのは私だというのに。


「もちろん神官長は私にも止まれと命令しましたが、私には効かなかったのです。申し訳ありません、王妃様」


 うなだれる痩せた娘。ウェスは女性神官と同じように編んだ髪をまとめ、ほっそりとした身体を薄灰色の簡易な服に身を包んでいた。疲れた表情で、気丈に振る舞っている。

 それなのに、ずっと神殿から出ることができずにいた娘を労わることもせずに私は……。


「ごめんなさい。貴女が助かってくれてよかったわ。そのために騎士ボルグは神殿に向かったのですもの。でも騎士クオートでも騎士ロンダでもなく、どうしてボルグだけが……」

「名前、かも……しれません」

「名前?」

「昼間、王妃様が神殿にいらした時、ボルグ様のお名前を口になさいましたので、それがあの場にいた神官から神官長の耳に入っていたのでしょう。毎日何か新しいことがあれば細かく報告しているようですので。あの神官達は神官長がボルグ様に告げるような言い方で命令することはないのですが。私へは名前を呼んでボルグ様と同じようにしていました。今夜も、緑に燃える炎を持って。もしかしたら最初に従わせる時には名前が必要なのかもしれません」


 ウェスは名前に気がかかっているようだ。もちろんそれも気にかかるけど。


「緑色の炎って何?」

「神官長の持つ炎はよく緑色になるのです。王妃様と同じ色です」


 炎って赤から青、または白とかじゃなかった?

 緑色の炎ってあったっけ? 燃やす原料によるのかな?

 しかも、私と同じ色って……。私は自分のふりふりドレスを見下ろしたけど、どこにも緑はない。かわいいピンク色なのだ。究極に似合わない色の。


「王妃様の色とはどういうことですか? 確かに神官長が持っていた手燭は一瞬、強く光って見えましたが、白だったように思います。緑には見えないでしょう」


 騎士クオートが娘に尋ねた。その場にいて同じものを見ていたはずなのに、彼は緑には見えない。彼女には緑に見えるか、緑の意味を間違えている?


「一瞬? いいえ、ずっと緑でした。王妃様も……小さいですけど緑をお持ちです。仔犬様と同じ……」


 私が小さい緑色を持ってる? 何、小さい緑色って? それに今の私はピンクなドレスで、どこにも緑はない。

 しかも仔犬様と同じ……って。仔犬、様? 様?


「仔犬様って、喋る仔犬のことよね? あの茶色いぺっちゃん顔の足の太い、えらそうな喋り方をする仔犬の?」

「そ……そう、だと思います、王妃様」

「茶色い仔犬って、どう見ても緑色には見えないわよね? 茶毛だし。私も……」

「も、申し訳ありません。もちろん王妃様は美しいピンクのお召し物を着てらっしゃるのはわかっているのですが、私には王妃様のお姿の内に緑の光を持っておられるのが見えるものですから……」


 身体の中に緑の光? つまり、ウェスは色が判別できないとかいうわけではなくてオーラが見えるとかそういう特殊な人ということらしい。

 故王妃を祀るエテル・オト神殿で行われる王族の儀式では緑色の水というか酒が使用されていた。私は溺れてそれをたらふく飲んだので良く覚えているけれど。淡い緑色をしていた。

 つまり緑はあの仔犬に関係してるということなのだろう。私も関係者だからウェスには緑が見えるのか。

 ということは、騎士クオートにはただの白い火が彼女の目には緑に見える炎は、故王妃に関わるもの、ということ? 緑の火が、王宮の秘宝だったりするのでは? それなら、他人を従わせることができるのもおかしくないのかもしれない。


「その炎がなかったら、神官長は命令できないのじゃないかしら? 命令する時、緑色の炎がなかったことはあった?」

「いいえ。なかったと思います。神官長さまは昼間でも常に手燭をお持ちですから」


 神殿の中は確かに王宮とは違って明かりは少なく、薄暗い印象がある。だが歩きづらいほど暗いわけではない。お付きの神官をぞろぞろ引きつれて歩く神官長自らが手燭を持って歩く必要はないはずだ。それなのにわざわざ手に持つ。それは、大事なものだからに違いない。


「神官長の手蜀はいつも緑色なの?」

「いいえ、違います。私に命令する時はいつも緑ですが、それ以外は、あまり……この数日ではボルグ様に命じていたあの時くらいです」


 神官長は、命じる時には炎が必要と思われる。何かで緑の火にして、名前を口にすれば誰にでも命令し従わせることができるのだろう。ほぼ百パーセントの確率で。

 陛下が神殿を訪れる事は前もって神官長に連絡されていただろうから、陛下付き騎士達の名前を調べておくことはできたはずで。


「ちょっと待って! 神官達へは神官長が名前を呼ばなくても命令するだけで従ってしまうのよね? 一度従ったら、みんな神官達みたいになってしまうの?」


 あんな自我のないような人形のような存在に? でも陛下はそんな様子は少しもなくて、私のことを忘れているだけだけど。何度も私を忘れる陛下は、時間が経てばあんな風になってしまうの? それとも、また神官長が命令したら? 

 騎士ボルグは今神殿にいて、神官長がいつでも何度でも命令できる状況にあって……。


「すぐにというわけではないようです。私は四~五日に一度の割合で術のための命令を受け、少しかかったふりをしておりましたが。おそらく名を呼ばずに従うようになるには何度か繰り返す必要があるのだと思います」

「でもそれは貴女に命令が効かなかったからでしょう? あの場で神官長は騎士ボルグに何か他の命令をした?」

「我々がその場にいる間は動くなと言っただけです。動かない騎士ボルグを神官達が取り押さえているのは見ましたが、その後の事は……」

「早く、騎士ボルグを、助け出さなくては……」

「名前がわからない者であればいいのでしょう? 私が行って参ります。王妃様、ご命令を!」

「私にも許可をっ。騎士ボルグを必ず救い出しますっ」

「我々もっ、神殿内を撹乱させ騎士ボルグの脱出を補助します。ぜひ行かせてください、王妃様」

「王妃様っ」


 口々に騎士ボルグ救出への参加を願い出る騎士達。騎士ウルガンと騎士ヤンジーは私を護るためにここを動けないから黙っているけれど、その硬い表情が多くを物語っていた。

 騎士クオートの言うように名前がわからなければ神官長の命令は効かないかもしれない。

 でも、今は騎士ボルグが神殿にいる。

 神官長が騎士ボルグに命じたら、彼等の名前などすぐにわかってしまうのだ。そうなれば、騎士ボルグを救出に行っても、同じ事の繰り返しになるだけ。

 ウェスのように術にかからない者がいれば……。


「王妃様、私に行かせてください。私はおそらく神官長の術にかからないと思います」


 そう切り出したのは騎士セイルだった。ウェスの隣で彼女を支えるように立っている。彼女が自分のせいでと思い悩んでいるのを助けようと救出に立候補したというのもあるだろうけれど。


「術にかからないってどうして思うの?」

「期間は短いですが、私はあの仔犬と数日間一緒に過ごしたからです」


 あの仔犬、喋る仔犬を捕えて王都へ運ぶという任務を与えられた騎士四人は、今現在、動物に怯えられる生活を送っているというのだ。それはウェスも同じらしい。

 二か月が過ぎ、効力は薄れつつあるらしく厩に近付けはしても、騎士セイル達は馬に乗ることはできず。馬に乗れなければ騎士としての価値は半減し……被害は甚大だとのこと。

 喋る仔犬をめぐって、そんな苦労が彼等にあったとは。

 長く仔犬といたためにウェスが緑の炎に影響されないのではないかと騎士セイルは考えたらしい。


「それなら、私にも術は効かないかもしれないわね」

「王妃様、それは……」


 騎士ウルガンが慌てて声をあげた。

 いくら私でも、自分が行くなんて言わないわよ。術にかからないというだけで、何の役にも立たないんだから。


「騎士クオート、騎士ロンダ。変装して騎士ボルグを救出に向かって頂戴。騎士ボルグにもわからないように変装するといいかもしれないわね。神官長を見つけたら即座に逃げて、そこは騎士セイルに任せてみて頂戴。今夜は神殿が騒がしくても神様には我慢してもらいましょう」

「はっ」


 騎士達は再び神殿へと向かった。


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