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いつか陛下に愛を2の後  作者: 朝野りょう
いつか陛下に愛を(王宮の秘宝)編
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■19話■安心の理由

 陛下は突然やってきて、さっさと帰ってしまった。一体何しに来たんだろう。

 来た時は機嫌悪そうだったけど、何も言わないし。私を忘れる前みたいに、気分転換に来たとか?

 まあ、息子のヴィルにも会わせておかないと、あの子が父を忘れてしまうから早めに来て欲しくはあったんだけど。

 せっかく来たのなら何かわかったことを教えてくれればいいのに。ここに来た時のことは忘れてしまうみたいだから、それは無理か。

 でも、前回は私のことを忘れている風だったけど今回はちょっとは覚えているんじゃないかと思った。鬘のままだったから、陛下が感情を隠せないほどの衝撃を受けなかったからかもしれないけど。それでも、今日の陛下は全く知らない人への態度とは違っていたと思う。最初とは違って、私がわかりかけているような、感じだった。どこがどうとはっきり言葉にはできないけれど。

 陛下は何か思い出すきっかけというか、対処方法がわかったのかもしれない。だから、そういうのを確かめに来たのかな?

 よくわからないけど、陛下の方でも何かは進んでいるに違いない。

 私は父に会って興奮しているヴィルをあやし、何とか寝かしつけて寝室を部屋を出た。ヴィルは寝る時間だけど、私は今日はまだ眠れない。今夜は騎士ボルグ達が神官見習いの娘を救出してくる予定なのだ。

 隣の部屋ではリリアが茶を用意してくれていた。

 ちょっと休憩、と私はソファに腰をおろす。

 リリアは茶を入れたカップを私の前に置くと、とてもいい難そうに口を開いた。


「ティアお嬢様……」

「なあに?」

「お嬢様は元の家にお戻りにならないのでしょうか?」

「……」

「神殿からの帰りに投資場へ足を運ばれたと聞いております」


 バレてる。誰が喋ったの? 誰にも内緒でって騎士達には言っておいたのに。騎士達が美人に弱いのを忘れていた。


「それは、ほら……王都で長期滞在するには色々とお金が……」

「そのような心配は無用だとご存知ではありませんか。ノーデルエンのあの方がいらっしゃるのですから」


 あの方ってのは、陛下、ね。

 一応、王妃は失踪中なので、事務官吏ユーロウスは王妃の金をこちらに回すことはできない。で、今、私がここで暮らしていられるのは陛下が街娘ティア・オーエンスに特別に用立てているから。その理由だと割と簡単に大金が動かせるらしい。

 さすが国王陛下さま。

 私は王都に隠れ住む陛下の愛人ポジションという何だか妙な立場なんだけど、生活に困ることはないので特に文句はない。陛下の愛人なのだから金のことなど気にすることなく余裕で裕福に暮らせるのである。

 それなのに投資場へ行った。それは私がもう王宮へ戻る気がないのではないか。いずれ陛下の監視下から出て暮らすための資金を作ろうとしているのではないか、とリリアは考えたのかもしれない。


「あの方は色々と大変みたいだから、その……あまり負担をかけてはいけないでしょう?」

「お嬢様が投資場などといういかがわしい場所に出入りなさる方があの方のご負担になるのではないでしょうか」


 うっ。さすがはリリア、鋭いところを突いてくる。

 投資場は別にいかがわしい場所ではない。ただ、婦女子が出入りするに相応しい場所ではなく、確かに雰囲気もかなりよろしくはなかった。

 けれども、今後どうなるかわからないことを考えると、王妃の地位をあてにしてばかりでは危険だと思う。黒髪好きなロリコン陛下の愛人ポジションといっても所詮は他人の懐だから確実な手段とは言えない。今回の反省を踏まえ、今後、ヴィルと生活できる確実な資金源は王宮関係とは別に確保しておきたいわけで。

 こういうことはどう説明すればいいかなと悩んでいると。


「お嬢様は……お嬢様を忘れてしまわれた方を……お見捨てになるおつもりなのでしょうか?」


 王宮へ戻らないのかというのも気になっているみたいだけど。リリアが本当に訊きたいのは、これだったらしい。

 私を忘れてしまった陛下を見捨てるのか、と。リリアには陛下が私のことを忘れたとは伝えていないけれど。私に接する陛下を真近で見ていたリリアにはわかってしまったのだろう。そして、それを私が知っているということも。

 でも、見捨てるって、ねぇ?

 忘れられてるのは私なのに、リリアは全面的に陛下の味方らしい。


「あの方は、その……そのうち私達を迎えに来る、らしいのよ。だからね、それまでに『へそくり』を作っておかないといけないのよ」

「『へそくり』とは何でしょう?」

「妻が夫に内緒で貯めておくお金のことよ」

「そんなものが、どうして……」

「あって損はないわ。例えば、もしも今あの方に何かあったら、あの方もヴィルも私が養わないといけないでしょ?」

「あの方を……お嬢様が? 養う? あの方を? あの、……あの方を……?」

「だからっ、例えば、よっ。例えば! 人生、いつ、何があるかわからないでしょっ」


 リリアはうわ言のようにブツブツと呟いた。動揺しているリリアは珍しいけれど、その内容はちょっと恥ずかしい。

 だから、ね、リリア。

 保険は必要なんだって言いたかっただけなのよ、うん。この国の王位がゆらぐことがあるかもとか思ってるわけじゃないわ。それに、何も国王陛下を養うほどがっぽり稼ごうとか考えているわけじゃないから。

 わかる? 例えが悪かった? ただの例、だから!

 と思いながらも、驚きすぎて言葉を失っているリリアにうまく説明できそうになくて。私がどう説明しなおそうかと悩んでいるうちにリリアは「あの方を、養うお覚悟で……」とか呟きながら部屋を出て行ってしまった。

 いや、そんな覚悟とかじゃなくて例えばなのよ、と思いながらリリアを見送った。話はうやむやになったから、よかったのか悪かったのか。

 リリアには家庭における『へそくり』の重要性に対して理解は得られなかった気がする。けれど、投資場へ行った件は、忘れてくれそうな気がした。


 陛下に忘れられているから、私が陛下を捨てるかもってリリアが考えるのはおかしくないんだろう。

 でも、陛下は私を忘れていても、私を見捨てたりはしない。

 だから私が陛下を捨てるとかそんな発想は出てこない。私は王妃で、息子は王太子だから。

 もちろん最初はそうは思ってなかったし、見捨てないなんてわからなかった。

 偽使者の言葉を聞いて陛下を疑ったし、そっちがその気なら私だってと思いもした。

 でも。ここに会いに現れた陛下は私を忘れていて、全くの他人の顔で私を見下ろしていた。私のことを覚えてないのに、それでも陛下は黒髪好きでロリコンなのは変わらなくて。妙に納得してしまった。陛下は陛下なんだな、って。

 それまで溜まっていた怒りとか不安とかを全てふっとばしてしまうくらいに。

 でも、それだけではなかった。

 陛下は私に関しての記憶がないというのに、私に近付こうとする。触れようとする。私を抱き締めようとする。

 陛下はよく私を抱き上げていたから、反射的にそうしたくなっていただけかもしれないけど。そういう風に陛下が自分に私を引き寄せようとするのが、嬉しくもあり、少しだけ胸が痛んだ。

 陛下は自分の記憶を探ろうとしていたんだろうけど、それは、私を探しているように思えた。思い出せなくて、私がいるのにわからない。戸惑いながら、触れて、確かめようとして、それでもわからない。そんな感じ。

 それに、陛下は私のことなんて知らないって態度なのに、やっぱり触れる手や腕は変わらないから。何というか、陛下に触れられると謎の安心感みたいなのがあって。こんな状況にあっても、陛下に触れられたり、抱き締められたりするのは、私の精神安定的に大きな影響を与えていたと思う。私は私でここにあればいいと思わせてくれていたから。

 陛下がここへ訪ねてきてからの私は、実際にこんなに複雑なことを考えていたわけじゃない。言葉にしようとするとややこしい事になるけれど。陛下の態度から安心していいんだと思っていた。

 無表情に装っていても、そばにある空気と触れる温もりから伝わるものは、案外大きいのだと思う。


 でもお金を増やそうとしてしまうのは、単に私が貧乏性なだけのこと。王宮にいる間は王妃業やってたけど、ここではその時間があるわけで。陛下を養うってのは冗談にしても、将来ヴィルが大きくなった時のために使える資金も確保しておきたいし。これでも何かと考えてるんだけど、リリア達は王妃が金の心配をするのはおかしいと思っているので困る。陛下や王宮の側近達に許可を得て支給してもらう資金なんて、私の自由になるお金じゃないのに。そんなことはわかってもらえない。もちろん陛下にも。

 だからこそ、今が絶好の機会だった。

 いつも私を忘れてしまう陛下も心配は心配だけど、それはそれ、これはこれ。

 保険って大事よ、うん。

 自分の結論に満足しながら茶をすすっていると、慌ただしく騎士が部屋へと駆けこんで来た。


「ただいま騎士クオートが娘を救出して帰って参りましたが……騎士ボルグがっ」

「騎士ボルグがどうしたの!」


 騎士が部屋へ駆け込んできた。

 神官に騎士ボルグが負けることはないだろうけど、神官をできるだけ傷つけないために剣を携帯せずに侵入する予定だった。もしや、そのせいで怪我を負ったのでは。


「騎士ボルグが捕らえられてしまったそうです」


 あの、騎士ボルグが?

 私とヴィルのため警護に残っていた騎士ウルガンと騎士ヤンジーも驚きを隠せないようだった。唖然として言葉がない。

 私は玄関へと駆けだした。戻ってきているだろう騎士達の元へ。


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