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いつか陛下に愛を2の後  作者: 朝野りょう
いつか陛下に愛を(王宮の秘宝)編
25/37

■17話■欠けた時(side陛下)

 王宮から王の命令書を持ちだした王宮官吏が特定された。

 その官吏を捕え、詰問しようとしたところで男は服毒自殺を図った。即効性ではなかったため一命は取り留めたものの、本人から事情を聴ける状態ではない。

 男の家族も同僚達も、皆が口をそろえて非常に仕事熱心な真面目な人物だと言い、国に背く行為に加担するなどとても信じられないと言うらしい。だが、実際に使者のしるしと破棄するはずの命令書を王宮外へ持ち出したのが彼であることはほぼ間違いない。

 一方、偽使者のイスルは騎士として地方の騎士団に所属していた事もあったが評判のいい人物とは言い難く、こんな地方で燻っているような存在ではないといって王都へ出たという。その果てに偽の使者となったのだろうと推測される。だが、イスルが首謀者とするには、無理があった。彼が王宮官吏と接触した形跡がなかったからである。

 王宮官吏とイスルは直接会っていたのではなく、間に何者かが介在しているらしい。

 何者かが王宮官吏から情報を入手し、精巧な使者のしるしを偽造し、イスルを偽使者に仕立て上げたのだ。

 イスルも王宮官吏も服毒自殺に使用していたのはケルテと呼ばれる毒草を煮詰めて作った極めて簡単な毒だ。誰にでも簡単に作れるため入手経路は特定できないが、二人とも同じ毒で自殺を図っていることが非常におかしい。王宮官吏はともかく、イスルならば他にいくらでも簡単に死ねる致死毒が手に入ったはずだからだ。

 二人の間には何の接点もなく、共通点もなく、首謀者への手掛かりは途切れたかに思われた。




「近頃、陛下は王妃様をお呼びにならないのですね」


 国王付きの騎士ラシュエルが執務の休憩時にそう口にした。

 とうとう王には王妃に関わる記憶がないと知れるようになったかと思ったが。騎士ラシュエルが見ていたのは、同僚である騎士カウンゼルだった。彼はカウンゼルへと探るような眼差しを送っている。

 

「王妃は失踪中だ。今、ここに呼ぶことはできぬ」


 そう答えたが。

 騎士ラシュエルは騎士カウンゼルに対し、同意を求めるように話しかけた。


「ですが、王都におられるではありませんか。常であれば、こうした情報は騎士カウンゼルが小まめに陛下のお耳に入れていたはずですが、ね。アログィ王墓へ行く前ならば」


 ゆっくりとした騎士ラシュエルの言葉に耳を傾ける。

 国王付き騎士の一部は王妃が失踪中といいながらも王都のどこかにいることを知っている。騎士カウンゼルは王妃付き騎士との連絡役でもあり、以前なら王妃の動向を休憩時などに口にしていた。

 王妃に関する情報を脳裏に思い浮かべようとするだけで、苦痛にも似た軋みを感じる。

 咄嗟にその症状から逃れようと意識が逸れ、騎士ラシュエルの言葉までが薄れていきそうだった。

 それを留めるためにも騎士ラシュエルに集中する。

 その顔には苦々しい表情が浮かんでいた。

 騎士カウンゼルが王妃に関することを口にしないのはおかしいと騎士ラシュエルは不審に思っている。そして、それを王に知らせようとしているらしい。

 同僚の発言に騎士カウンゼルは何も答えない。言葉をなくすほど、ひどく混乱しているようだった。

 王妃に関する記憶がない己には、騎士ラシュエルの語る状況に覚えはない。だが。


「騎士ラシュエルはアログィ王墓へ行っておらなんだか」

「はい」


 騎士ラシュエルはアログィ王墓へ同行しなかった。同行した騎士カウンゼルは、今、騎士ラシュエルから探るような目を向けられている。

 騎士カウンゼルは王妃の記憶を失っている、ということではないのか。

 王妃という存在があると知ってはいてもそれだけであり。事、王妃に関しては長く考えることができない。

 そうなったのは、己だけでは、ないのか。

 己に異変が起きたのは、あの日なのか。

 アログィ王墓へ出向いた、あの日。


「騎士カウンゼルは余とともにアログィ王墓へ向かったのであったな」

「はい」

「その後、どうしたのであったか?」

「水門をいくつか確認なさりながら、エテル・オト神殿へ向かわれました。神殿が王都内の水量分配に細工をしている証拠を押さえ、問いただすために」

「そうであったな」


 あの神殿は王家と国を護る特別な神殿と思いあがっていた。

 水をつかさどる神を祀っているためか王都の水は神殿の存在があってこそ保たれていると主張している。水路の分岐点を神殿への寄贈が多い者に多く渡るよう細工していたのだ。

 それを正すために神殿を訪れた。

 何も不審な点はないように思われたが。


「神殿では故王妃様のご遺体を確認なさり、アログィ王墓へひそかにご遺体を移す予定でした。計画は中止になったと聞いております」


 騎士ラシュエルが告げた内容は、思考の混乱を起こさせた。

 故王妃の遺体を確認?

 仔犬の王妃とよばれた故王妃は、伝承では自らの身体を作り出すことができ、身体が死してもその存在は消えず、新たに身体を作りこの世に生きることができる不死の存在といわれている。死んだ後も生前のままの姿を保っていた特別な遺体。

 その故王妃の遺体は、エテル・オト神殿の奥に納められている。

 その遺体をアログィ王墓へ移す予定だったと耳にすれば、確かにそうだったと思い出す。

 騎士ラシュエルが口にするまでは少しも思い浮かばなかった事だ。

 王妃に関すること以外にも、忘れていることがあるのか?


「故王妃の遺体は、神殿の地下に納められていたのを確認したのだったな、騎士カウンゼル?」

「はい。生前の御姿そのままの、御美しい寝顔でございました」


 そのカウンゼルの言葉に、冷やりとする。

――生前の姿そのままの、美しい寝顔

 その言葉がそっくりそのまま脳裏に浮かんでいたからだ。そして、その言葉以外、何も浮かばないからだった。その時の情景もその姿も思い描くことができないにもかかわらず、言葉だけがそこにある違和感。

 それは……。

 一瞬、掴んだはずの感覚が、霧散する。

 途切れる思考を繋ごうとするが湧きおこる不快感はその気を削いでいく。


「騎士ラシュエル。余はその計画を中止したが、その理由は何だったか?」


 淀んでいく思考に抵抗するように言葉を発した。

 アログィ王墓へ向かった理由、神殿へ向かった理由、美しい寝顔の故王妃の遺体。


「今のままエテル・オト神殿にあるのが故王の望みであり、故王妃様のご遺体を他所へ移すべきではないと陛下が仰いました」

「自殺を図った王宮官吏は、エテル・オト神殿と関わりがあったか?」

「……あります。神殿の調査にあたって何度か訪問しているはずです」

「……陛下……」


 問いに答える騎士ラシュエルと、言葉に詰まったままの騎士カウンゼルの態度は大きく異なっていた。

 覚えている者にすれば簡単なことが、何と掴みどころのない不確かなものであることか。

 わかっているはずの事が、深く掘り下げようとした途端に霧のように形のないものへと変化するのだ。歯痒いどころではない。

 役に立たない頭など切り捨ててしまいたいくらいだった。

 何が正しいのか、何が正しくないのか、己では判断できないというのか。


「騎士ラシュエル。アログィ王墓へ向かった日、余が何をしていたか、詳細を報告させよ」

「はっ」

「騎士カウンゼルはその詳細をもとに、記憶をたどり風景や会話などが思い出せない不確かな場所や時間を洗い出せ。神殿で故王妃の姿を確認した時の詳細は思い出せまい。それと同じようなところを見つけ出すのだ」

「はっ」

「騎士カウンゼルと同様に一部でも思い出せない者が他にいないか探せ」

「はっ」


 そう命じたものの思い出せないのは己も同じだ。

 エテル・オト神殿で、故王妃の遺体が安置されている場所を確認した。その姿を見た。そう覚えているというのに、どんな場所に安置されどのような警備状況であったのかを思い出すことはできない。生前の姿そのままの美しい寝顔だった、という言葉のみ。

 王妃のことだけでなく、欠けている記憶があるらしい。

 エテル・オト神殿についてか、故王妃に関することだろう。

 記憶の鍵は、王妃、なのか。

 そして、記憶が欠けている者はどれほどいるのか。

 騎士カウンゼルだけなのか、あの日、アログィ王墓へ向かった者達なのか。

 あの日、何があったのか。

 一部の記憶が欠けている、それだけのはずだというのに。どんよりと濁った頭の中が、じわじわと爛れて、少しずつ腐っていくような錯覚を覚えた。



 そんな執務室に。

 特徴のある官吏が顔をのぞかせた。

 空き時間とはいえ、この重い空気の執務室に入ってくる無神経さは何かを思い起こさせ、緊張を緩める。


「ティアは、どうしているか?」


 気がつけば、官吏へ問いかけていた。

 そういえばこれはティアの家を訪ねろと煩く言ってくる官吏だった。

 うっかり声をかけるとは、王宮を出たいとでも思っているのかと自嘲する。


「ティアお嬢様は、本日、エテル・オト神殿へお出掛けになられる予定です。この時間ですと、もうお戻りになられているでしょう。そろそろもう一度いらして」

「なんだと! 外出したというのかっ」

「はっ……はい……」


 国では有名な逸話のある神殿であり、小娘が神殿に参るのは何もおかしなことではないのだが。

 なぜ今、よりにもよってあの神殿へ向かうのか!


「なぜ止めなかったのだ!」

「……ティアお嬢様で、ございますので……」

「あれを勝手に出歩かせるでないっ」

「はい、陛下」


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