■14話■王の騎士達
陛下付き騎士達を探ってもらった結果、少なくとも騎士カウンゼルと騎士ナイロフト、騎士ダリオスの三人は王妃の名を忘れていることが判明した。
彼等が忘れているといっても、王妃がいることは知っており、王の側で何度も王妃を目にしているので王妃の事を知らないはずがないと自分では思っているらしい。
だが、王妃様の名はと尋ねると、とっさに名は出てこないようで、王妃様のお名を口にすべきではないと言葉を濁す。そして、王妃様はあの容姿で陛下の寵愛を独り占めなさっているのだからおかしなものだよなと言ってみれば、戸惑って黙りこむ。といった具合だったらしい。
「尋ねた時は騎士カウンゼルも戸惑っていたはずが、翌日には王妃様の話をした事すら覚えてないようだったと調査にあたった騎士ロイドが答えておりました」
「そう……」
騎士カウンゼルは、私が王妃になる前までは騎士ボルグ達を束ねる妃付き騎士達の上官だった。王妃付き騎士達が王宮騎士の中で独立した騎士隊となった後も、王妃付き騎士達が孤立しないようカウンゼルは何かと気を配ってくれていた。
そんなカウンゼルが王妃のことを忘れたと知るのは騎士ボルグにも苦い事実であったらしい。
騎士ボルグの声も暗い。
ボルグ、ウルガン、ヤンジーには陛下が私を忘れてしまっていることは伝えていた。それについて外に漏れないよう気をつけて欲しいと。だから、陛下がまた来てくれた時には騎士達が陛下と距離を置くように配置してくれたはずだけど。
今回のカウンゼルの事を知れば、王妃付き騎士達には陛下が同じなのだと推測するのは容易いだろう。
「皆、陛下のこと……」
「我々はこの家に滞在しておりますので陛下にお会いする機会はなく、むろん、陛下のことを口にする者はおりません」
ボルグはきっぱりと言いきった。
陛下はこの家に来てはいないと、騎士達は絶対に口外しないのだと。
王宮を出て、こんな場所で身を潜めて行動している彼等に、注文ばかりだというのに、彼等が私に従ってくれるのは、こうしたボルグの姿勢があるからなのだろう。
「ありがとう。他にそういった騎士はいないか、何日かして私のことを忘れる騎士がいないか、引き続き調べてもらえる? 事務官吏ユーロウスにも官吏達の中にそういう人がいないか調べてくれるように伝えて」
「はっ」
陛下の周辺で私のことを忘れる人が増えていく可能性もあるかもしれない。皆、私を忘れていくのかも……。王宮の秘宝のせいで?
「……王妃様」
「何? 何か気付いたことがあるの?」
「陛下付き騎士の中でも四人の騎士が交代で常時陛下のそばに付き従っております。大抵の場合、二人ずつが組み、交代で。騎士ナイロフト、ダリオス、カウンゼルはその四人のうちの三人です」
私を忘れたのが、陛下のそばの四人のうちの三人。やっぱり陛下から感染(?)してしまったのだろうか。
しかし、陛下以外に同じ症状があるんだから、私のストレスで陛下が私を忘れたという線はない。陛下の言ったとおり、私のせいではなかった。喜べることではないけど。
私は頷いて騎士ボルグに話の先を促した。
「私の知る限りですが、陛下のそばに三人付く場合があります。それは陛下が外出なさる時です」
そういえば執務室ではいつも陛下の側には騎士が二人ついていた。もちろん執務室には他にも騎士がいるけれど、陛下との距離が違う。
外出する時は陛下の側につく騎士が三人になるのか。
陛下がここへ来た時は、騎士は三人もそばについてなかった。でもそれはお忍びだからなんだろう。
通常の公務で王宮を出る場合に三人つく。なら、陛下と騎士達が公務で王宮を出た時に、私を忘れる病にかかった?
いや、病とかではなく、外出先で何かがあった可能性がある? 本物の魔法はないとしても、洗脳や催眠術とかなら……。
でも、相手は陛下だ。
そう簡単に催眠術なんてかけられるはずがない。
それは前にもそう思って却下したんだったけど、可能な方法があるとしたら?
公務で王宮を出たところで、陛下と騎士三人だけになる時なんてあるだろうか。
「陛下が彼等と外出したのは、いつかしら」
「王妃様がフォル・オト神殿に出立なさる四日前、アロヴィ王墓とエテル・オト神殿に向かわれました」
アロヴィ王墓とは、この国の歴代の王様の墓の一つだ。ここでは死んでしまえば遺体はただの抜け殻と考えられ、土に還されたり、場所によっては火葬されたりする。身体から解放された魂はそばにいてくれる、で、役目を終えた肉体は獣を集めないようにして自然に還すわけだけど。
でも、王様は違う。
神のような存在である国王の場合は魂を失った肉体にも特別な力が宿っていると考えられており。王墓はそんな力を手に入れようと考える輩から国王の亡骸を護るためのもの。
だから、王墓は金銀財宝ザックザクではなく、いたるところに罠が仕掛けられているらしく。故人を悼む目的で造られたのではない。
そして、エテル・オト神殿。私が向かったフォル・オト神殿と同系の神殿だった。
その名のオトという水の神様を祀っているのだけれど、エテル・オト神殿は仔犬の王妃を祀る神殿としての方が有名だ。王族を護っていると伝説で伝えられている仔犬の王妃を祀っているため、国王から特別な待遇を受ける唯一の神殿であり、他の神殿とは大きく異なる。以前、陛下の儀式がそこで行われる時、儀式に参加するために私も訪れたことがあるけれど、あまりいい印象はない。
アロヴィ王墓もエテル・オト神殿も、ともに王様に関わりのある場所ではあるけれど、そんな場所に陛下が何の用があったのだろう。先祖の墓参りというわけではないだろうし。
「そこへ行った理由は?」
「視察、と」
視察、つまり、表向きには大した理由はないということだ。でも、気分転換に向かう場所ではない。
以前、エテル・オト神殿で陛下が儀式を行った際、暗殺者が入り込んでいて騒動になったことがあった。私は儀式の過程で酔っ払ってしまい、気分が悪かったこと以外はほとんど覚えていない。でも、その儀式の後、陛下は王族が訪れる場所であるにもかかわらず危機管理が杜撰だと漏らしていた。怒ってもいたと思う。だから、王家とのつながりが深いといいつつも神殿と王宮は良好な関係ではないんだなと思った覚えがある。
そんなエテル・オト神殿は、王宮の秘宝は仔犬の王妃と深い関わりがあると思われ、かなり怪しい。
王家を護る神殿であれば、国王とごく少人数しか入れない場所があってもおかしくないからだ。
例えば、神殿に王宮の秘宝が隠されているとして、そこへ陛下達が確認に行ったのだとしたら。他の騎士達は、部屋の外で待たされてもおかしくないような気がする。
そうしたら、陛下と三人の騎士と、おそらくは上位神官だけとなる空間が生じる。
神殿にまた不審人物が入り込んでいて、陛下達に催眠術をかけたとしたら? 神官の中に不審人物への協力者がいる? いや、不審人物ではなく、上位神官の誰かが催眠術をかけたとしたら?
何のために?
陛下達が私を忘れたからといって何になるというの?
催眠術をかけるなら、もっと有益な内容であるべきだと思うのに。
陛下が忘れているのは私だけで、偽の使者は私を殺そうとしていた。
この神殿には私に生きていてもらっては困る人がいるということなんだろうか。陛下に催眠術をかけるという危険を冒してまでも、私を排除しなければならない理由が?
「エテル・オト神殿に行ってみるわ」
「はっ」
まったく見当違いかもしれないけど、エテル・オト神殿の様子を見に行ってみることにする。
アロヴィ王墓も国王の亡骸を護っている場所だから、神殿と同様に奥には陛下と三人の騎士しか入れない部屋があってもおかしくなくて、神殿と同様の条件がそろう。
ただ、エテル・オト神殿は一般人が入れる場所だけど、アロヴィ王墓は一般の人は容易には近付けないという違いがある。近くをウロウロして怪しい者とみなされれば、捕えられ牢行きになってしまうのだ。近づくにはそれなりの理由が必要だった。
とりあえずエテル・オト神殿へ行ってみて、それから、次を考えよう。
神殿の前情報を騎士ボルグやリリアから聞いておかなければ。
陛下は大人しくしてろって言っていたけど、これくらいなら大丈夫でしょ。
王都に来た小娘が有名な神殿を訪れるのは全然おかしくないはずなのだから。
大丈夫、大丈夫。これは名所巡りだから。うん。




