■13話■交換条件
「王宮の秘宝って何?」
「……」
私はにっこりと笑顔で尋ねた。
陛下がやっと来てくれたんだから、王宮の秘宝とあの陛下が書いた命令書について教えてもらわなくては。
そう思って笑顔にも力を込めたのに、陛下は答えてくれず無言のまま。でもこれは絶対に知ってる顔だ。いや、陛下の表情に変化はないけど、きっとそうに違いない、雰囲気。
私は王妃なんだし、偽使者が持っていた書類で陛下は王宮の秘宝の喪失を私のせいにしてるんだから当事者でもあるわけだから、教えてくれてもいいと思う。
さて、どうやって引き出そうか。
「王宮の秘宝が失われたのは私のせいだって陛下が書いていたのよ? 私が何も知らないのをいいことに罪をなすりつけるなんて、卑怯なやり方だと思わない?」
そう詰め寄ると陛下は眉間に皺を寄せた。
無表情を貫いていたけど、さすがにこの言い方は気に触ったらしい。
でも、変化は一瞬のことで、表情はまた元に戻っている。口を開かない気らしい。
この無表情な目で私を見る陛下の様子は、最初に会った頃の陛下がこんなだったかもしれないと思った。
無表情は、まあ、機嫌がよさそうには見えないわけで。態度が偉そうで、威圧的で、大きな体格だから恐そうでもあって、氷のような目で見下ろす陛下の感じの悪いことといったらなかった。
でも、思ったほど冷徹人間というわけでもなかった。いつからか態度は和らいだのだけれど、何が原因だったのかはわからない。いつ変わったかもわからなかったくらいだから、私にその理由がわかるはずはない。
が、陛下ロリコンだから、私には甘かったのかもしれないと思う。お気に入りの黒髪が、間近に見られるし。
ロリコン路線か、この髪か……。
「王宮の秘宝が何なのかを教えてくれたら、この髪を触ってもいいわよ?」
とりあえずロリコンの黒髪で釣ってみた。
我ながらすっごくバカバカしい交換条件を提示していとは、思う。
それはわかってる。十分すぎるほどよーくわかっている。
しかし私には他に有効な手がなかったのだ。
陛下と夫婦になって一年も経っているというのに、陛下の弱みの一つも握っていないのだから、妻としては怠慢だったか。
が、今頃反省しても遅いわけで。
たいした球でなくとも打つしかない。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる作戦!
って、次、考えてない。次は……どうしよう。髪を脱色する宣言とかしてみようか。
「……では、ここにくるがよい」
次の条件を考えている間に、陛下が乗ってきた。
で、ここにと言いながら陛下が手で叩いて示したのは、陛下の前のテーブルで。陛下と私の間にあるから私の前でもあるけど。
そこ座るとこじゃないですけど。
いや、それよりも。
この黒髪、そんなに好き!?
陛下……実はむっちゃくちゃ好きだった、のね。
陛下は無表情のまま待っている。
こんな提案に乗ってくるとは、言った私の方が驚いた。でも、教えてもらえるんだから何でもいいわ。
私はよいしょとテーブルの上に乗り上がって、陛下の方へ向かって正座したままずずいっと進んだ。
でも、陛下の顔はやや険しく歪んでいるように見えた。わずかだけど。
髪が見えやすいように後ろ向きの方が良かった?
と尋ねようとすると、先に陛下が怒鳴り声をあげた。
「誰がそこへ座れと言った! テーブルは上るものではないと子供でも知っておるわ! ここへ来いといっておるのだっ。そこでは遠すぎるであろうが」
酷い。ちゃんと靴脱いで上がったのに。
テーブルに上がるのが悪いことだって私だって思うけど、陛下がここへって言ったから乗っただけよ。私だって普通はしないわ。
たぶん、ちょっと陛下の言葉の意味をとらえ間違えただけじゃないの。そんな時もあるわよ、母国語じゃないんだから。
それに結局、陛下はこの黒髪をもっと近くで見たいだけなんじゃない!
ブツブツと不満を日本語で口にしながら、テーブルを降りて陛下の方へと回った。
でも、むしゃくしゃしてたのでテーブルを乱暴に押しやり、陛下の片膝に軽くお尻を乗せるようにしてドンと座った。
はい、どうぞ!
これでよく見えるでしょ、陛下の大好きな黒髪がっ。
「……そなたは……」
陛下は何か言いたそうだったけど、するりと髪紐を解いた。髪が解放され、引っ張られていた頭皮が緩み、私の怒りもちょっと静まる。
陛下は、私への不満があっても黒髪への衝動は押さえられなかったと見える。
ふっふっふっ。勝ったわ。
それからは陛下は何も言わなかった。何をしてるのかは見えないけど、相変わらず陛下は髪の毛を丹念に見ているらしい。髪を引っ張ったりはしないけど、指に絡めて触っている。頭に陛下の息もかかるので、顔を寄せて見てるのだろう。
ものすごく変態的。この黒髪好きは相当だ。
「陛下、で?」
「何だ?」
「王宮の秘宝よ。教えてくれる約束でしょ?」
「そんな約束をした覚えはない」
何ですって?
ピキッと私のこめかみに怒りが走る。
あのやり取りなら約束したも同然でしょ?
詐欺の手口ね。そうなのね? 姑息な手をっ。
「教えないつもり?」
「そなたが知る必要はない」
「私はその王宮の秘宝のせいで変な使者に絡まれたのよ? 知らなくていいことじゃないわ」
「……」
「どうしても教えてくれないなら、この髪をバッサリ切って、今後、陛下になんか絶対に見せないし、触らせないからっ」
私が陛下の膝から立ち上がろうとすると、陛下は即座に抑え込んできた。
なにくそともがいて、足掻いて、ジタバタする。が、大きな腕で囲まれてしまえば私が身動きなんてしても大した抵抗にもならなくて、悔しい。
でも、このまま大人しくおさまってしまうのも癪に触り、私は頭を振り回したり身体をねじったりして全身で暴れまくった。
「そんなことが許されると思うか?」
陛下がすぐ頭上で囁く。
その余裕の声にむかっときた。こっちは必死で動いてるっていうのに、全然ビクともしないどころか、陛下は楽々で余裕まであるのだ。
うーっ、悔しいったら。
「陛下、ここには出入り禁止! もう家に入れてあげないわっ。黒髪も絶対見せてあげないんだから!」
「ならば王宮へ連れ帰るか」
王宮に戻っても別に問題はないとは思うけど。こういう負けは気に入らない。
大きな男が、かよわい女性にこういう力でくるのは、どうなの!
と俄然ジタバタあがいていると。
コンッコンッとノックが鳴り。
「入れ」
陛下が勝手に答えている。
ここの主人は私よ!
それにっ。ちょっと待って。この状態で?
「陛下、そろそろ王宮へ……」
そう言いながら部屋に入ってきたのは陛下付きの騎士カウンゼルだった。その横には騎士ボルグの姿も見える。
でも騎士カウンゼルは戸口で固まったままだった。
陛下の膝の上に私が座ってて抱きしめられている態勢なのだから、それも無理はない。
でも……。
「大人しくしておれ」
陛下は小声でそういうと腕を離し、私を解放した。
私が立ちあがり振り向くと、陛下は既に立ち上がっていた。私を見下ろす目は面白そうに笑っているようだった。
なんてこと。
陛下ってば今回もはぐらかしたのね!
「解決するまで大人しくここで待っておれ」
そう言うと、陛下は部屋を出て行った。
解決するまで……。
そうすれば迎えに来る、そんな意味に聞こえた。
何が解決するまでなのか。偽使者の件なのか、陛下の記憶の件なのか。それはわからなかったけど。
私は騎士ボルグを部屋へ呼んだ。
「気がついた? 騎士カウンゼルの反応に」
「はい」
騎士カウンゼルは先程とても驚いていた。目を見開いて、私を見ており。それは普通の驚き方ではなかった。陛下と私の態勢が問題だっただけではない。まるで陛下が私の黒髪を見た時のようだった。騎士カウンゼルは私をよく見知っているというのに。
「騎士カウンゼルの様子を調べてみて頂戴。他の陛下付きの騎士達も。彼等が王妃の名を知っているかどうかを」
「……はい」
私のことを忘れているのは、陛下だけではないのかもしれない。
陛下の周辺で何かの病が流行っているの?
私を忘れる病が?
それは、私はここにいるべき存在ではないから……?




