■6話■密談
本日、おしゃれをしてお出掛け。
いつも仕様ではなくお出掛けモードの過剰ふりふりフリルのドレスを身にまとい、私は事務官吏ユーロウスと落ち合う場所である子供洋服店に向かっていた。
確かにユーロウスに会って直接話を聞きたいのは山々なんだけれども。
このフリフリは……趣味が悪すぎる。
「このドレス……他のもっと違うのがよかったわ」
「ええそうですわね。この先の店ではきっとティアお嬢様のお気に召すドレスが見つかりますわ。王都でも評判の店と聞いておりますので」
馬車から降りて店までの道のり、リリアはさらりと返事を返してくれたけれど。
私のはお店に向かうための偽装的会話じゃないの。本当に、こういう似合わないフリフリは嫌なのよ!
そう顔で訴えてみたけれど、張り付いた笑みで返される。
こんな似合わない格好だからみんな変な目でみてるような気がする。もちろんそんなのは気のせいで、私が思うほど他人のことには気を配らないものだとはわかってる。わかっているけれども。
「今日のドレスも良くお似合いです」
騎士ヤンジーが愛想よく褒めてくれた。けど、似合わないのがわかってる時にその言葉は逆効果なのよっ。
ささくれ立った神経を刺激され、唇を突き出していると。
「さあ、機嫌を直してください。お嬢様にお似合いな可愛らしいドレスを作ってもらいましょうね」
リリアの言葉も微妙に子供向け。
ううっ、三十前なのに……カッコ悪いぃ。
私は黙って頷いて、でもむっつりしたままお店へと入っていった。
店の中ももちろんフリフリなもので一杯だった。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
出迎えてくれたスラリとした美女に私達は店の奥へと案内された。この美女といいリリアといい、ここの女性ときたら……遠い目になりながら、奥へと歩いた先。
そこには事務官吏ユーロウスが待っていた。
「これは、これは…………、良く…………お、似合いで……」
必死で吹き出すのをこらえる事務官吏ユーロウスに、思わず私の足も止まる。
これが正しい反応なのだろう。
だがしかし。
腹立つ! むかつく!
私が貴方の上司の王妃だってわかってるんでしょうね?
社交辞令でもやっぱり騎士ヤンジーの対応が一番いい。
ユーロウスは顔をそむけて笑いをかみ殺していた。
「どうなっているのか、早速、聞かせてもらえるかしら?」
ヒクヒクと口端を引きあげ、私は冷静を保ちながら告げる。リリアは一足先に戻り、部屋には騎士ヤンジーと事務官吏ユーロウスが残された。
こうして事務官吏ユーロウスとの密談がはじまった。
事務官吏ユーロウスから、まず王宮側が知っている情報を教えてもらった。
陛下が私に使者を送ったという事実はなく、つい先日その知らせを受けて調査がはじまったばかりなのだという。
「でも、あの使者は陛下の使者だというしるしを持っていたのよ? 陛下の命令書も」
使者が偽物だったなんて。あの使者しるしはそう簡単に複製できるものではない。それを見る機会は限られるのだから。
使者が偽物なら、あの命令書は? あれも偽物? でもあれは……。
「それを今、調査中です。使者が偽物なのですから、陛下の命令書は偽造された可能性は高いでしょう。しるしが本物であれば、王宮内に偽使者の協力者がいることになります。ですから陛下付き官吏がピリピリしていますよ」
「そう」
「陛下の命令書には何と書かれていたのですか? 騎士ヤンジーの話では文書のデザインや陛下の署名を見る限り本物のようだったということでしたが」
「王宮の秘宝がなくなったのは私のせいで、私が責任を負うべきだって書いてあったわ。使者がその責任をとれって言って剣を抜こうとしたのを、騎士ボルグ達が護ってくれたのよ」
「そうでしたか。ご無事でなによりです」
ユーロウスが命令書の内容を知らないということは、その情報を王宮では把握していないということになる。
本当に、あの陰湿男は陛下の使者ではなかった。陛下が私の死を望んだわけではない。
それなら、戻れる。
そう思うのだけれど。何だろう、この違和感は。
「王宮では私とヴィルは行方不明ということになっているのよね?」
「はい。でもその情報は調査のため一部の者に限られています。ですから多くは王妃様と王太子殿下はまだログトの街近辺でお過ごしだと思っているはずです」
私がいなくなったからって王宮中が大騒ぎになるわけじゃない。王宮の外に知られたくないのならなおさら。
でも、この前、私が王宮から姿を消した時は陛下が動くことで王宮中が大騒動になり大変だったとユーロウスは愚痴っていた。
あの時とは状況が違うとはいえ、その愚痴がないのは、なぜ?
陛下は動いてはいないということ?
この前、今、と連続で騒ぎを起こすわけにはいかないんだろうけれど。
「王宮の秘宝が失われた、と使者は王妃様に告げたのですか? それが本当かを確かめる必要がありますね。それが本当なら……」
私がぼんやりとしていると、ユーロウスが尋ねてきた。
言葉に詰まっているけれど偽使者の言葉がそんなに重要な事? 私を殺す適当な理由をでっちあげただけではないの?
「そう言ってたわ。ユーロウスは王宮の秘宝が何なのか、知っているの?」
「いいえ。ですが、それが王家と王を護っているのだと聞いております」
そんなあやふやな情報をユーロウスが口にするとは思わなかったので、私はちょっと驚いた。
王宮の秘宝が何かを知らないのに、それが王家と王を護ってると考えるのはおかしいでしょう。
でもこの言い方だと王宮の秘宝は背後霊とか守護霊みたいなものに思える。ご先祖様の御霊とか。
いや。それなら、あるとか、ないとか喪失するという次元の話ではないだろう。
でも、ユーロウスは真剣な顔で。
王宮の秘宝が失われたことを重大事だと思っている様子だ。
あなたは霊を信じますか?
なんて聞ける雰囲気ではない。
王宮の秘宝というのは、少なくとも宝石とかの物体ではないらしい。てっきり魔法の石のようなものだと思っていた。
「ここ数日、陛下のご様子がおかしいのは、それが理由だとすれば、王宮の秘宝を探しださなければなりません」
「陛下の様子がおかしい? どういうこと? 陛下は病気にかかっているの?」
「ご病気ではありません。そうではなく……何というか、その…………時折、陛下らしくない時があるのです」
陛下らしくない?
ユーロウスにしては歯切れの悪い言い方が続く。
さっきの王宮の秘宝にしても、陛下のことにしても、なんだかしっくりこない。
いつもならスパッとわからないならわからない、わかっているならこうですと説明するのに。
「政務に支障があるわけではないのではっきりそう感じているのは、ごく一部の者達だけですが……。陛下付き侍女達は皆、陛下の様子がおかしいと思っています。宰相も薄々感じているといったところでしょうか」
病気ではないのに、おかしい?
陛下がどうしたというのか、陛下付き侍女達は何と言っているのか、もっと詳しく!
そう思っているのが顔に出ていたのだろう。
ユーロウスも困った表情を浮かべた。
つまり、詳しくはわからないということなのだ。
「どこがどうと言えないのがもどかしいのですが、陛下付きの侍女達は王妃様に関わることに原因があるのではないかと思っているようでした」
「私に関わること?」
「はい。さすがに具体的な事象を教えてはもらえませんでした。ですが、私も王妃様を神殿へお送りになる陛下を不思議に思っておりました。あれほど王妃様が王宮を出ることを許可しなかった陛下が、しかも突然のことでしたので」
神殿へ出発する時は。
陛下が旅行をプレゼントしてくれたのだと勝手に思っていたし、そうユーロウスにも伝えたけど。そういえば出発する時、ユーロウスは直前まで旅の目的を陛下に確認なさいましたかと何度も私に訊いてきた。
あの時にはもうユーロウスは陛下がおかしいと思っていたらしい。
私も確かにあれ?と思いはしたけど。旅行に行けるという興奮の前に、そんな思いは握りつぶした。下手に陛下に念押しして、旅行を取り消されたくないと思っていたから。
「それに、これはまだお伝えしておりませんでしたが、今回の件で陛下付きの官吏から王妃様達が行方不明だとの報告があった時、陛下は少しも驚かれなかったそうです。偽の使者は王妃様に死を迫ったらしいとお伝えしたそうなのですが……。それで、宰相は陛下の様子がおかしいと感じたようですね」
私が行方不明でも驚かなかった。死を迫られたと聞いても驚かなかった……。
ユーロウスに会ってからの違和感がわかった。
違和感は、陛下、なんだ。
陛下は無表情で感情を出さないように務めているのだから、驚かなくても全然おかしくないのだとは思うけれど。ユーロウスの愚痴が全くないほど、陛下からの圧力がないということだ。
王妃、という文字が脳裏をよぎる。
どこにも見当たらなかった、私の名前。
神殿への出発時、忙しい事を理由に陛下は会ってくれなかった。その数日前までは執務室への散歩も歓迎してくれたのに。
使者が持っていた陛下の命令書の文面を思い出す。私の名が記されていなかったあの命令書は、フォル・オト神殿へ向かえという文書と同じ陛下の署名と同じに見えた。
使者が偽物だったのなら、あれも偽物だと思うべきなのだろうけど。
あれは本物のような気がした。
「あの使者は……たしか、王宮の秘宝がなくなって陛下に異変が生じはじめていると言っていたわ」
「偽者がそんなことを?」
そう言っていた。王宮の秘宝がなくなったということだけでなく、陛下の変化も口にしていた。それが、あの使者が知っていた数少ない情報の一つだった。
「使者が持っていたしるしは本物のようだったし、陛下の命令書も陛下の自筆に見えたわ。少なくとも私には」
「……まさか、陛下が……と、お考えですか?」
「そうではないわ。ただ……」
あの使者は、王宮の秘宝が喪失した、そのために陛下に異変を起こさせている、そしてそれは私のせいなのだと言ったと思う。だから、私がその命で罪を償うべきだと、私の死を見届けるのがあの使者の目的だった。
陛下に異変が起こっていると知っていた。
その数日前に陛下に会った私が、気付かなかったことを。
たった数日の陛下の小さな変化を知るのは容易なことではない。
それを知り得るのは、陛下のそば近くの者か、もしくは、それを起こそうとしている者。
あの使者は自分の告げる内容を把握していない様子だった。ということは誰かがあの男を使者に仕立て上げたのだ。誰か、が。
王宮の秘宝の喪失が陛下の身に何かを起こすというのなら、その誰かが王宮の秘宝を喪失させた可能性があるのでは?
誰かが、何かを……? 何を?
それは本当に、陛下以外の誰か、なのだろうか。
「事務官吏ユーロウス。王宮の秘宝が何なのかを至急調べて。それがないとどうして陛下の身に関わるのか、陛下に何が起こるのか、知りたいわ」
「はい」
「それから……変なことを聞くけど、この世界には特別な、何かこう、特別な力が、あるの?」
「特別な力、ですか?」
「例えば……伝説にあるじゃない? 王ユェイルンが拾った仔犬が特別な力を持っていて、死にかけた王様を救ったり、姿を変えて仔犬から女の子になることができて。だから仔犬の王妃と呼ばれたって。あんな特殊な事ができる人がいたりするの?」
「ああ、あれは……お伽噺ですよ。神殿に故王妃様が祀られておりますので、多くの人に信仰されてはいますが」
「さっき王宮の秘宝がなくなったら大変だって言ってなかった? 王宮の秘宝って、そういう特別な力を持っているのではないの?」
「王宮の秘宝は特別な力を持つものです。出産率が低いため血脈の持続が難しい中、我が国は直系王族が王位を継承し続けている極稀な国であり、それは王宮にその秘宝があるからだと信じられています。一般には王宮の秘宝ではなく、仔犬の王妃として王宮に入った話になっていますが。歴史がつないできたものの中には人智を超えた特別な力が存在するのです。ですが、そういう特別な力を人が持てるかとなれば話は別です。人は人でしかありませんから」
王宮の秘宝が、一般では仔犬の王妃の話として? もしかして同じものを指している?
ユーロウスはお伽噺を全然信じてなくて、王宮の秘宝の話を信じている、らしい。どっちもどっちだと思うけど。
彼の自信満々な様子を見ると、信仰とはそんなものなのかもしれない。他人と宗教の話をすべきではないというのは、こういうことかも。
それにしても仔犬の王妃の話に秘宝なんて出てきただろうか。何度も読んだけど、そんな記憶はない。
王宮の秘宝、そして、陛下。
ユーロウスに会えば何もかも解決すると思っていたけれど。
わからないことが増えただけのような気がした。




