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いつか陛下に愛を2の後  作者: 朝野りょう
いつか陛下に愛を(王宮の秘宝)編
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■2話■陛下の使者

 私が何をしたんですって?

 王宮の秘宝が、何?

 陛下の身に何か起こっているって?

 私が頭を傾げてみても、使者はまるで無視している。無視しているというよりも、陰湿な笑みを深めていた。

 何を考えているのかはわからないけど、使者の視線はますます薄気味悪さを増しているようだった。

 これは、何?

 とまどう私を無視して、使者は一歩前へと足を踏み出した。そして持っていた筒から紙を取り出し、私の方へと広げて見せる。

 使者の行動は前もって決まっていた手順通りなのだろう。私への言葉も、この書面を開いて見せる手の動きも。そこに、こちらの反応を読むという手順がないだけで。

 私は、使者の言葉の意味を全く飲み込めないままだった。そして平静を装いつつも、この男が陛下の使者ということに抵抗感を覚えていた。

 他の皆にはわかってるのだろうか。この男の、何の補足説明もしない不親切な発言の内容が。


「王妃様、これをよくごらんなさい。貴女へ下された陛下の命令書です」


 陛下の命令書? 私に? 手紙ではなく?

 渡してくれないから読みにくいじゃないのと思いながら、私は男の広げている紙の文章を目で追った。

 そこには、王宮の秘宝が失われたことによる損害は甚大であり、王妃はその責任を負うべきである、と記されていた。さっき使者が告げた内容が書かれているだけで、それ以上の情報といえば、陛下の署名くらいのものだ。

 しかし、それは陛下も私へ詳しく説明する必要はないと判断したという事になる。そこに至る理由など必要なく、命令のみで事足りる、と。

 王宮の秘宝が失われた?

 なぜ私がその責任を負うの?

 王宮の秘宝って、何?

 なぜ……陛下が?


「陛下は王妃様がこのような大罪を犯したことを公表すべきではないとお考えです。しかし陛下の慈悲ゆえと勘違いなさらないでいただきたい。公表すれば国民には不安を生じさせ、大きな混乱を引き起こしかねないからです。ですから王妃様にはご自身で罪を償っていただかねばなりません」


 罪を、償う?

 使者の重々しい声は室内に響いた。

 誰も声を発しない。

 私は事態が飲み込めなかったからだけど、騎士達はピクリとも動かない。

 空気は張りつめており、その空気からは嫌な結論が導き出されてしまう。

 この状況は、私が罪人として裁かれようとしている?

 しかも、すでに罪を問うとかという段階ではなく、罪は確定していて今まさに刑を宣告されようとしている?

 普通は、罪を犯した者を捕えるものではないの?

 取り調べがあるのではないの?

 もしも私のせいだとするなら、証拠を提示して、私のせいだよねって確認すべきじゃないの?

 この国では、そういう過程を踏まないの?


「さあ、王妃様。ご決断を」


 決断? 何の?

 決断って、もしや罪を償うために自害いたします、とか?

 この説明で、そんなことを決断する人はいないと思う。もちろん、私にはそんな覚えもないわけだし、話がまるで見えないし。

 この使者、説明が下手なんじゃないだろうか。

 それでも、この使者は陛下からの使者であり、そういうしるしを持っている人物で。しかも、陛下の命令書を持っているのだ。

 わからない。

 王宮の秘宝がなくなり、さあ大変、国の一大事だ、ということ。で、その責任は王妃にある、さあ王妃、責任をとれ!と言いたいのだろうか。

 まず王宮の秘宝がなくなった理由が私の責任になった経緯がまるでわからない。説明してくれないのだから当たり前だけど。

 これでは情報がなさすぎる。

 具体的な説明もないままでは、罪を負わせるのは誰でもいいと思っているとしか思えない。

 これがこの国のやり方?

 これが陛下のやり方?

 『陛下の使者』と『陛下の命令書』の効力で押し通すのが?

 この国の人なら、無実の罪でも従うしかないとでもいうの?

 でも、私はこんなやり方には従えない。


「王宮の秘宝というのは、何です? 王宮の宝物庫から盗まれてしまったということですか?」


 私は使者に尋ねた。

 陛下の使者だからと下手に出てしまっていたのが悪かったのだ。私の責任を問うなら、まず私を納得させてもらわないことには話にならない。

 私は使者に大人しく従うつもりはないことを態度に出した。

 しかし、使者はニィッと顔を歪めた。せせら笑うかのような陰湿さを顔に浮かべている。嫌な目だ。


「この後に及んで言い逃れをなさろうと考えているのかもしれませんが、無意味な事はおやめ下さい。陛下の命令書をお読みになったでしょう?」

「答えなさい。王宮の秘宝とは何です?」


 私は再度繰り返した。精一杯平坦な口調で精一杯強めの声を出す。

 王妃に従うべきなのはわかるでしょう?そんな強気な態度を滲ませた。

 こんな時、私の容姿は少しも役に立たない。この世界では子供のようにしか見えないらしいから、怒ってみせても迫力に欠けるのだ。王妃などという身分よりも視覚的効果は大きいらしい。しかも、腹からドスい声が出せるほど鍛えてもいないので音的な威圧感もない。

 それでも私はできるだけ表情を動かさず、声の調子を抑えて感情を出さないようにつとめた。陛下の無表情を参考にして。もちろん、あの無表情にはほど遠いだろうけれど、しないよりマシなはず。


「……王宮の秘宝は、誰にでも知り得るものではありません」

「つまり、貴方は知らないのですね?」

「……………………そうです」


 使者はしばらく逡巡した後、悔しそうに肯定した。

 しかし。

 悔しいのはこっちの方だった。

 私を処罰しにきたのなら全容を把握しておくのは当然でしょう。こんな質問にも答えられなくて陛下の使者? こんなのが?

 私は使者の返答に歯噛みしたくなるほど苛々していた。

 つまり、この使者に何を尋ねてもたいした情報を得ることはできない、ということなのだ。


「それでは、その王宮の秘宝とやらの喪失がなぜ私の責任であるのか、その理由も貴方は知らないのでしょうね?」

「…………しかし、陛下の決定に、私ごときが」

「はっ、何も知らずに指示に従うだけ? 木偶人形のような貴方に陛下の使者が務まるとは到底思えないわ。下がりなさい」

「いいえ。そうは参りません。王妃様が御認めにならないとしても、私は陛下より使命を受けた身。果たさずに帰ることはできません」

「貴方の使命、とは?」


 その命令書を私に渡すことではないとすれば、それは私に責任をとらせることであり。

 つまり、私の死を見届けようと?

 使者は昏い笑みを浮かべ、ゆっくりと動いた。手が腰の剣柄を掴もうと動く。

 私はそれをじっと見ていた。動けなかった。足も身体も硬直して、反応できない。

 大きな剣は一振りで私を殺してしまうだろう。即死でなかったとしても、致命傷を与える。逃げなければ、死ぬ。

 そんなことはわかっているけど、どうすればいい?

 私のそばにいる王妃付き騎士達が逃してくれるだろうか。いや、彼等とて陛下の命令書を前にしては使者に従うのが当然。

 それ以前に、身体は硬直して動かない。

 勝手に罪を着せられて、こんな役立たずの使者の剣にかけられるなんて。信じたくない。信じられない。

 こんなところで、こんな理由で、こんな男に殺されるなんて。息子を一人残して死ぬなんて。

 絶対に、嫌だ。

 何をしてるのよ、陛下!


 そう思った時。

 私の前に壁ができた。騎士ボルグと騎士ウルガンが使者と私の間に立ちふさがったのだ。

 私のすぐ後ろには騎士ヤンジーが立っていて。彼等は背の低い私をその身体で取り囲んでいた。

 あっという間のことだった。


「その剣を抜くのであらば、斬る。我々は国王陛下より王妃様に害をなす者は排除せよとの命を受けている。それが例え陛下の使者であろうとも、躊躇はしない」


 騎士ボルグが告げた。

 彼等は使者と敵対するつもりらしい。陛下の使者よりも私を守ることを優先する、と。

 人壁の向こうで睨み合っているらしいけど、壁が大きすぎて私にはわからない。でもボルグもウルガンも剣を抜いてはいない。おそらく使者も柄に手をかけただけで動かせずにいるのだろう。

 相手は陛下の使者なのに剣を向けても大丈夫なのかと思いはするけれど、ほっとした。

 私には味方がいる。一人じゃ、ない。

 騎士達に陛下が私を守れと命じたのは、ずっと以前、その職に任ぜられた時だと思う。それは過去のことで、陛下の使者の言葉が今の陛下の考えなのだと彼等が思わなかったはずはない。下手をすれば逆臣と判断されかねないというのに。

 彼等の動きに迷いはない。

 彼等は、私を守る……。その身を盾にして。

 もしも。

 私が罪人であるなら、私を守ろうとする彼等はどうなるの?

 息子のヴィルフレドは?

 何がどうなってるのだろう。

 陛下は一体……。

 私は呆然と騎士達の背中を見つめていた。


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