表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか陛下に愛を2の後  作者: 朝野りょう
いつか陛下に愛を(二度目の王宮出)編
1/37

第一話

 冷たい空気が流れて、薄着の私の腕に鳥肌がたつ。

 頭上はるか上を木の葉が覆う薄暗い森の中で、私は呆然と立ち尽くしていた。

 今の状況が理解できなくて。


 誰もいない、緑深い場所の静けさは恐怖を誘う。

 震えそうになる身体を叱咤するように、私は拳を握り締めた。

 王妃として立派な王宮で暮らしていたというのに、私は何故こんなところにいるんだろう。


 こんな状況になる前。

 私は昼寝をする小さな息子の姿を見ていた。

 素晴らしく可愛い我が子の姿を、遠い日本の両親に一目会わせられたら……。

 そんなことを考えながら。

 ふいに、どうしてか、私は立ち上がって窓を見た。

 誰かに呼ばれたような気がして。


「どうかなさいましたか?」


 背後から侍女リリアの声。

 窓の方には誰もおらず、カーテンの裾が緩やかに揺れているだけだった。

 気のせいだったらしい。 

 私がリリアに、何でもないわと答えようとしたら。

 視界は一転していた。

 あたかも始めからこの風景だったかのように、王宮の痕跡を一つも残さず。

 サワサワと木の葉が遠くでなびく音や虫の声が聞こえる、大木が並ぶ薄暗い世界が広がっている。

 足元が苔に覆われていているのは、光が満足に地面まで届かないせいなのだろう。

 大嫌いな虫が目に入らないのは良かったけど。

 それは、いないという意味ではない。

 ジーーッ、ジーーッという何かの音が不気味に響いているのだ。


 突如、切り替わった風景は、私の中に、一つの不安を浮き彫りにした。

 数年前、私は日本からこの世界に飛ばされてきた。

 異なる世界に馴染んで、結婚して王妃になって子供を産んで。

 退屈にも感じるほど、その生活が日常になっていた。

 日本の元の世界のことを忘れていたわけじゃない。

 私が生きていた世界は違う場所だということは決して忘れることはない。

 でも、それは、忘れようとしていたことでもある。

 帰れないのだから、陛下や息子のいる世界で生きていくんだと思っていた。なのに。

 なのに、また、違う世界にきたの?

 私は、何度も世界を移動してしまうの?


 私の息子は、陛下がいるから大丈夫。

 でも、私は?

 ちっとも大丈夫じゃない。

 あの時は必死だったけど、また一人で……頑張れるの?

 一人で?

 

 ナファフィステア!

 苛々した声で、いつも私を探していた陛下。

 探して、私が見つからなかったら……どうする?

 私は?

 絶望がヒタヒタと押し寄せようとした、その時。

 私の視界で何かが動いた。


 私の前に姿を表したのは、ヨタヨタとおぼつかない足取りで歩く仔犬だった。

 ここまで来るのがやっとという様子で。

 傷ついているのかと私は膝をつきその仔犬を見守った。

 すると、仔犬は億劫そうに口を開いた。


「私を、息のあるうちに、水のあるところへ運んでちょうだい」


 仔犬の口から出たのは、犬の鳴き声ではなく、女性の声で。

 懐かしい日本語だった。


「に、ほん、ご?」


 私はゆっくりとその場にくずおれる仔犬を腕に抱きとめた。

 ヨロッとした仔犬は大人しく私の腕に身を預けている。抵抗する力もないほどに、力尽きているのだろう。


「そんな事、言われたって。私にはここがどこかもわからないのに……」


 私はブツブツと文句を言ってみたけど、仔犬はとても具合が悪いらしく、私の問いには答えてくれそうにない。

 日本語ってことは、ここは私のいた世界なんだろうか。

 でも、こんなに流暢に言葉を話す犬はいないと思う。

 ということは、ここって動物が流暢に喋る異世界?

 何にせよ、話し相手がいるというのは心強く、狼狽えていた気持ちは消え平静を取り戻した。

 私は仔犬を腕に抱えて立ち上がる。

 さて、この森を出るには、どうすればいいんだろう?




 四方を見渡し、幾分、明るい方へと足を踏み出した。

 ひたすらまっすぐ直進を心がけて歩き続ける。

 進めど進めど景色は変わらないし、大木や倒木に方向を変えざるを得なくなり直進しているのかどうかも怪しくて不安になる。

 でも、そんな時は、腕の中の仔犬が罵声をとばしてきた。


「そっちじゃないでしょっ! まっすぐ歩くだけなのに、馬鹿じゃないの?」


 不安を吹き飛ばしてくれるのはいいんだけど。

 ほんと、腹立つわ。この仔犬。

 わざと落してやろうかしら。


「口に出さなくても聞こえてるのよ。私を落してもいいけど、迷子になって困るのは、あなたよ」


 おうっ! 考えてることまで筒抜けだなんて、むちゃくちゃ悔しい。

 この仔犬、偉そうなだけあって、ただの仔犬じゃないらしい。

 でも、確かに、その助言が本当なら森で迷子になって困るのは私。

 言葉もわからない、どんな世界かもわからないところで道連れが欲しいのも私。

 疲れてて言い返せないのも、私。


「ほら、右斜め前よ!」


 私はひたすら無言のまま歩き続けた。




 森を抜けると大きな石がごろごろしていて背丈の低い草が生えている草原というか荒地というかそんな風景が広がっていた。

 明るい日差しの中、草が風になびいている。

 そして、少し先には道があり、遠くに木でつくられた小屋のようなものも見える。

 とりあえず、ちょっと前までいた世界と同じように思える。田舎の風景は、こんなだったような気がする。

 もしかしたら、私は異世界に飛ばされたわけでは、ないのかも?

 私は道へ出ると、その道なりに歩いた。

 道は車輪の跡のようにくぼんでおり、所々に馬糞が落ちているところを見ると、現代ではないように思える。


「あ、そこに川があるから降ろしてちょうだい」


 偉そうな口調で命令する仔犬。

 しかし私はそれを無視して、小川にかかる小橋を渡る。


「ちょっと、あなた! 私をあそこに降ろしなさいよ!」


 いいえ。

 こんなところで降ろすわけにはいかないわ。

 私が一人になってしまうじゃないの。

 旅は道連れ世は情け。

 はい、大人しく私の道連れになっちゃって。


「ちょっと! ねぇ、ちょっと降ろして! あぁっ、水がっ、水がぁぁぁぁーーーっ」


 激しく嘆いているところを見ると、この仔犬はまだまだ元気らしい。

 前方にまばらに家が立ち並ぶのが見えてきている。

 中でも比較的大きな石造りの建物は、きっと領主館のようなものでこの地の有力者がいるに違いない。

 あそこにいけば、水くらいくれるはずよ。

 だから、黙って私に付き合って!

 私は黙々と進む。

 いやもう、足が痛くて痛くて。

 水を飲みたいのは山々だけど、今足を止めるともう二度と歩き出せないと思う。

 ゴールは目の前なんだから、とにかくあそこまで辿りつくまでは頑張らなくては。


「あぁぁぁぁーーーーっ、ひとでなしぃーーーーっ、犬攫いぃぃぃーーっ」


 喚く鬱陶しい仔犬を胸に、私は歩き続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誤字などありましたらぜひ拍手ボタンでお知らせくださいませ。m(_ _)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ