小さな理解者
side 千枝
謎の叫び声をあげてお兄ちゃんが目覚めた日から二日経ちました。
私はまだ、お兄ちゃんと話すことができないでいます。
今日は月曜日なので学校があります。本当はお兄ちゃんと二人で登校する初めての日になるはずだったのですが、お兄ちゃんは療養中なので、いつもどおり一人での登校になります。ああ、雲の色が暗いですね。傘……と、タオルも多めに持っていきましょう。
「行ってきます」
授業開始まであと二時間半――今日は二時間くらいあの子と過ごせそうです。
……一人は気楽です。仲の良い人や信頼している人以外と一緒にいるのは私にとって苦痛なのです。一人なら相手の顔色を伺わなくてもいいし、会話が続かなくて気まずい空気になることもありません。なにより、一人でいるあいだは誰にも遠慮せず自分のやりたいことができます。
あの子の様子を見に行くのにも一人でいる方がなにかと好都合です。
今日は雨が降りそうですし、あの子が濡れてしまわないか心配ですから、一人の時間が持ててほっとしています。
あの子と出会ったのは一ヶ月前です。神社の隅に置かれた小さな段ボール箱の中に、あの子はいました。
真っ白な子猫。小さく痩せた子猫。お腹が空いているのか、私の足に擦り寄って、にゃあ、と一声。
お父さんは猫アレルギーなので、家で飼うことはできません。だから、一ヶ月前から毎朝ちくわと牛乳を持って、あの子の様子を見に行っています。
「三日ぶりですね。元気ですか? ミルクとちくわの量はあれくらいで大丈夫でしたか?」
「にゃあ」
小さかったこの子も、今ではすっかり大きくなりました。
「今日は雨が降りそうなので、屋根の下から出ないようにしてくださいね。一応段ボールの中にタオルを入れておきます。もし濡れてしまったら使ってください」
「にゃあ」
「今日の分のミルクとちくわです。本当は猫用ミルクとキャットフードの方がいいとは思うんですが……ごめんなさい」
「にゃあ!にゃあ!」
「……ちょっと私の話を聞いてくれませんか?」
「にゃあ!」
「金曜日に、家族が増えるって話しましたよね。それで、新しくできたお兄ちゃんについてなんですが、私、嫌われちゃったみたいで……」
「にゃあ?」
「お兄ちゃん、私と話している最中に急に顔をしかめて、それでそのまま気を失って倒れたんです。体調が悪かったわけでも、寝不足だったわけでもないのにですよ?」
「にゃあ!?」
「いろいろ考えてみたんですけど、やっぱり私と話したことが原因なんだと思います。謝って、倒れた理由を聞いてみたいんですが、お兄ちゃんが倒れてから二日経った今日でもまだ一度もお兄ちゃんと話せてなくって……」
「にゃあ……」
「今日こそちゃんと謝ろうと思います。だから、応援してください」
「にゃあ!」
……猫に言葉が通じるわけがないのに。
普段人と話すことが少ないからか、なぜかこの子の前では言葉数が多くなります。私の言葉に反応して、まるで言葉がわかってるみたいに「にゃあ」と鳴くこの子は、私の数少ない話し相手であり、大切な友達です。
軽くコミュ障の千枝ちゃんですが猫相手だと饒舌です。
最近少し忙しくて更新が遅くなりがちです。すみません。
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