笑顔の練習
登校中いろいろな視線を感じた。千枝ちゃんと一緒にいるからか今日はやけに視線多い気がする。
私自身も前世でかっこいい人や綺麗な人を見てしまうことがあったので、視線に悪意がないということはよくわかる。だが、よく知らない相手から見られているというのはあまりいい気がしない。私はこの体に生まれて十数年間、視線に晒され続けてきたため、こういったことには慣れているので問題ないが、引っ込み思案でおとなしい千枝ちゃんにとっては苦痛だろう。ここは兄として、対処法を教えてあげなくてはならない。
先ほど千枝ちゃんの頭を撫でるときに使ったのと同じイケメンスマイルを顔に貼り付け、視線を感じる方向へ微笑みかける。キラキラと効果音まで聞こえてきそうな笑顔。
一方的に見られるのがいやなら、こちらから見せてやればいい。
昔から、自分を動物園にいる動物か、美術館に飾られた絵のように見る視線が嫌だった。自分だって意思を持った人間なのに、一方的に不特定多数の人に自分の意思を無視して観察されることがたまらなく苦痛だった。そんな時に思いついたのだ。見られているのではなく、見せてやっていると思えばいいのではないか。自分の意志で、相手に見せてあげればいい。相手も喜ぶし、自分の苦にもならない。そのことを千枝ちゃんに教えるために、いつも以上に笑顔を振りまいた。
私の意図を汲んだらしい千枝ちゃんのぎこちない笑顔に本日二度目の吐血の危機が訪れた。
慣れていないのに無理に笑おうとするからか頬が引きつっているし、目線も下がっている。それでも笑おうと一生懸命に努力しているのが伝わってくる。多くの視線に晒される経験が少ないことと、元来の性格を考慮すれば、今の私のように綺麗に笑うのは難しいだろう。笑顔を作るために頑張る姿は小動物的な可愛さを醸し出していて、気を抜いたら吐血してしまいそうだ。うちの妹マジ天使。
「無理しなくてもいいんだよ。こういうの、初めてでしょ? 最初はみんな上手くいかないし、毎日頑張ったらだんだん上手に笑えるようになるからね」
声をかけながら千枝ちゃんの手を握る。千枝ちゃんは一瞬驚いたように私の顔を見つめたあと、また視線を下ろした。
真一と千枝はもとから同じ小学校に通っています。ただ、今まで接点がなかったので、お互い面識はありませんでした。