ゲームの世界
ここが乙女ゲームの世界だと気づいたのは小学校六年生のとき、母の再婚で名字が変わったのがきっかけだ。
「朝倉真一」は「竜胆真一」になり、母との二人暮らしは新しい父と義妹を加えた四人暮らしになる。新しい父親が心配そうに見守る中、「僕」と義妹はお互いに自己紹介した。
「初めまして。これから君のお兄ちゃんになる真一です。よろしくね」
「あ、えっと……その……竜胆、千枝、です……」
彼女が竜胆千枝と名乗った瞬間に、「僕」は激しい頭痛に襲われて倒れた。突然倒れた「僕」を見て慌てふためく周囲を尻目に、「僕」の意識は真っ白な空間に溶けていった。
真っ白な世界の中、いろいろな知識が頭の中に流れ込んできた。前世が女子高生であったこと、この世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界であること、そして、自分が攻略キャラであること。
目が覚めたときはベッドの上。新しい家族が心配そうに私の顔を覗き込む中「なんでやねええええええんっ!!」と間抜けな叫び声を上げながら飛び起きた。この叫び声もとんでもない美声。解せぬ。
「竜胆真一」も「竜胆千枝」も「恋の花の咲く季節」という乙女ゲーム、通称「恋サク」の登場人物だ。主要キャラの名前に花が入っているのが特徴のこのゲーム。キャラもシナリオも王道だが、花言葉に関するクイズに正解できなければグッドエンドに辿り着けなかったり、当て馬キャラの末路が悲惨であったり、いろいろとぶっ飛んだところがあった。
「竜胆真一」は頼れるお兄ちゃん的ポジションの攻略キャラだ。真一の全エンドを見ると、幼少期に父が他界してから、母に気苦労をかけまいと優等生であり続けた健気な良い子だということや、両親の再婚によりもう自分一人で母を支える必要はないのだと安心するも、自分はもう必要ないのでは? という思いに囚われ、自分を必要としてくれる相手を探すうちに千枝に執着し、千枝を溺愛するシスコンになった、などの設定を知ることができる。
「竜胆千枝」は当て馬キャラの一人で、ブラコンの派手目なぶりっ子だったと記憶している。主人公にねちねちとした嫌がらせを仕掛ける、とにかく嫌なやつ、という印象だったけど、真一ルートのグッドエンドで真一と主人公のキスシーンを目撃し、一人ベッドで泣きじゃくるシーンは可愛らしく、そのシーンのおかげか一部に熱狂的なファンがいた。
前世でこのゲームをプレイしていたとき、私が最も肩入れしていたキャラクターは千枝だ。ゲーム内での扱いの悪さに何度も涙した。グッドエンドは泣きじゃくるだけで済むが、バッドエンドでは泣きながら飛び出した道路でトラックに轢かれてしまうのだ。悲惨すぎる。数々の嫌がらせも、ぽっと出の女(主人公)に大好きなお兄ちゃんを盗られるのが悲しかったのだろうと思うと感情移入できたし、嫌がらせをされるたびに「この愛いやつめ~!」と液晶画面を小突いていたことを覚えている。
ゲームのキャラ設定をはっきりと思い出してから、思い出す前の時点でも既にゲームと違う点があったことに気づいた。私はゲーム内の真一ほど健気な良い子ではなく、再婚が決まった時点でもゲーム内の真一のような複雑な気持ちにはならなかった。優等生ではあったけど、そうでなければならないという使命感もなかった。記憶が戻る前の段階で既に違いがある。ここは、ゲームの世界であって、ゲームの世界でない。「恋サク」とは少しずれた世界なのだろう。
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