楓の日記 その二十四
平成二十八年八月十二日金曜日 天候 快晴
石畳の階段、その脇にひっそりと咲くユウガギク。
雲ひとつ無い青空に渡るひとすじのヒコウキ雲。
濃緑な山々が、海の煌めきを映している。
この季節特有の磯の香りが私に深呼吸をさせた。大きく深く鼻から吸い込んだその香りは、私の意識を安らかな場所へと誘ってくれるようだ。
丘陵地にあるママのお墓。大間の人たちのお墓は皆ここに集まっている。明日からお盆に入るが、今日はママの命日なので一足先にお線香を上げにきた。
早いもので、ママが亡くなってもう四年。おばあちゃんも後を追うようにこの世を去り、丘の上のあの家には私ひとりで暮らしている。
突然始まった孤独との同居。麻巳子は全力で私を応援してくれた。その甲斐あって少しは大人に近づいたような気がしていた私であった。以前には上手にできなかったお料理も、味は別としてまあまあ作れるようにはなったし、学生の頃はほとんど自分でしなかったお掃除も、今ではマメにするようになっていた。強要されたわけではないのだが、自然と自立への道を歩いていたのだった。
とても穏やかな昼さがり。お陰でろうそくの炎も消えることなく揺れ続け、お線香の煙もまっすぐに立ち昇っている。
遠くに聞こえる汽笛に耳を澄まし、大間の夏を感じていたのだった。
「こんにちは。今日は暑い日になったね」
私がママのお墓に水を打っていると、そう背中に声を掛けられた。
「ええ、ホントに」
私は額の汗を左手の甲で拭いながら、晴れ渡る青空を見上げた。
「もうすぐ終わっちゃうね、夏」
「ホント、こっちの夏は短いから」
心に染みいるような声色だった。
「こっちには、いつまで?」
「ん~、特には決めてないんだけど」
「じゃ、ゆっくりしていったらいいわ」
「お言葉に甘えちゃおうかしら」
「私は今、ひとり暮らしだから泊まる部屋ならご心配なく」
「大丈夫なの?・・・ひとりで」
「なんとかやってるよ」
「ご飯はちゃんと食べてるの?」
「うん、ちゃんと食べてるよ」
「風邪とかひいてない?」
「大丈夫だよ」
「なんか不便なことない?」
「今のところね」
「ひとりでいて・・・淋しくない?」
「・・・そりゃ、淋しくなることはあるけど、でも麻巳子がいるから平気だよ。麻巳子ね、とってもいいコなんだよ。そうだ今度紹介するね」
「うん、是非会いたいわ」
胸に抱えていた花束をもらい、お墓の右側に供えた。左側には私が供えたお花が立っている。
「一緒に手を合わせてくれないかな」
「いいわよ」
私たちは同時に膝を曲げた。そして同時に手を合わせ、同時に瞼を降ろした。
私は墓前でママにこういっていた。
(ありがとう、ママ。今日という日が大切な一日になりました)
私はゆっくりと瞼を上げ、右となりに首を回した。
「みさき・・・」
「やっと逢えたね・・・かえで」
これは突然の事ではない。
なにもかもが必然で、今日という日はずーと昔から決まっていたのだ。だから、私はまったく驚きはしなかった。いつかこんな日が来るのではないか。以前に考えた運命とか、宿命とかいうものに身を委ねることを決めていたから。だから、自然と受け入れることができる。
「あたしたち、やっぱり似てるね」
「えっ、どうして?」
「だって、これこれ・・・」
やっぱり私たちは姉妹だった。双子だった。何故なら私たちはお揃いのティファニーのネックレスを首からさげていたのだった。




