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日記  作者: ダイすけ
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楓の日記 その三

楓の日記 その三


三月一日木曜日 天候 晴れ


 今日は私の誕生日。いつになく今日だけは、朝からこの日記をつけています。昨日も書いたように、昨日は四年に一度の閏の日でした。だからかわからないけど、誕生日が一日遅れてやってきたように感じられました。気のせいだろうけどね。

 そして、今日はもうひとつの記念日でもあるの。そう、今書いている日記の四周年でもあるのよ。まあ、毎日はさすがに厳しかったけど、書ける日はなるべく書くようにしてきたつもり。それが功を奏したのか四年も続けてこれて光栄に思っています。初めは面白いことをと、けっこう考えて書いてたけど、そんなに面白いことばかり起こる人生じゃないもんね。始めて一週間で挫折したのを思い出します。で、また再開したきっかけが麻巳子だった。あの元気で明るくて、私の大好きな麻巳子との想い出を書いていこうと思ったわけです。そう考えるようになって、かえってすっきりしたのかな。それまでは飾り付けていた言葉も無理なく表現できるようになり、日記を書くことが楽しくて仕方がなくなってきたのよ。もちろん日記をつけていることは、麻巳子は知りません。彼女にいうと、きっと「見せて」とせがまれるに違いないから。私だけの秘密です。

 話を戻しますね。

 清々しい朝です。窓の外が真っ白で、朝陽が燦々と部屋の中を明るくしてくれています。誕生日がこんな始まり方でよかったなあって思っています。

 学校に行って早く麻巳子の顔が見たくなってきたな。毎日会ってるのに何でだろうね。麻巳子と話しているといつも時間を忘れてしまう。いつも時間が足りないと感じてしまう。そのくらい、あっという間に時間が過ぎていくの。また翌日に話せばいい話題も、なんか中途半端な感じになってしまう。

 まるで私たちが本当の姉妹だと錯覚をすることがあります。私はひとりっ子だから、麻巳子の妹の麻奈美ちゃんが羨ましくてたまりません。私たちが姉妹だったら、やっぱお姉ちゃんは麻巳子だよね。麻巳子はしっかりものだし、面倒見もいいからね。

 麻巳子、今日も一日よろしくお願いします。それでは朝の部を終了します。せっかく朝早く起きたので、私はこれからシャワーでも浴びてこようと思います。


 夜の部


 麻巳子はやっぱり優しかった。

 今日麻巳子は掃除当番だった。彼女は帰り際私に「いつものところで待っててね」といった。

 私は「掃除終わるまで待ってるよ」と返したのだが「いつものところでね」と念を押された。

 今日も私は一人で坂道を下っていた。一昨日にも似た淋しさが胸に込み上げてきたが、それでも私は麻巳子の言葉を信じて歩き続けた。自宅の玄関戸を開け、鞄を中に放り投げた。

「楓、帰ったのかい?」というママの声が聞こえたが、私はそれに応えずに戸をぴしゃりと閉め、麻巳子との待ち合わせ場所に向かって駆けだした。

 最近は暖かい日が続いていたが、前にも書いたが吐く息は依然と白い。でもここに住む私たちにとっては、比較的暖かいと感じる気温であった。雪が積もっている海岸沿いを道なりに歩いた。漁師町のここはどこからでも漁船が見えて、活気の良さを感じさせる。それからもう少し歩くと、海に突き出したような防波堤が見えてくる。そこも麻巳子と私がよく行くスポットでもある。ウミネコが空を舞い、目の前で白波が大きく弾ける。今時期の潮風は時折頬を突き刺すように吹付けてくるが、真夏のあの場所の潮風は気持ちがよくて堪らない。その風に乗って、どこか遠くへでも飛んでいきたくなってしまうほど。

 左に見ていた防波堤の向かい側に、私は首をまわした。麻巳子との待ち合わせ場所の入口がそこにはあるのだ。めったに通らない自動車を右・左・右と、目だけで確認。小走りで道路を横断すると、そこからは木の枝でアーチ状に囲まれた中の緩やかな小道を登ってゆくことになる。木々のトンネル。頭上を見るとまさしくそんな感じだ。左右から思い思いにせり出した枝。それらが複雑に絡み合うように幾重にも重なり合っている。坂は緩やかだが、途中から高さのない階段に変わる。木々のトンネルの中なのでもちろん雪は積もってないし、気持ち暖かくも感じる。距離にしたらどれくらいなのか私には見当もつかないけど、その異空間の中を歩いている最中は、時間を忘れているのであった。

 階段も残すところ十段くらいにせまると、私の視界が少しずつ明るくなってくる。一段一段と階段を昇るごとに見えてくる古びた神社が、麻巳子との待ち合わせ場所だった。木々のトンネルも終わり私が顔を上げると、そこには境内一面の雪景色が広がっていた。町場と違って人が歩くことが少ない境内は、美しいほどまっ平らに雪が積もっていて、見惚れてしまうくらいに真っ白に輝いていた。私はその誰も踏み入れていないまっさらな雪の上を、そお~と歩を進めた。後ろを振り返って見ると、私の小幅な足跡だけがぽつぽつと残っている。

 神社まで辿りついた私は階段に腰を降ろした。私たちはよくこの神社を待ち合せ場所に選んでいたが、それをいいだしたのは他でもない私だった。何故なら、ここから見える風景が大好きで堪らなかったからだ。

 私は顔を上げた。手前に見えているさっき昇ってきた木々のトンネル。その向こう側にキラキラと煌めく大きな海。それだけでも私の胸は高鳴りを覚えるのに、私はいつも、そのもっと先を眺めていたのだった。水平線に浮かぶあの島を。

「あの島はなんていう名前なのかなあ?」

 いつも同じひとり言を呟いていた。誰かに訊けば済むことなのだろうけど、訊ねることができないでいた私。それが何故だかわからないまま今に至っていた。

 そんな時、私の右側で雪を踏む足音が聞こえた。私はゆっくりと首を回し音のする方に目を向けてみると、一人の男性が滑るように歩いていた。白と紫色の着物を羽織ったその男性は、ゆっくりと私の方に近づいてくる。多分ここの神社の宮司さんなのではないかと直感していた。麻巳子と私は結構この場所を待ち合せ場所に使っていたのだが、人と会ったことも見たことも一度もなかったので、私は慌てて階段から飛び降り「こんにちは」と声を張った。するとその宮司さんは私の声に応えるようにゆる~い感じで首を私の方に向け、ゆっくりと会釈をして見せた。私は座っていた階段を指さして「ここ、大丈夫ですか」と訊ねた。宮司さんは「いいですよ」とはいわず、再び会釈で応えたのだった。

「私ここからの景色が大好きなんです」と視線を海に戻していうと、宮司さんは私の隣までやってきて「私もですよ」と声を発した。共感を得た私は、宮司さんの横顔を見つめていた。年配にも見える、でも若くも見えるその横顔は、厳粛ささえ感じさせた。

「特にあの島が好きで・・・」と恥ずかしさを隠しながらいった私に、

「島・・・島といえば島ですね」と薄い唇をわずかに動かしていった。

「島じゃないんですか?」

「ええ」と私の問いかけに頷き「希望の島です」と遠い眼差しを作った。

「きぼうの島・・・ですか。それはどうしてなんですか?」

 私が小首を傾げて訊ねると、宮司さんは、どうぞ、といった感じで階段に手を差し出した。そして私が腰掛けてからその隣に腰を降ろし、静かに息を吸い込み思い出すように顔を上げ話し始めたのだった。

「私たちが暮らす町、ここ青森県大間町は漁業と共に栄えてきました。ここで獲れる大きなマグロが全国的にも有名なことはお嬢さんもご存じでしょう。それだけ私たち大間町民は、あの海と共に生きてきたということなのです」と宮司さんは目を細めていった。そして、

「お嬢さんのおばあちゃんのお母さんあたりの頃でしょうか、その当時ここに暮らしていた人たちは、ある悩みを抱えていたのです。それは病院でした。ここから青森までは幾多の山や峠を越える必要がありました。軽い病なら町の診療所でも用は足りるのですが、重い病気にかかった者は青森まで行かなくてはならず、だいたいの者が青森に辿りつく前にその尊い命を落したと聞いております。そんなある日のことでした。ここ大間に住むある漁師の奥さんが病にかかりました。若くて美しい人だったと聞いております。もちろん初めは診療所で看てもらっていたのですが、そこで手に負えないほどの病だったそうで、すぐに医者は匙を投げてしまったとのこと。でもその漁師は医者のそんな言葉では納得がいかず、何度も何度も、夜な夜なお願いに上がったということでした」

 宮司さんは目尻を押さえる仕草をした後、また小さく唇を動かした。

「親戚や友人たちからも、青森まで連れて行け、と強くいわれた漁師でしたが、彼は頑なに首を縦に振りませんでした。何故ならその昔、彼の母親も病に倒れ、そして青森を目指し、志半ばにして力尽きたからでした。漁師は悩みました。幾日も同じこと何度も何度も反芻しながら、そしてひとつの決断をしたのです。それはある日の朝、突然行われました。まだ夜も明けぬ早朝、一艘の漁船が港をでました。そうです。あの漁師でした。彼は奥さんを船に乗せ、港を出たのです」

「それが、あの・・・」

 私は視線を海の向こうに飛ばした。宮司さんはコクっと頷いた。

「結果からいうと、奇跡でした。助かったのです、奥さんは」

「えっ?おくさんは?」と私は目を見開いた。

「そう、奥さんは助かったのですが・・・」

 宮司さんの声のトーンが少し落ちたように聞こえた。

「奥さんを無事病院に届けた漁師は、漁があるからといって大間に船を急いで返しました。その途中でした。あの海峡に台風が襲ってきたのは」

 宮司さんの頬を涙が一筋流れていた。私もそれにつられて鼻を啜った。

「その直後でした。ここに神社が建てられたのは。お嬢さんがお好きなように、ここは本当に見晴らしがいいですからね」と私の方に振り向き、ニコっと笑顔を見せていった。

「海が荒れないように・・・ですか」

「いえ、海が私たちを見守ってくれるようにですよ。さっきもいいましたが、私たち大間町民はあの海と共にあるのです。だからいくらあの海で犠牲者がでようとも、あの海を恨むことは決してしないでしょう。しかも、その逆に海の神様にいつもお願いをして、犠牲になった者たちを供養していますよね。それが毎年行われる祈願祭なんです」

 私は深く頷いていた。祈願祭は知っているし、当然のように毎年行っている。でも、ただの海開きのイベントだとばかり思っていたので、意外な驚きを感じていた。

「だからお嬢さん、これからも海を、あの海のことを好きでいて下さいね」

 いい終わった後の宮司さんの表情は、今までとは一変し、まるで子供のような笑顔を見せていた。私はもう一度、海を見ていた。なんだか宮司さんの話を聞いたせいか今まで以上にあの海が、とても広くとても大きく見えてしかたがなかった。

 そんな海の歴史に耽っていたその時だった。「お~い、かえでー」と遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。私は迷うことなく、麻巳子だと思った。

「お友達が来られたようですね」

「はい、大好きな麻巳子っていいます」

 自慢でもしているかのように、私は胸を張っていった。

 すたすたすたっと、石でできた階段を昇る足音が私に近づいてくる。「お~い」と階段の奥から大きく振られた麻巳子の手のひらが見えてきた。

 私は無意識に境内を駆けだしていた。

「お待たせ、ごめんね。待ったでしょ」といつもの麻巳子がいった。私は、ぜんぜん、という感じで大きく首を振った。

「じゃ、行こうか」

 麻巳子は私の手を握り走り出したが、私は宮司さんのことを思い出し、走りかけた足を一旦止め、神社の方に振り返ったのだった。

「どうしたの、楓」

「お礼いわないと・・・」

「誰かいたの?」

 麻巳子は神社の方を見てから、私を見直した。

「えっ、宮司さんだよ。見なかった?」

 麻巳子は不思議そうに首を傾げ、しげしげと私の顔を見ていた。私は麻巳子と目を合わせてから、神社の方へさっと振り向いた後、思わず声を漏らしてしまった。だってそこには誰もいなかったから。さっきまで私と話をしていた宮司さんの姿も、その宮司さんの足跡さえも消えていた。奇麗な雪原には私が往復した足跡だけが残っていた。

「う、嘘・・・」

 言葉を忘れてしまったかのような沈黙に包まれた。さっきの宮司さんとの出来事がまるで現実ではなかったように、まるで幽霊とでも話をしていたような不思議な心境になっていた。話の最中にずっと見つめていたはずの横顔も今でははっきりと思い出せなくなっている。

「楓、行こうよ」

 麻巳子が私の手を牽いた。

 私は、うんと答え、さっきまでの出来事を振り切るように石の階段を駆け降りた。降りてゆくほど、遠ざかっていくほどに幻のように感じてならなかった。でも会話の内容ははっきりと覚えている。駆け降りる木々のトンネルは、時間が止まったように静かだった。私たちはその中を突っ切るように駆け降りていった。

 私はひとつだけ思い残すことがあった。宮司さんに訊けばよかったと、木々のトンネルを出てすぐに後悔していた。

 それは、あの島の名前を訊かなかったことだった。

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