美咲の日記 その21の1
美咲の日記 その21の1
8月16日(木) 天気・晴
結局、あたしたちは掛端絹枝の家で枕を借りた。
真由が見つけた日記について二人で口論をしていると、突然襖が開けられ、おばあちゃんがあたしたちのいる和室に入ってきたのだ。理由はわからないが、楓はすでに帰ったあとだった。
「お腹、すいたでしょ」といわれ、夕飯もいただいた。
「もう宿なんてないよ」といわれ、泊まらせてもらうことにもなった。
温かい食事をいただきながら、あたしたちはこんな会話をした。
「楓さん、どうして帰ったんですか?」
「もともと同居する気持ちはないようだから、どのみち帰ることに変わりはないけど」
「でも、お互いひとり・・・ですよね。それじゃ・・・」
「あたしもそう思って、何度か誘ってはいるんだけど」
おばあちゃんは淋しそうに目を伏せた。
「ご飯だけ一緒に?」
「あたしがお願いしたのよ。せめてご飯だけでもってね。でなきゃ心配で堪らないし、それに・・・」と言葉を詰まらせた。
あたしはそれを見て窺うように「それに?」と促すと、
「唯一の・・・家族なんだからご飯くらいは」と真っ直ぐに呟いた。
真由は「そうですよね」と相槌を打ったあと「で、楓さんには告げたんですか・・・ことの真相を」
おばあちゃんは無言で首を振った。おばあちゃんがいうには、告げようとした時に楓の携帯が鳴ったそうだ。楓は電話を切ってから、親友の「まみこの家に今晩泊まるから」といって出ていったらしい。
食べ終わった食器を真由が洗っている最中に、おばあちゃんは奥の部屋に布団を2枚敷いてくれた。
「ゆっくり休んでね、今晩はもう安心だから」と微笑みながら襖を閉めた。
これからどうすればいいのか、正直わからなかった。つきとめようと思ってここまで来たのだが、思うようにことは運んでくれていない。もう一歩のところなのだが、意に反するように障害が立ちはだかるのだ。あたしは唇を噛みしめながら、窓の外を眺めた。すると、真っ暗な海の上に細やかな煌めくものが浮かんでいるのが見えた。あたしは衝動的に窓を開けて、首を伸ばしたのだった。
「美咲ー、虫入っちゃうよ」
「真由、見てよ。漁火だよ。すっごく奇麗、いっつも見てるのに、いる場所が違うだけでこんなにも印象が違うものなのかなあ」
真由はあたしの隣に歩み寄り、肩を寄せて同じように首を伸ばした。
「ホントだ・・・不思議だね」といってニコっと笑った。
虫が入るので窓を閉め、布団の上に寝そべった。
どこにでもあるような普通の天井なのに、見ていて飽きることがなかった。ぶら下がる照明もそうだ。古びた四角い和風な照明器具。その2つのセットは以前にどこかで見たような気がしてならなかった。
あたしが物思いに耽っていると真由も隣りの布団に寝そべり、おっとりとした眠そうな口調であたしに話し掛けた。
「美咲」
「ん?」
「もう・・・いいよね。おばあちゃんには、これ以上訊かないほうがいいんじゃないかな。なんか見てるとさ、おばあちゃん苦しそうだったよね。すごくとてつもないことが潜んでいそうな気がするんだよね。今さら私がいうのは変だけど、それ以上におばあちゃんを見てて・・・胸が苦しくなっちゃって」
「あたしも同じこと考えたんだ。初めはもっと楽観的だったんだけど、何があっても平気だ、みたいなさ」
「私もそうだよ。おせっかいでここまで来たけど、美咲とおばあちゃんと、そして楓さんの関係性がどうしても見えてこないの。勝手な想像はできるんだけど。逆をいえば、見えてこないものは、無理して見ない方がいいんじゃないかって」
「そうなのかもしれないね」
「どうしたの?なんか引っ掛かることでもあるの」
「ん~、引っ掛かるというよりも、気になるといったほうがいいか・・・」
真由は頭の上で手を組んだ。
「そうだよね。これは美咲自身のことだから、私とはそもそも重さが違うというか、深さが違うというか」
「そんな大袈裟なことじゃないけど、始めの頃よりは知りたいっていう気持ちは大きくなってるかな」
宿命には逆らえないということか。
いくら足掻いても、いくら抗っても、人生ってなるようにしかならないのだと、最近思い始めていた。あたしの両親のあのプレゼントに違和感を唱えたことと、木村律子の入院によって始まった両親への不信感も、すべて偶然と呼べるのか。数奇な運命の糸を誰かが操って、あたしたちを導いているように思えていた。逆らうことのできない第三者の思惑が、水面下で働いているような気がしていた。
「木村律子」
今は亡きこの女性が、あたしと掛端絹枝ではなく、あたしと楓を引き合せようとしているのではないか。でもまだ紙一重でそれは現実のものとなっていない。襖1枚で隔てられた空間でも、いつ見つかってもおかしくない状況でも、あたしと楓はまだ出逢っていない。というか、出逢うことを許されていないといった方がしっくりとくる。
隣りから真由の寝息が聞こえていた。真由も疲れているはずだった。答えの見えない、行くあてのない旅をあたしと一緒にしてくれているのだから。
あたしは真由に布団を掛けてから、眠ることにした。




