美咲の日記 その3
美咲の日記 その3
3月1日(木) 天気・快晴
今日は朝から爆笑だった。昨日の夜からの低いテンションを、真由の突撃インタビューがやってくれた。
「みーさーきー」といつものように、廊下の端から全速力で駆けてきた真由。廊下の窓から差し込む朝陽に照らされ、真由の赤茶色の髪が煌めいていたのが印象的だった。真由はあたしの元にやってくるなり、乱れた呼吸もそのままで、右手に持ったエアマイクをあたしの口元に差しだしてきた。
「美咲さん・・・はあはあ、一言よろしいですか?はあはあ」ってね。ホントにインタビューされているようだったわ。
あたしはそれに乗っかり「なんですか、いきなり。事務所通してください」と真由に背を向けてやった。
「そこを何とか・・・」と食い下がる真由。大袈裟なくらい神妙な表情をしていた。
「急ぐので失礼」
歩きだそうとしたあたしを真由は右手で制し、呼吸をできるだけ整えてから口を開いたのだった。
「視聴者の疑問に応えて下さい」と。正直この時あたしは内心で大爆笑していた。どうしてこんな言葉が平気ででてくるのか、そう思っただけで限界だった。真由は真顔で続けた。「どうだったんですか。ダイヤの指輪じゃなかったんですか」
あたしのテンションは、真由のその表情や言葉で一気に昨夜の心境に引き戻されてしまったの。思い出してしまった。なるべく自分の中で遠ざけていた昨夜の出来事を。
照明が落とされた食卓で、あたしはいつもの席に座っていた。向かい側にはお父さんとお母さんが、薄く笑みを浮かべ、揺ら揺らと灯るローソクの炎を見つめている。あたしは数えていないが、多分ケーキに立っているローソクの数は16本に違いない。ローソクの炎だけでも天井が明るかったことを覚えている。
「さあ、いいぞ」とお父さんはその炎を見ながらあたしに促した。あたしはそれに無言で頷き、大きく息を吸い込み、そして躊躇う間もなく一気に吹きつけた。16本の炎たちはそれに抵抗もできずに、お父さんとお母さんの方に倒れながら次々と消えてゆく。
その後、我が家に一瞬だけの闇が訪れた。あたしは暗くて見えないお母さんの方へ振り向き(早く電気をつけて)と願うのだった。あたしは毎年、この一瞬だけ訪れる闇が嫌いで堪らなかった。時間にすればほんの数秒、ほんと1、2秒の後に居間の照明は点けられる。一気に明るくなった視界は、あたしの瞼で遮られ、その後にあたしの耳には、まばらな拍手が聞こえてくるの。それは毎年同じタイミングでもあった。
「おめでとう、美咲」
「美咲ちゃん、16歳ね」
両親は嬉しそうに拍手を続けていた。
眩しさに目が慣れてきたあたしはゆっくりと瞼を持ち上げ、うっすらと、ぼんやりとそれらを確認したのであった。
「ほら、そろそろ目を開けなさい」
息荒げにいうお父さん。あたしはそれを聞いて(きたっ)って思った。(やっぱりきたっ)ってね。
あたしは瞼を、さらに重たそうに持ち上げた。そんなに重いのかっていうほどゆっくりと。明るくなった部屋。向かい側で妖しく笑うお父さんを見て、思わず視線を降ろしたあたし。するとそこには、いつ置いたのかわからない薄っぺらい箱があったの。
「開けてもいいぞ」とお父さんは性急した。
「なんだろうね。楽しみだね」とその隣りで白々しくいうお母さん。
あたしは恐る恐るピンク色のリボンを摘まんだ。開ける前に、このリボンを解く動作に躊躇いを感じていたのだった。
昨年は、真由も覚えていたブルガリの時計だった。その前は確か・・・ネックレス。多分有名なブランドの。その前は、中一のあたしにヴィトンのバッグをくれた。思い出すだけでも虫唾が走るというか、はっきりいって毎年段々と気味悪くなってきていたのが事実だった。
常識では考えられない品々。あたしの家庭は、ごく一般的なサラリーマンのはずのお父さんと専業主婦のお母さん。そして、その普通な二人から生まれたあたし。それなのに毎年決まって贈られる身分不相応な高価なプレゼント。
真由はいっていた。「気のせい」だと、「考えすぎ」だと。厚めの唇を尖らせながら、羨ましそうにいった。「美咲は贅沢だよ。私なんていつも予算5千円以内の服ばっかりなんだよ。最近じゃ不満をいっても無駄だってわかったから、諦めモードに入ったよ。その高価なプレゼントは、ご両親の美咲に対する気持ちの表れなんだから、素直に受け取らないとかわいそうだと思うよ」って半ば説教っぽくいわれたことがあった。こんなことをいってくれるのは真由しかいないから、本当にありがたいよね。やっぱり真由はあたしのかけがえのない親友だと再認識したよ。
そんなことをそれこそ走馬灯のように思っていると、しびれを切らしたのかお父さんが口を開いたの。
「早く、早く開けなさい」って。
「美咲、何やってるの。早くお母さんにも見せてちょうだい」
お母さんにも追い打ちをかけられる始末。あたしは、うんって答え、摘まんだリボンを一気に引いた。奇麗に蝶結びされていたリボンは、しゅるしゅるといった感じで解けた。あたしはいたたまれなさをかんじながらも、包装紙を破かないように丁寧に剥がし、中の殺風景な白い箱を取り出した。あたしは唾をごくりと飲み込んていた。ぐずぐずしていると、またお父さんに催促されるのが落ちだったので、あたしは一連の流れのまま箱の蓋を開けたのだった。
あたしは自然と目を瞑っていた。多分、深層心理がそうさせたに違いない。
「どうした?まだあるぞ」
お父さんの声は意外と明るかった。その声を聞いて目を開けると、まだ1枚の白い紙が大切そうに何かを包み込んでいた。胸のドキドキは依然と続いていた。飲みこむ唾もないあたしの喉は、すでにカラカラに渇いている。もう躊躇っていても仕方がないと思ったあたしは、重なり合う白い紙を二枚一気にめくろうとした瞬間、
「何だと思う?」
お父さんだった。あたしは、「えっ」と虚を突かれ、お父さんを上目づかいで見た。珍しかった。お父さんがそういうことを口にするのは。毎年のプレゼントは決まってお父さんから手渡される。でも今までに一度も「何だと思う?」なんていわれたことはない。しかも、その声が少し弾んでいるように聞こえたのは、あたしの気のせいだろうか。
あたしは直感した。(今年は・・・ヤバイ)と。
「さあ?」と首を傾げたあたし。だってそうするしかないから。今ここで変なことをいうと、来年以降のプレゼントの参考になりかねないから。あたしがそれを欲しがっていると思われてしまうから。余計なことは口にできない。
次のお父さんの言葉がでる前に、あたしは白い包み紙をめくった。するとそこには、あたしの想像を遥かに凌ぐ驚くべき物が入っていたのだった。
それを見たあたしの瞳孔は、間違いなく開ききっていたであろう。
「どうだ?」とお父さんは、あたしのつむじに向かっていった。
お母さんもプレゼントの内容を知っているはずなのに、極めてわざとらしくイスから腰を浮かせてあたしの手元を覗きこんできた。
「美咲ももう大人の女の子だからな、このくらいはいいんじゃないかって思ってね」といいながらお父さんはテーブルの上で手を組み、「学校の方へはお父さんがいっておくからね」と流暢に続けた。
お母さんも「若いうちにいろんなことを経験しないとね。美咲はしっかりしてるから大丈夫よね」と、何故そう聞こえるのかわからないが、胡散臭い。
それをいわれたあたしは、頭の中で何かが切れるような感覚を受けた。
「バカじゃないの。何考えてるのよ。そんなの許されるわけがないじゃない」とあたしは声を張り上げていった。
「み、美咲、なんてことを・・・」
絶句するお父さん。その隣りではお母さんが両手を口に当て、悲愴な表情を作っていた。あたしは今の今まで両親に対して反抗的な態度を見せたことがなかったから、多分ショックはかなりのものだっただろう。
しばらくの沈黙の後、あたしは二人に「ごめんね」という台詞を残して席を立ったのだった。




