楓の日記 その二十の三
楓の日記 その二十の三
すっかりと西日が私を赤く染めていた。
気が付くと、ベッドの前で私は小さく蹲るように丸まっていた。今まで涙がでなかったのが不思議なくらいに泣いた。
やっと実感したということなのか、やっと観念したと、諦めたといった方が潔いのかもしれない。ママを失ったこと、これから独りで生きていかなければいけないこと。もっと強くならなければいけないこと。
意識ではわかっていたつもりなのだが、やはり頭がそれについていってなかったということだ。いくら周りに気丈さを見せていたって、中身はまだ未熟だったのだ。でも、これだけはいいたい。どれだけ若くても、どれだけ人生経験が豊富だったとしても、実の母が亡くなれば誰だって悲しいに決まってる。それは変わらぬ事実だと思う。
時計を見上げた。時刻は「六時」十分前だった。
時間も時間だが、目一杯に泣いたせいかお腹が空いていた。今にもぐうーと鳴りそうだった。
水で顔を洗い、コップ一杯の水を喉に流しこんだ。さっきまともに見れなかった台所も居間も、今ではごく普通に眺められる。やっぱり、ふっきれたということなんだろう。
部屋に戻り携帯電話を手に取った。「お」の欄からおばあちゃんを選び、ボタンを押した。電話の先では、プププと呼出音が鳴っている。それと同時に私のお腹も二度鳴っていた。
「出ないなあ、聞こえないのかなあ」
ご飯の支度をしていて聞こえないのか、しばらくしてもおばあちゃんが電話に出ることはなかった。おばあちゃんの携帯電話を諦めた私は、続けて自宅の電話に掛けていた。
コール音が四回、いや五回鳴ったところでおばあちゃんが出た。
「はいはい・・・はあはあ、掛端でございます」
慌てたような息を切らしたおばあちゃんだった。
「あっ、楓だけど・・・おばあちゃん、大丈夫?」
「えっ、ああ、大丈夫だよ」
「ご飯支度の最中だったんでしょ。ごめんね、忙しいのに」
「あっ、ああ、そうなのよ。手が離せなくてね・・・」
「そうだよね、ごめんね。そろそろ行こうかなって思ってさ」
「えっ、もうそんな時間かい?・・・あら本当だね」おばあちゃんの声は、まだ何かを焦っているように聞こえた。「もう来るのかい?」
「ん?いや、家ならもう出たよ。もう二、三分ってとこだね」
ゴトっと、電話の向こうで大きな音が聞こえたような気がした。
「おばあちゃん?大丈夫?何かあったの?」
私が携帯電話を持ち替えてからそう訊くと、すでに電話は切れていたのだった。
「大丈夫かな」
変な胸騒ぎを覚えた私は、足早に坂を駆け降りていった。




