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日記  作者: ダイすけ
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美咲の日記 その20の2

美咲の日記 その20の2


 やっぱり斎場の前であたしの足は自然と止まっていた。意識とは別に体が反応しているということだ。腕時計を見ると「12時45分」を回っていた。告別式が始まって間も無くだったが、あたしたちの目的は、今ここに来ることではなかったのだ。昨晩真由があたしにいった言葉、

「あのおばあちゃんに会いに行く」

 そのおばあちゃんは今、この斎場の中にいるはずだから、告別式が終わるまで待つしかない。それまであたしたちはこの町を探索することにしていた。

 大間の夏は、函館の夏と同様に湿気が少なくて心地がよく、あたしは海に突き出した防波堤の先端で、腕を大きく広げ、その心地よい風を全身で感じていた。

「気持ちいいねえ」

 真由も「そうだね」といいながら、両腕をできるだけ遠くまで伸ばしていた。

「こんなに近くなのに初めてなんて、毎日見てるのにね。ここに橋架けちゃえば便利だと思わない」

 振り乱れた髪を耳にかける仕草をしながら真由は「ホントだね」と頷いた。

 風に背中を押されながら防波堤を戻っていった。岸壁には思い思いに揺れる漁船が規則正しく停泊している。それを見るだけで漁師町を彷彿させるほど勇壮な漁船の姿に、あたしは感動を覚えていたりした。

 町を横断する唯一の太い道路まで戻ると、すぐ目の前に古びた商店があった。真由の「喉が渇いたよ」アピールもあり、そこに立ち寄ることにした。

 お店の前面には、それこそ昭和を感じさせるビールのポスターやコーラのポスターの他に「便秘の薬あります」などの手書きの貼り紙もしていて、どこか情緒を感じさせた。

 入口のアルミ戸をガラガラと引いた。店内は照明も点けられていなく、何とも薄暗い、見ようによっては薄気味悪い雰囲気だった。

「ごめんくださーい」

 真由はアルミ戸の隙間から窺うように声を出した。が返事はない。もう一度声を張ったが結果は同じだった。「しーん」という文字が脳裏に浮かんでいた。

「いないのかなあ」

「ここの人もお葬式にいってるんじゃないかな」

 そうかもね、というように首を縦に振りながらも遠慮なく中に入っていった真由は、陳列された商品を覗いたり、天井の隅から隅までをきょろきょろと見廻してから「すいませーん、誰かいませんかあ」と叫んだ。

 するとしばらくしてから「はいはい」という声と共に、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。高目の踏み台が置いてある出入口の戸がゆっくりと開いてゆく。「はいはい、お待ちどおさん」といいながら現れたのは、背の丸まった小柄なおばあちゃんだった。

「こんにちは」という真由の挨拶に、

「はいはい、こんにちは」と垂れ下った細い目をさらに下げてニッコリとして見せた。

 真由はすぐさま冷蔵庫の中にレモンスカッシュを見つけては2本取りだして、さっさとお金を払うなり右手に持った方を一気に飲み干してしまったのだ。

 背の丸まった小柄なおばあちゃんはそれを見て「若いっていいねえ」と頷きながらいっていた。普通にしていても目尻が垂れているので、笑っているように見えるおばあちゃんがあたしを見てこういった。

「楓ちゃん、大変だったねえ。お葬式に行けなくてごめんね。どうも足の具合が悪くてねえ。その代わりじいさんが行ってるから堪忍してね」

 ここでもあたしは「楓」といわれた。

「それにしても、じいさん遅いねえ。もうお葬式終わったっていうのにねえ」と首を傾けながら、おばあちゃんはあたしたち二人の顔を交互に見ていた。多分、おばあちゃんは楓に似ているあたしがここにいるもんだから、お葬式が終わったと勘違いしているのだろう。

「姉さんもさぞや辛かったろうにね。娘に先立たれたんだからね」といったおばあちゃんの言葉に、あたしと真由は同時振り向いて反応していた。

「おばあちゃん、今いった姉さんて誰のこと?」

「やだね、わしの姉さんに決まってるでしょ」

「おばあちゃんのお姉さんて、何ていう名前なの?」

「変なこと訊く子だねえ、絹枝姉さんに決まってるでしょうが」

「あー、うちのおばあちゃんのことね」とあたしはその場を誤魔化すように、ハハハと笑った。

 さすがの温厚そうなおばあちゃんも、その時だけは怪訝そうな表情を見せたのだった。

 真由はそんなおばあちゃんを見つめていたが、突然何かを思いついたように、あたしの服の袖をちょちょんと引っ張った。

「おばあちゃんも何かと大変だったでしょ、律子さんがこういうことになって」

 それを聞いたおばあちゃんは、一度天井を見上げる仕草をした後「わしなんて大したことないよ。りっちゃんが亡くなってこれから大変なのは、姉さんと楓ちゃんのあなたたちの方でしょ。でもね、手伝ってあげたいのはやまやまなんだけど、さっきもいったようにこの足じゃねえ。あの坂はちょっときついのよねえ」といって、右足の膝がしらを摩りだしていた。

「そうだよね、あの坂はきついよね。でもおばあちゃんが来てくれると有難いっていってたんだよ。・・・ねえ楓」とこちらに向けてウィンクをした真由がおばあちゃんから何かを訊き出そうとしていることに気が付いたので、

「本当だよ、おばあちゃん。また遊びにきてよね」と続けた。

「ありがとね楓ちゃん。そういってもらえると長生きしている甲斐があるってもんだよね。本当に楓ちゃんはいい子になって、りっちゃんも幸せ者だよね」

 あたしはその言葉を聞いて照れくさくなっていた。あたしのことではないのだけれど、あたしのことのように感じていた。

「あっ、そういえば楓ちゃん・・・」とおばあちゃんは何かを思い出したように「ちょっと待っててね」といって奥の部屋に戻っていた。

 あたしはすかさず真由に肩を寄せ「どうすんの、これ以上は無理じゃない」と眉間を寄せると、真由も同様に皺を作り、

「そのようだね」と首を振りながら答えたのだった。

 あたしたちがそんなヒソヒソ話をしていると、奥の部屋からおばあちゃんが「ごめんね、待たせちゃってね」といいながら戻ってきて、手に持っていたハガキを差しだした。

「なにこれ、おばあちゃん」と訊くと。

「姉さんに渡してくれるかい。留守中に届いたものだよ」といってあたしの手に持たせたのだった。

 あたしは「ちょ、ちょっと待って、それは困・・・」といいかけると、真由が勝手に「オッケー、任せといて」といって手を振りながら店を出ていってしまった。

「真由ーーー」と追いかけ店を出たあたしに真由は「早くおいでよ、次はここでしょ」とニヤっと笑って、手にしたハガキをふりふり振って見せていた。その瞳はまるで、探偵ごっこでもしているかのように輝いていた。

「ちょっと待ってよ、これ飲んじゃうからさ」とあたしは真由に買ってもらったレモンスカッシュを一気に飲み干そうとしたその時、あたしたちの目の前を一台の軽トラックが通り過ぎていった。

 真由はそれを見て「ここに来て車見るの初めてだね」といいこっちに振り向いたが、あたしの意識はまだ軽トラックの方に向いていたのだった。反応のないあたしに「聞いてる?美咲」と訊ねた真由。

 あたしは虚を突かれたように「う、うん」と答えはしたが、真由が何ていったのかまではわかっていなかった。

「どうかしたの、美咲」

「う、うん。今の・・・」と通り過ぎていった軽トラックの後を追うように首を回してから「目が合ったんだよね」というと、真由も同様にあたしの視線の先を眺め「誰と?」と訊いてきた。

「今、車通ったでしょ。その助手席に女の子が乗っていたんだけど・・・」

「まさか、いたのそこに・・・もうひとりの美咲が」と真由は目を丸くさせた。

「違うの、違う女の子だったんだけど、その子がさあ・・・」と口を噤んだ途中から、鼻の頭が触れそうなほど真由が顔を寄せてきた。

「その子がどうしたって?」

 あたしは真由の吐息を感じてから、数センチだけ距離をとり

「あたしと目が合った瞬間にさ、ガラスにへばりついたの。ぺたっと貼りつくように。車はそのまま通り過ぎて行っちゃったんだけどね。ずっとあたしを見てたのよ、その子」

 あたしの言葉を聞いた真由は、首を回したままの体勢で腕を組み「う~ん」と唸っていた。

「また間違えられたのかな」

「そうだね、きっと」

「その子、セーラー服着てたから、これからお葬式に行くのかもね」

「そうだね、きっと」

 真由の返事はどこか上の空に聞こえた。真由はまたひとつ唸ってからあたしの顔を見てこういった。

「時間の問題だね、これは」

「時間の問題?」

「そう、時間の問題。その楓って子に美咲の存在が知れるとしたら、その車の子がきっかけになるんじゃないかな」

 あたしと「楓」が会って話をしている場面を、想像しようとしている自分がいた。あたしと同じ顔を持つ女の子「楓」と「楓」と同じ顔を持つあたし。この二人が出逢うというのだ。この想像は容易ではなかった。隣りで喋り続ける真由の言葉は、あたしの耳にはまったく入ってこず。あたしの脳裏はその難しい光景を作り出そうと必死に回転していた。

「かがみ・・・か」

 真由は、えっ?と訊き返したが、あたしの脳裏はある場面を想像することに成功していたのだ。それは、そう鏡だ。あたしが鏡に映るあたしに話かけているところを想像すれば難しくない。

 あたしはそっと瞼を降ろした。そして、鏡に映る自分に恐る恐る話かけてみた。

(か、かえで?)

 鏡の中のあたしが薄く笑った。

(やっと会えたね・・・美咲)

(あたしのこと知ってるの?)

(もちろん)

(あなたは一体誰なの?)

(私は、私だよ)

(あなたはあたしじゃないよね?当然)

(うん、あなたは私じゃないよ)

(そ、そうだよね)

(うん、でも何回か見間違われてるでしょ)

(そうなんだけど・・・あたし、あなたに会ったことないから、いまいち信じ難くて)

(そりゃそうだよね。無理もないよね。でも私は存在してるよ、ちゃんとね)

(これは・・・夢じゃないよね)

(んー、難しいけど夢ではないね。あくまであなたの想いの中っていった方がいいかもね)

(じゃ、現実でないってことだよね)

(うん、現実ではないけど・・・私たちふたりは真実だよ)

(頭がこんがらがってきたよ)

(難しく考えることはないよ。ちょうど今、私もあなたのことを考えていたんだから、今のこれは有り得ることだと思うよ)

(えっ、そんなことってあるの?っていうより本当にあたしのこと知ってるの)

(存在があることは知ってたよ。でもそれ以外はあなたと同じで会ったこともないからね。あたしも何回か見間違われたしね)

(あなたもそうなんだ)

(うん、そうなの)

(でも不思議だよね)

(何が?)

(あたしたちってさ)

(どういう意味?)

(あたしとあなたって、どういう関係なんだろうね)

 鏡の中のあたしがそういうと、ふたりは互い違いに首を傾げたのだった。

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