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日記  作者: ダイすけ
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美咲の日記 その20の1

美咲の日記 その20の1


8月15日(水) 天気・雨のち曇


 昨晩、お通夜会場の前まで行った。しんしんと雨が降っている中でお葬式は執り行われていた。

「出ちゃ、マズイよね。やっぱり」

 真由の返答は、ノーだった。今ここで面倒になるのはよくない、とのことだった。だからあたしたちはその足で,予約をしていた民宿に向かったのである。

 小さな港の前にお葬式会場はあった。民宿の場所も知らないあたしと真由は、すぐ傍の交番で訊くことにした。入口の戸を引き、窺うように入っていったが、カウンターの上に手書きの案内が置かれてあるだけだった。

「お葬式に出席の上、ご用の方は・・・」という内容だった。ここのお巡りさんも木村律子のお葬式に参列しているらしい。まあ、小さな町ではよくあることなのだろう。

 あたしがそのようなことを思っているうちに、真由はカウンターの上の黒電話の受話器を取り、ダイヤルをジコジコ回していたのだった。

 お巡りさんは参列しているお葬式を中座して、すぐに来てくれるとのことだった。

「これから、どうしようね」

 交番の小さなガラス窓から外の海を眺め、あたしは真由に訊ねた。

「おばあちゃんを探すしかないよね。すべてはそれからじゃない」と真由もあたしの隣に歩み寄ってきてそういった。

「そのおばあちゃんに何ていうの?」

「言葉を選んでいても仕方がないでしょ。この際、美咲ともう一度ご対面してもらって、あの言葉の意味を訊くしかないよ」

 強行手段ということか。

「それで、いつ行くの?」

「私たちもそんなに時間があるわけじゃないけどね。明日、告別式って書いてあったから、それが終わらないことにはねえ」

「明後日ってこと?」

「そうなるね。本当は初七日過ぎるまでは、そおっとしておきたい気もするけど・・・もう来ちゃったしね。私たち」

 あたしは、納得するように頷いた。年貢の納め時という言葉の意味が理解できたような気がした。もう行くしかないのだ。ここまで来たからには前に進むしかない。

「お待たせしましたー」と交番に入ってきたお巡りさんは額の汗を拭いながら、あたしの顔を見て小首を傾げていた。

 真由はそれには触れずに「お取り込み中なのにすいませんでした」といってから今日泊まる予定の民宿の名前を告げた。民宿はすぐ近くだった。小さい町だから歩いていけるとお巡りさんは教えてくれた。

 度々合うお巡りさんとの視線。あたしは「訊きたい」衝動にかられたが、うまく言葉にできずにもじもじしていた。すると真由はあたしのもじもじ感を察したのか思い切ったことを訊ねたのだった。

「お巡りさん、この顔に何かあるんですか?」

 それを聞いてもう一度小首を傾げたお巡りさんは、あたしを見直してこういった。

「楓ちゃん、大丈夫なの?」と「お葬式はいいのかい?」と。

 真由もあたしの顔を見つめている。一旦あたしに向けた視線をお巡りさんに戻してから、真由はさらに続けた。

「この子は楓という名前じゃないんです。この子は、美咲といって函館で今暮らしているんです」

「えー、そうなの。でも似てるなあ。うん、似てる。似てるというより瓜ふたつだよ、まったく」

 何度も腕を組み換え、お巡りさんがじろじろとあたしの顔を凝視している。そんなお巡りさんに真由は極めつけの質問をした。

「じゃ、その楓という子と今お葬式をしている木村律子っていう人の関係は・・・」と喋っている最中にお巡りさんは怪訝そうな声色で割って入ってきた。

「親子に決まってるだろ」と。

 あたしは全身から血の気が引くのを感じていた。頭の先から爪の先まで。ありきたりの表現だけど、まさにジュワーって感じで青ざめていくのがわかった。

「ま、まさか親子だなんて・・・それじゃ、もう一人。もう一人いますよね、この顔に似ている人が」

 その質問にもお巡りさんは、当然だ、という感じで再び腕を組んだ。

「ああ、絹枝さんのことでしょ」

「キヌエ・・・さん?」

「うん、楓ちゃんのおばあちゃん・・・つまり、りっちゃんのお母さんだよ」

 すとん、と腑に落ちた。今まで何かがつっかえているような、いずさ、を感じていたあたしの胸中。今のお巡りさんの説明ですべてがまとまりを見せたのだ。おばあちゃんがあたしを見間違った理由がそれだったのだ。

「でも本当に似てるなあ。他人とは思えないくらいにね」

「その楓ちゃんには、姉妹とかは?」

 お巡りさんは大きく首を振って否定した。「いないよ」と。

「生き別れとかって可能性はないですか?」

「んー、私もここに赴任してまだ十年ですからね。その少し前のことまではわかるんですが・・・」と唇を噛んでいた。


 あたしと真由はお巡りさんから場所を聞いた民宿に無事に辿りつき、夜を明かした。あたしは想像通り一睡もできなかった。眠れなかったわけではない。いろいろと考えることが多すぎて、眠ることを忘れていたといった方が適当だ。

 木村律子の娘の楓。その娘にあたしが似ているのだという。似ているというより、ほとんど同じ顔だとお巡りさんはいっていた。「その顔で他人という方がどうかしている」とまで。

 真由がひとつの決断をしていた。あたしに似ているというもう一人。あの白髪の「おばあちゃんに会いに行く」といった。多分、そこで何らかの結論が出されるだろう。今まで触れられることのなかった過去。今まで隠され続けてきた過去。でもそれらはあたしから強引に知ろうとしたことではなかった。あたしが誕生日プレゼントに不信感を抱いたことと、この木村律子の病気は偶然のものにしてもタイミングが良すぎる。それは多分必然で、それは多分・・・木村律子の魂が引き合せたものではないのか。自分の命を引き替えにしてまで。

 真由も眠れなかったのだろう。朝早くから起きていたみたいでそわそわしている。

「ありがとね、真由」

「私なんて、何も・・・」といって、手のひらにのせた薬を二錠口の放りこんでいた。多分、胃薬に違いない。

 窓の外には島影が見えていた。あたしは窓辺に近寄り、窓枠に手をあてた。

「これで良かったんだよね、真由」

「うん、これが美咲の宿命なんだよ」といって、あたしの肩に手を添えた。

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