楓の日記 その十九
楓の日記 その十九
八月十四日火曜日 天候・雨
静かな雨が終日降っていた。
乾いた心を湿らせてくれるような、優しい雨だった。火葬場の窓から見える真ん丸に刈り込まれたオンコの樹が、艶やかに濡れている。
一時間くらい前にママとのお別れは済ませていた。穏やかで奇麗な表情をしていた。
息を引き取った時がお別れだと思っていたが、そうではなかった。肉体までもが消滅するこの火葬という儀式は、言葉にならないほどの衝撃を私に与えた。人は火葬されてそのすべてを終えるのだと、その時に知らされた。
麻巳子は学校を休んで、私の傍にいてくれている。お別れの際、私が泣き崩れた時も後ろから支えてくれていた。今にも泣きだしそうな表情を麻巳子もしていたが、唇をグッと噛みしめていた。
「楓、今日から私たちは本当の姉妹だからね。楓は独りじゃないからね」と瞳を潤ませながらいってくれた。そして「麻奈美をいれると三姉妹になるね」とニコっと笑った。
今でも本当にいなくなってしまったという実感が湧いてこない。ママの笑顔の写真がみんなを見降ろしてはいるけれど、明日になったらまた咥えタバコで台所に立っていても別に違和感はないほどだ。
ママの写真が奇麗なお花に囲まれていて、お線香の煙が揺らゆらと立ち昇っていて、三人のお坊さんがお経を唱えている。それを喪服を着た私たちが頭を垂れてイスに座っているから、今お葬式をしているという認識があるが、そうでなかったら私はどうしてもママが死んでしまったとは思い難い。
おばあちゃんがいっていた。
「律子はいつでも楓の傍にいてくれるよ」
そうなのかもしれない。ママは私のすぐ傍にいるのかもしれない。でも、私はそれだけじゃもの足りない。ママの手の感触も、ママのガラガラ声も全部この体で感じたい。それはわがままということになるのだろうか。いなくなって思った愛しさと、いる時に感じなかった尊さが私の両肩にズシリとのし掛っていた。
明日の昼から告別式が行われ、最後のお別れになるのだという。何度お別れをしてもいい尽くせない想いは、悲しみしか生まれてこないから。麻巳子も、麻巳子のママも、担任の藤村先生も、隣りのゲンさん夫婦も、綾子ママとたー君も皆、同じことをいってくれる。
「がんばりなさい」と「強くなるんだよ」と。
そう私は強くならなくちゃいけない。いつまでもメソメソしているわけにはいかない。もうママとはお別れをしたのだから。
流れ出る涙を私は、瞼を降ろして堰きとめた。




