美咲の日記 その19
美咲の日記 その19
8月13日(月) 天気・曇
今朝から我が家は大急がしだった。両親はまた「美咲には関係ないのよ」といったが、あれは間違いなく一大事である。
昨晩遅くに出掛けていったお父さんとお母さん。帰ってきたのはいつなのかわからないけど、今日お父さんは仕事をお休みしたようで、朝早くから出掛けてしまった。閉まる玄関ドアの音が乱暴だったので、急いでいることがわかった。
あたしは真由にメールで知らせた。
すぐに来た返信の内容は、
『木村律子に何かあったんじゃない』かというものだった。あたしの思惑とまったく一緒だった。
『どうしよう』というあたしの問いに
『任せといて』と返信を最後に途絶えてしまった。
待つこと30分。今度はメールではなく、来たのは真由からの電話だった。
「美咲、木村律子が昨日亡くなったそうだよ」
あたしは「どうしてわかったの?」と訊くと、病院に電話して訊いた、といった。親戚の者だといったら疑われることはなかったと。さらに真由は続けた。
「後をつけるのよ。今から迎えに行くから家で待っててね」といい電話を切った真由だった。
それからすぐにお父さんは帰宅し、お母さんを寝室に連れこみ、何やらヒソヒソと話し合っているようだった。いかにもあたしに聞こえないように。
内緒にされ続けると余計不審に思ってしまう思考回路は、止まることを知らなかった。例えあたしに関係のない話だとしても親子の会話の中で、お父さんの古い友人だとか、遠い遠い親戚だとか隠す必要はまったくないのにそれを一切隠し通すということは、あたしに知られたらマズイと考えるのに苦しくない。
ではその隠し通す理由とは、一体何なのか。
①中村律子と白髪のおばあちゃんの関係。
②あたしにどこかしら似ているその白髪のおばあちゃん。
③そのおばあちゃんがあたしを見て、いい間違った名前の正体。
この三つの謎が今のあたしを悩ましている問題だった。もう少ししたら真由がうちにやってくる。多分あたしの考えと真由の考えはリンクしていると思う。このまま家にいて悩んでいても仕方がないのだ。もう頭だけで考えても限界がきている。
あたしは部屋のカーテンを一気に開けた。今日の空は、今にも雨が降りそうな感じにどんよりしている。いつもなら見えている青森の島影はまったく見えていない。荒れた波があたしの胸のざわざわ感を煽るように弾けては消えている。何だろう。いつもは気にならないあの島影なのに、今見えないというだけでこんな不安な気持ちになるなんて、こんなことは初めてだ。
ピンポーン。遠くで我が家のチャイムが鳴った。真由が来たのだろう。階段を駆け上がる足音の後に、あたしの部屋の扉が忙しく開けられた。
「美咲、大丈夫?」
あたしは「なんとかね」といいながらベッドに腰を降ろした。
荒い呼吸を落し込むように胸をトントンと叩き、静かに扉を閉め、あたしの方に歩み寄ってきた。
「行く?」
やっぱり、あたしと同じ考えらしい。あたしは迷わず頷いた。
病院に着いたあたしと真由はすかさず受付の女性に詰問した。あくまでも身内という設定で。受付の女性ははじめ、狼狽した表情を見せていたが、あたしの顔を見るなり何かを思い出したようで、その表情はおもむろに安堵の色に変わったのだった。本当にあたしの顔は他人が見ても似ているんだなと感心してしまった。
受付の女性がいうには、すでに木村律子の遺体とその親族たちは病院を出たということだった。
「じゃ、実家にかえったんですね」という真由の問いに、
「ええ、大間へのフェリーの時間があるから」だと受付の女性の方から遠慮なく教えてくれた。あたしたちは内心、ガッツポーズをしていた。訊きだす手間が省けたからだった。
タクシーに乗り込むと間もなくして真由が口を開いた。
「もう後戻りはできないよ。美咲」
「そうだね・・・もう戻れないね」
過ぎゆく景色、徐々に近づくフェリー乗り場。いや、あたしたちが向かっているのは単なるフェリー乗り場ではないような気がする。あたしたちが向かっているのは、秘められた真実があるあの島へとだった。
「大間っていったらそんなに大きな町じゃないから、すぐに見つかっちゃうかもよ」
多分、あたしの両親も木村律子のお葬式に向かっているはずだから、現地で会うことは必至だ。
正面の窓越しにフェリー乗り場の看板が見えた。高鳴る鼓動。あたしはごくりと固唾をのみ、瞳を閉じたのだった。




