楓の日記 その十七の二
楓の日記 その十七の二
麻巳子がやっと起きました。もう時刻は九時半です。
「もう少しでチェックアウトの時間だよ」っていってあげたら、飛び跳ねて起きました。その後、大急ぎでシャワーに入った麻巳子でした。
ママへのお土産を買いに行くために乗ったバス。ホンチョウという所にあるデパートに行くのだと麻巳子がいってました。
「何買うか、決まってるの?」
麻巳子は私の方を見ずに手鏡を覗き、お化粧をしながらいいました。「バスの揺れでずれちゃうよ」っていったんだけど「楓ママに会うんだからきちんとしないとね」といって、さっきから丁寧に取り掛かっています。
実はまだ決まってなかったりして、何をあげたら喜ぶかわかんなくて、とても迷っているのが本音です。
デパートと呼べるものに入ったのも初めてだった私は、麻巳子に連れられるままに二階まで行った。エスカレーターに乗った記憶もハッキリいってない。婦人服売り場や下着売り場も見てまわったけど、いまいちコレという物がみつからない。ママの喜ぶ顔が思い浮かばないのだ。それから私は逆に麻巳子を連れまわしたが、しょぼくれながら一階に降りていったのだった。
「まあ、そんなに難しく考えない方がいいんじゃないかな。楓ママは楓からのプレゼントなら何でも喜ぶはずだよ」と慰めてくれた麻巳子。
「そ、そうだよね」それでもモチベーションが上がらない私。「貴金属買えるお金もないし・・・」とショーケースを眺めていると、ある物が私の目に飛び込んできたのだ。私は思わず「こ、これだ」とショーケースの上に並べられた試供品を手に取っていた。
「ふ~ん、いいね。それ」
麻巳子も私の肩越しにそれを見て、納得するように頷いた。
「ねっ、これでしょ。これ」とほとんど衝動的にそれを買ってしまったのだった。
病院に向かうのにはタクシーを使った。その方が「速いし、間違いない」と麻巳子がいったから。
私たちがいたデパートは本当に函館の中心部だったらしく、車と車がひしめき合うように渋滞をつくりひっきりなしにクラクションが鳴っていた。
そんな中、麻巳子がそっと呟いた。
「楓ママ、喜ぶといいね」
麻巳子は私の手の中にあるプレゼントを見降ろしていった。
「似合うと思うんだけどな」
「絶対に似合うよ」
私は麻巳子が見せた笑顔で心が和らぐ感じを覚えていた。
タクシーは繁華街を抜け、軽快に走っている。さっき麻巳子が運転手さんに訊いたら、カンビョーまでは20分程度で着くとのことだった。今タクシーはカーブを描く小高い跨線橋の上を走っている。遠くには煌めく海も見えた。私はその煌めきを見て、あの神社からの光景を思い出していた。
「どこでも海は奇麗だね」
麻巳子は微笑んで、そだね、と頷いた。
それから間もなくして四角い建物が見えてきた。いかにも総合病院を連想させる大きな建物だった。これだけ大きな建物は大間にはない。白衣の格好をした女性たちが、胸に本を抱えるようにして歩いているのが見えた。
「看護師さんて素敵よねえ」といった麻巳子は、昔から看護師さんになりたいと私に打ち明けていたので、多少の羨ましさを感じていた。私にはまだ将来の夢といえるものがないからだった。
四角い建物に横付けするようにタクシーは停車した。茶色いスクリーンで囲まれたその場所は、バスの停留所もあるのでそれを待つ人たちで騒がしかった。
料金を払った麻巳子が「よいしょ」といいながらタクシーを降り「それじゃ参りますか」と入口であろう左側に首を回し、歩き出した。
病院の中に入ると、まず先に天井の高さに目を惹かれた。
「麻巳子見てよ、すごく高いよ。しかもすごく明るいし」
吹抜けの窓から差し込む光の束を見て、麻巳子も感心するように頷いていた。
正面にあった受付カウンターでママの病室を訊いた。四〇八号室だと教えてくれた。右の奥にあるエレベーターで行けるらしい。私たちはいわれた通りエレベーターに乗りこんだ。私の胸はそれの合わせるようにして、ドクンと脈を打ったのだった。私は胸に手を当てていた。
俯く私に、階数表示を見上げていた麻巳子が口を開いた。
「大丈夫、緊張してるの?」
私は麻巳子の方に振り向いた。
「胸の辺りが苦しくて、何ていうか胸騒ぎというか・・・」と言葉を詰まらせた私に、
「胸、張ろうよ。だって楓は大好きなママのお見舞いにきたんだから」
「そうだよね。それはわかってるんだけど、何でなんだろう、あんまりこういうこといいたくないんだけど・・・何かざわざわするんだよね。胸の辺りがこう・・・」と私は当てた手で胸を摩った。
麻巳子は「そんなの気のせいだよ」と流すようにいって、再び階数表示を見上げた。
「4階です」と女性の声がした後に、エレベーターの扉は音もなく開いていく。
私は小さく頷いた後麻巳子よりも先に「行こう」といって、足を一歩踏み出したのだった。




