美咲の日記 その16
美咲の日記 その16
8月1日(水) 天気・曇のち晴
見事な花火でした。こんな奇麗に見れたのは珍しいので来てよかったなって思ったわ。だって函館の花火大会は毎年曇り空の中ってことが多いから。最後の方になると煙も重なって見えなくなってしまう。でも今年はある程度風もあり、煙もいい具合に流されて、最高の花火日和でした。
真由なんて露店があるたびに、たこ焼きだの焼きそばだのを買いまくってたよ。「よくそんなに食べれるね」って訊いたら「べつばら」だっていったの。何と何が別なのか、今度よーく訊いてみようと思っています。
真由は終始そんな感じだったからすぐに「お腹いっぱいだあ」といってお腹をさすりながらいった。「美咲はもういいの?」と。
「うん、あたし、りんご飴食べたいんだよね」
りんご飴はあたしの大好物であった。だからお祭りに来ると必ずといっていいほど食べている。他のどんな物より何よりも先にりんご飴屋さんを探すくらい。今日はなかなかりんご飴屋さんを探せずに諦めかけていた時、帰り際にやっと発見したの。あたしは子供のように声を上げて飛び込んでいってしまった。お金を払うなり齧りついた。でも齧りついたあたしの表情は一気に曇ってしまったの。
「旦那さん」とあたしに呼ばれた露店の店主は愛想の良い顔を向けた。あたしはそんな店主に一言いってやった。「このりんご・・・不作じゃない」かと「このりんご飴、失敗じゃない」かと。
二人の間に無言の空間が広がった。背後で聞いていた真由は話し掛けることすらできなかったみたい。あたしたちの頭上では花火が威勢のいい音を連発させている。花火の明かりで、青・赤・黄と照らされる店主の顔がみるみるうちに静から動へと転じていった。
「何いってるの?お客さん」と眉間に皺を寄せ、前のめりになってあたしの顔に迫ってきた。でもあたしはそんなことには臆せずに「図星でしょ」といいきった。店主の額には、ピキピキと血管が浮きだしていた。
「何を根拠にいってるのかな?お嬢さん」
「旦那さん、あなたはあたしたち客を冒涜しているわ」と「旦那さん、これ自分で食べてみたの?」と手に持ったりんご飴をグイっと差しだして見せた。
周りにはこの騒ぎを嗅ぎつけた野次馬たちが、あたしたちを囲むように輪になっているではないか。
「美咲、もう行こうよ」と真由があたしの浴衣の袖を引っ張ったが、あたしは真由の方を見ずに「ちょっと黙ってて」と一蹴した。
そしてあたしがその後いった言葉が傑作だったと、真由が後からいっていた。
「わたしほど、りんご飴にうるさい女の子はいないんだからね。舐めてもらっちゃ困るのよ」と笑っちゃだめなのはわかっていたけど我慢できなかったと、真由はいっていた。あたしが予想以上に真剣に怒っていたものだから余計におかしくなってしまったと。真由だけではない、周りを取り囲んでいた野次馬たちの空気がそうだったと。
その雰囲気に堪え切れなくなった真由は、突然あたしの腰帯を掴んで走り出してしまった。
「何するのよ真由」
あたしの言葉にも耳を貸さない真由は、ひたすら走り続けた。遠ざかる笑いの渦。溢れかえる人ごみを掻き分けるように走った。あたしはまだ引っ張られながらも真由にいろいろと叫んだが、まずはあの場から逃げるのが先だと真由は思っていたので、その足を止めることなく走り続けたのだった。
気が付くと目の前には、大きな連絡船が停泊していた。真由は膝に手をついて大きく呼吸をしている。あたしはそんな真由を睨んでいった。
「何するのよ」
「だって笑われてたし」
「関係ないじゃない、そんなの」
「だって、あそこまでいわなくても」
「真由は何もわかってないわ」とひとつため息を吐いてから「このりんごは最悪なのよ」とまだ手に持っていたりんご飴を真由に見せ「ちょっと、食べてごらんよ」といって差しだした。
真由は半信半疑の表情で、あたしが持っているりんご飴に齧りついた。
「ん?」
「でしょ」とあたしは少しだけ頬を緩めていった。
「マズイね」
「でしょ。マズイでしょ。こんなのりんご飴じゃないでしょ」といいながら、あたしは近くにあったゴミ箱に投げ入れたのだった。そして振り返り、また怒った表情で真由にいった。「だからあの旦那にいわなきゃいけないのよ。あの旦那は絶対に食べもしないで売っているんだわ。そんなの許せないよ」と拳を顔の前で作った。
そこまで聞いてもまだ真由には理解できていないようだが、確かにマズイりんご飴だったことは認めてくれたので、あたしの高ぶった気持ちもいくらか落ち着きを取り戻してきていた。
「帰ろっか、真由」
「そだね、りんご飴もマズかったしね」
他人事のようにいった真由は、あたしと腕を組み歩き出した。まあ、しかたがないかもしれない。りんご飴を好物としていない真由にはなかなか理解は難しいかもね。
後ろではまだ大輪の花火が上り続けていた。あたしは大きく振り返り、夜空を見上げて呟いた。
「あなたもあたしみたいだね」と。
そこには運命を全うするように儚く咲き乱れる二つの花火が、同時に散っていたのだった。




